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51 後編14:This Is The Last Round-最後の戦い-②




 パースの姿を模した暗黒の巨大龍が歯を重ね合わせて喰いしばっている。周囲が空気に包まれていれば、ガリガリと歯軋りの雑音が響き渡ったに違いない。

 先程まで血走り、若干方向も定まってはいなかった両の(まなこ)がハークを睨んだ。


『お、お前は本当に、一体、何者なんだぁあ!?』


 今まで通りの『通話(コール)』による、直接的に精神へと伝わってくる声でありながら、異音、雑音が凄い。お陰で所々不自然に濁音で聞こえたてきたり、二重になったりした。送信元が確実に浸食を受けている結果である。


『ほう。意識が回復したか。感触を共有したのが功を奏したようだな』


『な、何だと!?』


『眼を醒ましたのだよ、痛み、とまではいかぬだろうが衝撃を感じて、な。貴殿は闇の精霊に囚われて意識を失っておったのだよ』


『馬鹿な!? 嘘だ、この()がそんな無様になことになんて……!』


『む。口調が変わっておるぞ。それで影響が無いなどと言えるのかね?』


『……あっ!?』


『残念だな。貴殿の『可能性感知ポテンシャル・センシング』は何と言っておる?』


『黙れぇ! 僕に人間が同情するなぁああ!!』


 黒い巨大龍の右足が迫ってきた。ハークを踏もうというのだ。


〈工夫の無い攻撃だな〉


 ハークにとっては手近なだけの単純な攻撃だった。彼は横に移動することで難無く躱す。とはいえ、距離的には5キロメートル以上の横っ飛びだったが。

 と、いうか、パースの操る超巨大龍も含めて全員が立つ足場はハークの魔力で構成が維持されている。横がもし間に合わなくとも魔力を送るのを止めれば瞬時に下が()くのだ。敵はそれすらも理解していない。他であればいざ知らず、龍族の中でも特に頭脳鋭敏なる存在ならば明らかに異常事態であった。


『ぬぅうう!!』


 ハークが躱したのが解ったのか、逆の足が突き出されてくる。今度は蹴りだ。

 更なる真横への移動を行うことでハークは回避を選択した。

 ところが、このままだと蹴りの先端部が虎丸の結界内に食い込む可能性を感知する。反射的にハークは『天青の太刀』を横薙ぎに振るった。


 刀身と硬質化した闇の集合体、爪を模した部位とがぶつかり合い、麗しい火花が散る。

 一瞬だけハークは自身が僅かながら押されるのを感じた。この原因は単純に質量や勢いの差で負けているとかではなく、横っ飛びの際中で物理的に踏ん張ることが適わなかったからだ。


 背面と足裏の噴出を最大にしつつ、両腕にかかる負荷を跳ね返す。


『ぐぅぉおおあ!?』


 前に突き出した筈の蹴りの勢いを内側に変えられてパースの超巨大龍が足をもつれさせかけた。

 本来であったら、肉体を同化させる前のパースであったならばもんどりうって転倒して然るべきだったが、背中の両翼をはためかすことで難を逃れていた。闇の集合体が基本的に通常の生物とは肉体の組成が別な所為である。ほとんど浮かんでいるに等しいからだった。羽ばたき転倒に抗ったのは、今までのパースの身体と地上の感覚が未だ抜けていない証明である。


〈いかんな。頼むと言った矢先にこれか〉


 ハークは思わずとはいえ余計な手出しを行ってしまった己を恥じた。

 どうにも癖なのだ。

 ハークは行動を起こす前に可能な限り熟考するタイプである。ところが眼の前に危機があればとりあえずの対応をしてしまう。

 こればっかりは治らないと、虎丸ならば理解してくれるとしても、甘えは甘えである。放っておいても彼女であれば対処可能であったことに変わりはない。


〈矢張り、どうにもならんかも知れんな〉


 などと浸っていられる場合でもない。次は左の腕を振り被られていた。

 先の右爪での攻撃と全く同様に、ハークはその攻撃を弾き返す。

 ここまでは実に単調であった。しかしここで、ハークの危機感知が眼を醒ましたかのように反応を示す。


〈ぬ〉


 尻尾が振られていた。ただし、振り下ろされていたのではなく、先端を槍のように見立てて突き出されつつある。


 どう考えても危険な状況なのだが、既視感があり、どうにも懐かしさがこみ上げてきてしまう。


〈そういえばやられたなァ、一年前に〉


 今や己の半身ともなっているエルザルドに、である。

 虎丸と共に決死の突撃前で、その先触れとして放った礫の五つ目を同じような動きと攻撃にて粉砕され、一気に絶体絶命の危機へと陥らされたのだった。

 危うく諸共に喰われるところであったが、この時の経験が元で後に出会う様々なモンスターの数ある奇想天外な攻撃にも備える下地ができたといえる。


 痛い目に遭った経験を活かしたという訳である。とはいえ、意趣返しもまた面白い。と、ハークは感じて『天青の太刀』を引き絞る。


『むん!』


 尻尾の攻撃に合わせて突きが繰り出された。

 粒子を寄り集めた硬質な部位に先端を包んでいる訳でもない。ハークからの刺突の勢いと、その攻撃力を受け止め切れずに構成していた集合体が約80キロメートルの範囲に渡って胡散霧消した。


『グォオオオオオオオオオオオオアアアアア!?』


 少なくない衝撃を受けたのか超巨大龍が僅かに後退を見せる。だが、これ以上はと思い留まったのか、両足を踏み締めて視線をその巨大な顔面の方向と共にハークへと向けた。


『ウゥ……! 殺すんだ、人間という悪魔を!! じゃ、邪魔するお前を、悪魔を殺して……!』


 パースの情緒が更に混沌に傾いている。『通信(コール)』内の雑音も増えつつあるのが何よりの証拠であった。


 ここでハークは方針を変える。


『オイオイ、大丈夫……ではいよいよないようだな。儂は魔族ではないし、人間種全体とて同じだぞ』


『黙れぇ! 邪悪の徒め! 必ず俺が滅ぼして……!!』


『やれやれ、世の中の人間には2種類いる、などと言いたくもないし、種類が少な過ぎだが、少数の愚行を全体への責任とまで波及させるのはさすがに無理が過ぎるのではないかね?』


『可能性の問題だと言っている!! 僕はゼロにしたいんだと!!』


『ふうむ。ならば、元々人間種であった儂が本来言うべきではない事柄であると、重々承知した上で敢えて語らせてもらうとするか……』


 ハークは相手に対して斜に向いていた構えを解き、超巨大龍の正面に相対する。


『貴殿の言う種族そのものの邪悪さ、悪辣さを過去の実績から推し測れるものとするならば、貴殿の種族、龍族も中々のものではないのかね?』


『何だと!? ぼ、暴論を……!! 大体僕たちのどこに邪悪さがあるというんだぁ!!』


『元々の論旨が暴論極まりないところから始まっておるので、仕方が無いな。さて、肝心の話のキモだが、貴殿もある程度は察しておられるのではないかな? ガルダイアだよ』


『うっ!?』


 もはやパースは誤魔化す知恵すら浮かばぬようで、ハークの指摘を自ら態度で肯定してしまった。

 が、ハークはそれを一々あげつらうことなく話を進める。


『このドラゴンが、過去に引き起こした事態は歴史的に重大かつ、被害も甚大、いや、特大だ。何しろ、儂が聞いただけでも一つの文明を丸ごと消滅させているのだからな。他にもいろいろとやらかしているらしいが……、まぁ、これ1つで充分だ。1つ1つを挙げるまでもない』


『…………』


『反論は無いようだの。この事実だけで、貴殿の説を元とすれば充分に龍族も危険で邪悪な種族であると判断することもできるだろう。更に、これに数の論理を加えれば、龍族の方が余程危険度の高い種であるとの結論を導き出すこともできるな。儂が内面まで知り得た龍族は合計で12体。実際に遭えたのはその半数だ。このことから12分の1、もしくは6分の1が危険な龍であると判断することもできるな?』


『屁理屈を……!』


『これが屁理屈の類でないことは、貴殿の方が余程理解しておると思うのだが?』


『……うぐっ……! あいつは龍族の恥さらしだ! そんなものを引き合いに出すな!』


『ほう。……だから、彼が死ぬように仕向けたのかね?』


 ハークの口調は、急に氷の如く冷たくなった。





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