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50 後編13:The Last Round-最後の戦い-




 融合の影響は即座に現れる。集合体が猛烈な勢いで周囲の全てを吸引し始めたのだ。


「むっ!」


 間髪入れずに虎丸が対応する。途端に前方へと強烈に引きつけられる感覚が緩やかとなった。吸引力が抑えられた訳ではない。虎丸が彼女の力によって周囲の空気の動く速度を鈍化させたのである。


『ハーク殿! もはやこうなっては致し方ない! パースが闇の集合体と完全なる同化を果たす前に、あやつを滅するのだ!』


「いいや、もう同化は完了しておるよ」


 そう言ってハークは下を、地球側を指差した。


『重力に引かれて落ちていった集合体の一部が……、もう元に戻り始めてる……?』


 先程まで端から分散の兆候が表れてかけていた闇の集合体だったが、ガナハの言った通りに再集結しつつある。


「うむ。末端にまで、もう指示が行き届いているということは……」


『既に掌握が完了しておるというのか!? 早過ぎる!』


『元々が頭カラッポだからだね。抵抗も何も無いんだ……』


『形が、変化している……?』


 ヴァージニアが語る通り、球体に近かった闇の集合体の全体像に変化が生じ始めた。ぐにゃぐにゃと粘土細工のように6個の突起が現れては延びていく。上下の突起物はそれぞれ細く長く、左右の4は太く短い。更に追加で背面より(こぶ)が生じたかと思えば、分割して薄っぺらく平らに成育していった。両翼のように。


『……ドラゴン……?』


 ガナハの呟きであった。

 巨大過ぎる暗黒の龍の出現に、例外なく全ての者が見上げる。本来ならば、ほとんどが逆の立場であるアレクサンドリアでさえも。


 巨大過ぎて少々現実感に欠けるほどである。

 どれほどの大きさか、視えてはいても多くの面々は正確につかめていない。唯一、周囲の空間を把握する能力を得たハークだけが計測可能である。何しろ全高は一千キロメートルにまで達しているのだ。球体時より伸びているのは、色々と細くなった部分が複数カ所あるので自明の理と言えた。地上であれば些か上の方が霞んで視えるに違いない。大気のほぼ存在しない成層圏であればこそだった。これが、尚一層のこと、超々巨大な黒龍を非現実的なものと見せている。


 その大きさだけで一端(いっぱし)の重力さえ持っていそうなものだ。が、闇の集合体を肉体として構成する素材は、ヘドロに似た粒子と液体の中間の物体である。質量はそれほどでもない。


 四肢と思われるそれぞれの先端に4つの切れ込みが発生し、指が形成される。頭部と思われる瘤がパカリと2つに割れ、上下の顎となった。更に上顎のすぐ上に、2本の真っ白な線が奔る。

 それらが見開かれ、両眼となった。同時に、頭部頂点付近の突起物が角へと変化、顎と顎の間に無数の牙も形成される。

 四肢の末端にも爪ができた。物質変換である。龍人となり、今現在のハークや虎丸が手に入れた力を、闇の集合体と同化したパースも行使することが可能となったのだ。


『……これは……、ガナハ、ヴァージニア、どうやら真の貧乏くじを引いたのは、我らであったらしいな……。済まぬ』


『謝らないでよ、アレクサンドリア。覚悟ならとっくにできているわ。少々長生きし過ぎたしね』


 アレクサンドリアとヴァージニアが双方の眼を合わせ、口の端を釣り上げて歯を剥いた。互いに不敵な笑みを見せたのである。


『ボクも覚悟なら充分だよ! 今こそ爺ちゃんの仇を討つんだ!』


 ガナハも強烈な戦意を表す。だがアレクサンドリアやヴァージニアと同じく心の中には悲壮な決意を抱いていることであろう。

 その決意を無駄にさせることになってしまうが、ハークは言い放つ。


「いや、命を懸ける必要など無い。そなたらはそこでご観戦めされよ」


『え!?』


『な!?』


『ハーク殿!?』


「虎丸。背後の方々を頼んだぞ」


『了解ッス、ご主人! ご存分に!』


 返答と同時に虎丸は吼えた。すると、虎丸が今まで展開しっ放しであった結界が急速に収縮し、更に厚みも加速度的に増す。

 そして、一歩踏み出したハークが結界の外にまで達したところで収縮が停止。直径100メートルほどの半円となり、結界の境界線が眼に見える障壁と化していた。


『閉じ込められた!?』


 本当は彼女らを守護する保護膜なのだが、ヴァージニアの発言も仕方のないものであろう。


『くっ!』


『ガナハ!?』


 躊躇なくガナハが跳び出した。

 空龍とまで呼ばれるガナハは翼の末端などにハークと同じような、と言うよりハークが龍人化の際に参考とした圧縮噴射器官を備えており、これのお陰で飛行スタート時から瞬時に最速に到達することが可能なのである。

 ところが、だった。


『わぷっ!?』


 頭部の角から障壁へと自ら突っ込んでいったガナハであったが、皮膜のように彼女を包む結界壁に阻まれ、返されていた。

 バイン、と跳ね返されて勢いよく反対側にまで送られたガナハは逆方向の障壁に受け止められてズルズルと足場に落ちていく。

 ノーダメージだが、現在の自分の状況が判らずにガナハは一瞬眼を回した。


『ガナハ、大丈夫!?』


『う、うん……! びっくりしただけだよ!』


『虎丸殿! 何をされる!?』


 アレクサンドリアからの問いかけに、虎丸は彼女たちの方へと視線を送ることなく答える。


『龍族のおねーさんたち、どうか大人しくしてて欲しいッスよ』


『馬鹿な!? 貴殿の主を一人で戦わせる気か!?』


 結界の障壁は可視化しているとはいえ、ほぼ透明で外部の状況が非常に良く解る。ガラスのようなものである。

 だから、超巨大な黒龍の姿を模したと言うよりも、パースの姿そのものを真似た闇の集合体が右の腕を高々と振り上げるさまが良く視えた。


『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 アレクサンドリアがハークに警告を出す暇も無く、それが振り下ろされていた。

 緩慢に視える動作は眼の錯覚である。彼我の相対距離は一千キロメートルを超えているのだから。音速など確実に凌駕している。


 結界の外は既に限りなく真空状態に戻っているため、空気の振動が無く到達音は聞こえない。

 それでも衝撃はどう考えても凄まじい限りである筈だ。

 しかし、彼は自身の右手に携えた蒼刀にて真っ向から受け止めていた。


『嘘ぉ!?』


 先に述べた通り、闇の集合体は見た目に準じた質量を持っておらず、従って重さも同様だ。ただし、ハークとの差は確実に明白である。数百どころか数千倍でもきかなぬほどに勝っている。

 にもかかわらず、彼は潰されていなかった。受け止めた状態で、それ以上押されもしない。


『むんっ』


 ハークが小さな気合の発露と共に、蒼刀を振り上げる。

 アレクサンドリアたちの眼には弧を描く蒼い軌跡が虚空へと打ち上がったのが視えた。


『ぐぉあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?』


 仰け反る巨大龍。振り下ろされた筈の右腕が元の位置にまで戻っている。その先端、爪から掌の半分あたりまでが消失していた。

 ハークは刀を持つ右腕をだらりと下げた体勢へと戻り、自身の手応えを改めて確認する。


〈ふむ。消し飛ばした範囲は大凡4から5キロメートルといったところだな。距離や大きさなどを考慮すると少なくはなかろうが、全体からすれば10万分の1程度だろうな〉


 つまりは、ダメージで換算するなら総量10万と仮定して1しか与えていない。


『うぅっ!? な、何だ!? 何が起こったぁ!?』


 おっ、とハークは思った。パースが闇の集合体と合体して最初の発言は、全く意味の無い獣じみた咆哮だったのである。しかし、つい今しがた聞こえてきた声には明確な意識が感じられた。

 恐らく、同化直後は闇の集合体に意識を吞まれかけていたのだ。それが、ハークが一発を喰らわせてやったことによって気つけのように眼を醒まさせて正気に戻す形となった、という流れである。



 一方で、彼の背後で戦いを静観する状況に陥ったアレクサンドリアらは、ただただ驚嘆を表すしかない。


『『『嘘でしょう……?』』』


 返答を期待していた訳ではなかろうとも溜息まじりの彼女たちの言葉に対して、虎丸がまるで宣言のように高らかに発する。


『さぁ、ここからがご主人の最終決戦ッスよ!』






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