54 後編17:THE EDGE-頂点-
『じゃあ何か!? 俺の理論は、根本から完全に間違っていたと、そう言いたいのか!? 俺のやっていたことは完全な無駄であると!?』
『完全、とまでは言わぬがな。しかし、大部分が誤りであることは主張せぬ訳にもいかんの』
淀みなく受け答えするハークだが、今回は余裕がそれほど無い。
先程のごく単純な力任せなだけの攻撃とは、まったく手応えが違った。流暢に話せるのは、直接の口ではなく念話系の会話である『通信』の際中であるからだ。
〈純粋な力では、些か分が悪いな。サイズが違い過ぎるのだから当然の話ではあるが〉
押し潰してこようとしてくる力の方向を、横に逸らすようにして弾く。
『大体、大戦後の人間たちは残らず全てエッグシェルシティに避難したのではなかったのか!?』
『さすがに一人残らず、とまではいかぬさ。そもそもが生き残りの国民100パーセント収容を建前でも目標としたのは旧日ノ本くらいであり、その上、自分の意志であえて避難せずにいた者も少なからずおったであろう』
『その内の僅かが腐敗した世界を生き抜き、ドラゴンにまで進化したというのか!? だが、人間種と我々ではあまりに肉体構造が違い過ぎるじゃあないか!』
『それに関しては儂も全く同意と言いたいほどだが、進化過程に説明のつかない魔物など山ほどいる。説明可能な方が少ないだろうな。それに、現在の龍族の姿形が大破壊前の人間たちが想像で抱いていたものと酷似していることの方が、寧ろ今の龍族と人間種を結びつける論拠と成りかねないぞ』
『な、何だと……!?』
『所謂旧世界に龍族、もしくはドラゴンと呼べる種は生息していない。文字通り想像上の生き物であった。しかし不思議なことに、世界中に残る伝承や語りべの中に龍、或いはドラゴンは各地で、そして無数に登場するのだよ。しかも、大まかな姿はほとんど変わらぬままに、だ。神の使いや神自身の化身、或いはそれに準ずるもの、時には敵対せざるを得ない存在であり通常の方法では太刀打ちすら不可能な難敵として描かれるのも共通している』
話の際中もハークに降りかかる攻撃は止むことはない。紫の光を伴った隕石の如き攻撃を、ハークは一つ一つ受けては逸らし、弾いていなす。
『つまりは神に匹敵し得る畏怖の対象でありながらも、しっかりと地上で生きる同じ次元の最強の生物として、潜在的な認識を多くの旧世界の人類間にて共通していた、と言えよう。まァ、時代は科学万能信仰の頃であるから、あくまでも完全に想像上の生物と理解していたであろうが、自身の生命が絶望的な状況に置かれているのであればそんなことは些末すぎる話だな』
『追い込まれた外世界の人間たちが生き残りたいがゆえに想像し、そして進化した結果が俺たちだというのか!?』
『在り得ぬ話ではあるまい? あれが欲しいこれが欲しい、だからこそあれがしたい、これができれば、そう思うことが進化の原動力となることもあるものだ。そして、本当の危機に直面した際のそういった判断は、常に高確率で正しい。彼らは幾度かの進化を段階的に、しかも短期間の内に繰り返して確かに最強の生物となった』
『虚空から去来した未知の寄生体が、それを後押ししたというのか! うがぁああああああああああ!』
今度は左足の蹴りがハークに迫る。
もはや山か超巨大建造物の土台のようなそれも先端部に濃い紫紺の光をまといながら襲い来るが、ハークは身を翻しながらの高速移動でこれを避ける。
『我ら共通の祖先とて、遥かな太古の昔、その身にミトコンドリアという異物を受け入れた。これにより多くの可能性が開かれて今に至る。生物にとって過酷、というよりも生存不可能な当時の地球環境では最適な解答と言えるであろう』
『た、確かにその通りだ! その通りかも知れない! いいや、きっとその通りだろう! だが、……だが……!』
パースを具現化した超巨大黒龍が右足を大きく一歩踏み出す。先の左足での蹴りを躱されると事前に予期していなければ、とてもできない動きだった。ハークを踏み潰そうというのである。
そのままパースは言葉を続けた。
『……だが! そうと認められない俺がいる! 認めてはいけないと思う俺がいるんだ! だから……、だから……!』
『解るさ』
敢えて意図的に、ハークは、パースの言葉を遮った。頭上の視界は、既に闇の集合体の塊が塞ぎつつある。
『貴殿にとっては到底受容できぬ、不都合かつ非情な現実だ。理性では理解はできていても、感情ではとても受け入れ不可能だろう』
『…………!!』
『儂が正解に辿り着けたのは、ある意味ねじくれまくった儂自身の特殊な出自と事情によるものだからな。貴殿らからすれば、チートのようなものだ。到底納得できぬのも無理はない。ならばつき合うよ、貴殿の気が済むまでな。ただ……』
言葉は続けつつ、ハークは構える。大きく刀持つ利き手を引く構えであった。
『ぬぅん!!』
眩い光を伴って、強烈無比な突きが放たれた。
本来であれば、拮抗したであろう。ハークの見立てでは、素の攻撃力は若干パースに軍配が上がり、逆に普段の魔法の出力は上回っていた。
しかし、不用意にも超巨大黒龍はこの時、踏みつけに紫紺の光をまとわせていなかった。
闇の魔力によってコーティングされていないそれは、如何に強固に寄り集まり大地を構成する地盤の一つに匹敵するが如く奥へ奥へと連なっているとしても、ハークとその愛刀、天青の太刀にとっては泡沫の群れと同等でしかない。
その剣閃を邪魔するものはなく、超巨大黒龍の左足が丸ごと消え去り、股座も超え、背面の一部さえ消滅させていた。
『ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
『ただ……、儂も当然に抵抗させてもらうさ、精一杯な』
『ぐぅうっ!?』
苦痛に天を仰いだ超巨大黒龍が眼だけで真下を睨む。視線の先は当然にハークである。
二足歩行生物が根元から足の一本を失えば、絶対に立っていられない筈ではあるがしかし、相手は普通のどころか生物でもない。浮遊にも近い状態のそれらは、揚力などごく微量でしか発生させていない背面の両翼によって傾きを抑え、その隙に新たな有機混合物を生み出すことで失った右足を修復し、バランスも立て直していく。
『さぁ、一切の遠慮はいらん。持てる全てでかかって来ると良い。貴殿の憂さ晴らしに……、いいや、論理で敵わぬのならば、己が意思を力で証明させてみるのだ!』
『ぬぅぐっ! うっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
完全なる挑発に対し、パースは咆哮で応えた。
まるで歓喜にも似た雄叫びと共に再開される猛攻に次ぐ猛攻。が、腕部や脚部の爪にまとわせた魔力をぶつけるだけではもはやハークに通じることは無かった。躱せるものは適確に躱され、受けられるものは受けられてから弾かれる。
正確無比なその対応に、いつしかパースの全能感は薄れ、闇の精霊群と同化した時より心中に巣食い始めた謎の焦燥感すらも僅かなものとなっていた。
そして、彼は気づく。今操作している肉体が、自分自身の肉体などではなく、単なる集合体、一つ一つが元はバラバラの有機混合物であることに。
ここでパースは自身の仮初の肉体の、相手には無い特色を攻撃にも転用可能であることを思いつく。
パースは超巨大黒龍の右腕に魔力を集めるよう操りながら、同時に背面の両翼を適切な大きさに分離させる。一体一体が成体の龍族ほどであったそれらを、先の前哨戦で彼が試した高速虫型突撃タイプ、ハーク達が『弾丸の魔物』と名づけた形態へと変化させる。
超巨大黒龍の右腕が全体重を乗せて振り下ろされた。
時を同じくしてパースは自身から切り離した弾丸の魔物たちに最大戦速での急上昇を命じる。加速用の距離を作ること、そして、本体の超巨大な集合体を迂回してから敵へと突撃するためであった。
無数に真上へと飛翔する弾丸の魔物たちの姿は、後ろで観ている虎丸やアレクサンドリアたち龍族三人娘はおろか、対峙するハークの眼にも映ってはいない。このためにパースは全体重をかけて、覆いかぶさるような攻撃を繰り出したのだ。
強力だが大振りな右爪の攻撃をパースから視て左に躱したハーク。しかしここでハークは、始めて自身めがけて突っ込んで来る無数の弾丸の魔物の姿を視認した筈であった。
当然、全てに闇の精霊の魔力を全面にまとわせ、避ける隙間も無ければその時間も与えない。
少なくとも幾ばくかのダメージは確実に奪える筈であろうと踏んだパースの目前で、蒼き龍人は僅かに腰を落として奇妙な構えに移行する。
腰だめの体勢に構えつつあった剣をくるりと回し、その刀身を左手で掴んだのだった。




