53 後編16:SIDEWINDER-毒蛇は喰らい合う-②
『では引っ張る気も無いので答えを出させてもらおうか。確かに貴殿の言う通り、龍族は外見から見ると元となった種を特定など不可能と思えるほどに難解な存在だ。だから内側、内面を見るのだ』
『内面、だと……?』
『ああ』
後ろの龍族三人娘からも注目されている雰囲気を感じる。ハークはそのまま話を続けた。
『思うに貴殿らはバラバラだ。いや、群れることなく個々に生きていることではなくてな。身体的特徴から能力、そして性質、性格までもが、全くそれぞれに別個だということさ』
『……そ、それがどうしたというんだ? 我らドラゴンは他種族を圧倒する基礎能力を持つがゆえに群れる必要が無い。だからこそ他の者の考え方や、行動原理に縛られることも少ない。僕はそう考えている』
『確かに。しかしだ。普通、幼少期から周囲にまったく敵なしの状態でそのままに成長すれば、まァ、ずいぶんと傍迷惑な、……失礼、万能感に支配されて傲慢でその上に己の力を過信した連中がわんさかわいて出てくると思えるのだが、一部を除いてそういった手合は龍族の中に現れてはおらん。寧ろ他者を尊重し、互いに協力し合うことも決して不得意ではない。このあたりは、どうお考えられる?』
ハークの背後で、またもアレクサンドリアたちは順に互いの顔を見合わせる。ハークとパース、二者の会話がどうにもお互いの知識を交換し合っているかのように感じられたからであった。
『ふん。龍族の頭の出来が他とは違う、などと言うつもりはないよ。実際のところ、さほど表面化してはいないだけで、年若い龍が問題を起こすこと自体は特段珍しいことではないからね。大凡、数年から十年程度の周期だったかな。けれど、皆『仮想領域作成』が使用可能となると、上には上がいるという現実を知るのさ。それこそ本能レベルでね。大体からして、仮想領域内に貯め込んだ情報や知識を『森羅万象』で情報共有する流れが龍族間で一般化する前は、互いに覇を奪い合い、競い合い、争い合っていたのも普通のことだったと聞いているよ。それこそ文字通り喰って喰われて、だったようだね』
『成程。つまりは、学びの結果、であるということかな?』
『龍族とて完全無欠の完璧であるとは、俺だって思ってはいないよ』
『ほう……』
段々と口調が戻ってきている。『通信』の音声もクリアに近づいてきた。自身の対応が功を奏しつつあることを確認し、ハークは続ける。
『龍族に身の程知らずの破天荒が少ないのは、確かに貴殿の考えが最も適切だろう。しかし、協力の重要性を理解し適切な行動を行える、というのは何故だと思われる?』
『……それは』
『儂が思うに、だが、これは『仮想領域作成』を最初に生み出したのがエルザルドであることが強く関係している』
『なんだって?』
興味を示したような素振りを見せるパースに対し、ハークは己の持論を展開する。
『エルザルドは過去、その幼少期において人と共に生活し、成長したことが記録されておる』
『……つまり君は、その時期に形成されたリーグニット老の思想が龍族全体に波及して、今も影響を与えていると? 俺たち龍族が力を合わせ、時に会議を行えていることもそのお陰、つまり元を辿れば人間のお陰である……と?』
『ああ。儂もそう考えていたよ』
『そう考えて、いた?』
パースの言葉にハークは一度首肯する。
『うむ。学んで覚えた、というには少々馴染み過ぎているように感じられてね。学びを活かすにはどうしても経験が、実践が必須であろう? いくら龍族とはいえ、全くの基礎ゼロでは『完全再現』とて発動は不可能であるからの』
『……確かに。俺たち龍族の万能性であれば、他と一切の連携を行う必要も無く成体に至る。実際に俺は、知識面で他者と力を合わせたことはあっても、戦いの場で連携した経験は無い……』
これは自慢でも何でもない。龍族にとって純然たる事実であろう。
ハークの背後に控えるアレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアは全員共闘経験有りだが、龍族に於いては寧ろ稀有な存在なのだった。
『あくまでも仮説ではあるが、過去に行われた祖先の行動、性質が影響しておるのではないか。今の儂はそう考えておるのだよ』
『……龍族は長寿命、高実力がゆえに世代を重ねていない。重ねていたとしても、前の世代が共闘経験無し、もしくは一度や二度程度では説明がつかない。だからこそ、進化前の生命体、龍族の元となった生物からの影響である、と……? ……むう……』
超巨大な闇の集合体という身体のままで考えにふけようとする姿は少々ユーモラスだ。そして、『確かに理には適っているはいるが……』という言葉を呑み込んだように感じられた。
『繰り返すが、あくまでも仮説ではあるがね。とはいえ、だ。この考察は、手がかりの全く無いと言っても良い龍族の、その祖先、進化元を特定する取っ掛かり。足がかりとなるのは確実であろう』
『……認めるしかないね。で? 君が考察する、その進化元の生物とは……?』
『人間だよ』
ハークは即座に回答する。
『馬鹿な! そんな訳がない!』
否定が早い。矢張りハークの出す答えを、パースも事前にある程度は予測できていたということだった。彼にとっては不都合な事実であろう。憎むべき己の敵が、自身とルーツを同じくする存在であるということは。
『どうにも認められんかね? まァ、それも当然か。しかしながら、ね。貴殿にとっては残念な事に、人間種と龍族を結びつける事実はまだあるんだ』
『な、何だって!?』
勿体つける気のないハークはさらりと紡ぐ。
『魔法だよ。人間種にも、龍族にも得意属性というものがある。これは儂が考えるに、個々の性質、性格が特定属性の精霊に対して働きかける際に反応を誘発させやすいか否か、なのだ。これは龍族であれば、龍魔咆哮がより顕著だな。特定の属性でしか放てぬ者も多い。というのも精霊が呼応可能な性質、性格であることに加え、速度と龍魔咆哮袋に貯め置ける量も関係している。そして、この得意属性が個別にあるという魔物は、儂の知る限りたった一種、龍族のみ。魔法を使用する魔物こそ数多いが、たとえばキマイラは炎と風しか使用しないであろう?』
『そ、それだけでは証明にはならない! 人間種と龍族の知能が共に高く、感情を有しているからだとも説明ができる!』
『そう。その知能レベルの高さも、人間種と龍族を結びつける要因の一つだ』
『は!?』
起死回生めいた反論も、ハークの推論を盛り立てる役回りに取られる。
『龍族は魔物の中でも随一の知能の持ち主だ。他に並ぶもののないほどの、な。正に知恵と言って良い。成長することで人間を完全に超える脳の力、超脳力とも表現できるまでに至るのは周知の事実だが、実のところ知能の高さを推し測るのに適切な、人間の言葉を理解し、操ることのできる存在は今の世界には他にも結構いる。先に挙げたキマイラなどがいい例だ。しかしながら、これらの存在が人語を駆使してコミュニケーションを図ろうとするのは、相手が対人間種であるときに限られる』
(言われてみれば……オイラも、日毬と会話する時に人の言葉を使用したことはなかったな)
後ろで聞いていた虎丸はそう思い出す。
これは逆もしかり。つまりはその方が、意思疎通が円滑に進んだということである。楽であった、とも言っていい。
『同種間でも人語を使用しているのはたった一種、龍族のみだ』
『だ……、だから何だ!? それだって知能レベルが近いからということで結論づけられるだろう!? 収斂進化というやつだ!』
『まだある』
『ま、まだ!?』
『龍族は人化を行う。貴殿は習得してはいないだろうがな。ただ、この人化というものは肉体の組成を変化させる高度さに反して、習得自体は龍族にとって比較的容易だ。何しろ技術的な系譜的に全くの素養を有していない者であっても、数時間から半日程度で行使することが可能なのだからね』
『そ、それがどうした! これも幼少期に人間種と寝食を共とした経験のある、リーグニット老の影響と片づけられるじゃあないか!』
『そうだな。人化を行うこと自体は、貴殿の仰る通りであるかも知れん』
『だろう!?』
『だが、問題は人化することではなく、人化の方法にある。この龍族の行う人化は、所謂完全な変身ではない。勿論、他者の眼を欺く幻術の類でもない。龍族は、もし人間に生まれていたらという形態をとることによって、人化を行っておるのだ。一度人化すると、その時の姿から大幅な変更はできない。特に性別を変えることは絶対に不可能だ。これはつまり、龍族が自身の肉体の中に眠る人間であった頃の記憶を、スキルによって表面に呼び起こしておるとは言えまいか』
『…………』
『まだある』
『まだ!?』
『安心してくれ。これが最後だよ。最後は、我ら龍人の存在だ。儂は少々、この状態に至る経緯が特殊ではあるが……、これを除くとしても、儂以外に生誕からの龍人であった者はいる。ご存知の通り、ヴァージニア殿やヴォルレウスのことだ』
ヴォルレウスの方は一度肉体的に限りなく死に近い仮死状態に陥ってからの生まれ変わりのようなものだったが、ヴァージニアは違う。彼女の場合には、自然発生による誕生と言っても過言ではなかった。
『貴殿は何故だと思うかね?』
『…………』
パースは答えない。いや、答えられなかった。尤も、無駄なあがきと言える感情に任せた暴論を口走らないのは、彼が真に優秀な龍族であることの証明でもあった。
『儂の考えはこうだ。先祖返りであったのだよ。劣性遺伝子が何らか理由、自然現象によって表層に現れたのだ。このように龍族と人間種は、外見上はかけ離れてはいても、内面は意外と共通項が多いと考えられる。貴殿のお考えは如何かね?』
超巨大黒龍の両手が頭部に添えられる。頭を抱えたのだ。
『……う』
『ん?』
『……うう』
そして、右手が高々と振り上げられた。爪に闇の精霊が放つ紫紺の光を伴って。
『ハーク殿、危ない!』
『む!』
アレクサンドリアからの警告を受けてではなく、ハークは天青の太刀を頭上に構える。
だが、踏ん張っては下が耐え切れぬと判断し、彼は自身が維持し続ける足場から離れ飛翔した。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
紫の軌跡を描き、振り下ろされる右爪。
接触は無音だった。空気が無いからである。しかし、闇の精霊の力によってコーティングを受けた超巨大黒龍の爪を、ハークが受け止めた衝撃波は周囲の何物をも消し飛ばしかねない威力を秘めていたものの、虎丸の結界が難無く全てを受け流した。
背面と足裏の噴射を一時的に全開にまで高めたハークの頭部、顔面の一部である口元が若干に吊り上がった。笑ったのである。
『それでこそだ! さっきの工夫無き攻撃より、余程良いぞ!』
違いは攻撃に意思が乗っているか、乗っていないかの違いだ。
今のハークに、如何に巨大であろうとも、パワーがあろうとも、無意識の攻撃など100パーセント通用しない。
どうせ避けられぬ戦いであるならば、互いに悔いの無い全力の闘いが良い。これがハークの想いであった。




