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49 後編12:READY for My Showdown-ラストスタンド-②




 アレクサンドリアやガナハとて、生物の最高峰たる龍族の最高峰なのだ。すぐに事態が完全に終結している訳ではないという可能性に思い至る。

 が、彼女たちの中でも無理と一蹴されてしまって無理からぬような唯一無二の手段であった。

 掛け値なしの恒久的で確実な一つの消滅に、下手をすれば本当に他全て(・・・)の滅亡という危険性。これらを考え、尋常ならば有り得ないと断じるのも何らおかしくはなかった。


『もうよせ。これ以上、何をやらかそうというのじゃ……』


『そうだよ、パース。もう終わりなんだよ』


 アレクサンドリアとガナハそれぞれからの言葉は、説得にも似ていた。


『終わりだと!? ふざけるな!!』


 だが、パースの表情、特にその眼に危険な炎が灯り始めているのが見て取れる。


『諦めよ。投降すれば命までは取らぬ。監視をつけ、最低でも500年は封印させてもらうがの……』


 さすがに譲れぬラインというものもある。


『もういいじゃあないか……。過去に君を傷つけた人々は、残らず死亡しているんだろう? もし奇跡的に生き延びていたものがいたとしても、人間種なら寿命でとっくに亡くなっている筈だよ』


『そういう問題じゃあない、ガナハ! 君らは知らないだけなんだよ! あいつらの醜悪さをさ!』


『……一体何をされたの、パース? 相当な目に遭ったのは当時から雰囲気でも気づいてはいたけれど、君は決して詳細を語ろうとはしなかったね……』


 まず口を開いたのはパースではなく、横にいたアレクサンドリアであった。


『龍族は他の生物に比べ、タフだ。それは若年期、幼年期であろうとも変わらん。……だというのに、我らがパース達を助けに踏み込んだ牢獄には、10を優に超えるであろう量の血痕が残っておった……』


『そんなに殺されていたの!? ……あれ? でも、ほとんどの捕らえられたドラゴンは助かったし、そもそも捕まったドラゴンの数自体も数体だって聞いていたけど……?』


『私もよ。……っていうことは、まさか!?』


『ヴァージニアの予想通りよ。助かった者も含めて、それだけの大量の血が流されたということじゃ』


 全員が当時の凄惨さをほぼ同様に理解し、想像したことによりパースも自身の重い口を、厳密には口ではなく胸襟のようなものを開く。


『知りたいなら教えてあげるよ! あいつらは俺たちがどんなに懇願しようとも鱗を剥ぎ取り続け、爪を引き剥がし牙も、しまいには角までも折っていった。言葉が通じようともお構いなしさ。生え変わる度に次々と奪っていったんだ!』


『なんて、酷いことを……』


 かつてエルザルドは生きたまま鱗を剥がされる行為を、ヒトに置き換えれば生爪を剥がされる苦痛に等しいと評した。

 その後、ガナハが自身の牙を自ら叩き折った現場にも居合わせたが、彼女は思わず『イターー!』と悲鳴を上げていたものである。

 双方が間断なく己の身降りかかると想像するならば、それは地獄の拷問となるであろう。


『……ああ。でも、俺なんかまだ良い方だったさ。俺のこの黒い鱗は、あまり人気が無かったそうだからね……。取られ過ぎてほとんど鱗の無い、丸裸に近い状態になっていた者もいたくらいさ。けど、本当に信じられなかったのは、瀕死で荒い息を吐き寝転がるだけの彼を見て、あいつらが笑っていたことさ。ゲラゲラとさ、心底楽しそうに。無様だとか醜いだとか言っていたのが聞こえたよ。その光景を見てやっと解ったんだ。あいつらが存在する世界こそが地獄であると、ね』


『パース! 何度も言うけど、それが人間の本性ではないわ! そりゃあ、あなたが言うようなクソ野郎も本当にごく稀に生まれるのかも知れない。けど! そうではない人間種の方が圧倒的に大多数なのよ!?』


『君と決着のつかない議論に興じる気は無いよ。それに、そっちの(・・・・)問題じゃあないんだ。大多数でなかろうと、ごく稀であろうとそういう奴(・・・・・)が一定数産まれてくること自体が問題なんだよ。さっき話した者の末路などいい例さ! あいつらは、丸裸とされて瀕死状態となっていた彼から、更に剥ぎ取りを行おうとしたのさ! 他の同胞が、もうそれ以上何かすれば死んでしまうぞ、と言って止めようとしたんだが、ならば限界値を見極めるのに活用するまでだと返されて、連れていかれたよ。当然、戻ってきた時には死体になってたさ。その後バラバラにされ、骨まで素材として使用されたと聞いたよ!』


 想像を超えた顛末に、アレクサンドリアたちもさすがに返す言葉もない。その隙にパースが持論の続きを進める。


『あいつらの欲望にはキリが無いんだ! 得たら得た以上に手に入れなければ満足できない! 足りていても! もう充分過ぎて余っていても、だ! 欲しくなれば、また他者から奪おうとする! そしてまた、幼い俺のような目に遭う存在を増やしていくんだ! 当然だよ! あいつらは同種間であっても躊躇なく殺害し、奪ってきた種族なんだからね! だから俺は全て消し去って、あいつらを止めたい!』


 今度も何とか反論の言葉を紡ごうとするヴァージニアに向かい、パースは自らの主張を続ける。


『ヴァージニア、君と違ってもう俺には人間種を信じることなんかできないんだよ! それに人間種は過去何度も世界と自分たちの文明を破壊してきた! 今回のことだって、魔族を元人間種と考えれば同じことさ! 僕は未来の不幸を未然に防ぐ選択を取っているんだよ!』


「だからと言って、貴殿が犠牲となる必要も無いのではないか?」


 場に念話の類ではない、涼やかな実際の声が響き渡った。

 ハークのものである。


『俺の、犠牲、だって……?』


 ハークは戦いの気配は一切放つことなく、一歩一歩踏みしめてゆっくりと前に進み始めた。パースの視線と関心を一身に集めるがためである。


「ああ。今現在のこの状況をひっくり返すには、その黒く巨大なヘドロの塊の中へと飛び込み、集合体の意識を貴殿自身が乗っ取って戦うしかない。そう思っておられるのだろう?」


 ハークの顔面は今、龍を模した仮面状の兜、言わば龍面で全てが覆われている。従って、他者からすれば彼の目線の方向を正確につかむことはできない。それでも、真っ直ぐに眼をそらさずパースを見続けていることは誰からも明らかであった。


「だが、一度それをしてしまえば、貴殿の肉体と魂は闇の集合体に取り込まれてしまう。脱出は不可能。永遠に囚われ、中枢としての役目を担わされ、やがては如何に強靭な龍族の精神であろうとも浸食され尽くして正気を失い、肉体は朽ちる。最後には残った魂も壊れて、2度目の死を迎えることとなろう。そして歪みどころか砕けた魂では再びの生を送ることなど、もう適いはしない。つまり一度闇の集合体と同化すれば、もうドラゴンとしての生も終わりということだ。貴殿ならばここまでの流れを全てご理解しているのだろう?」


『君は……、……君は一体何者なのだ!? 先程見せた力といい、動きといい……、明らかに異常じゃあないか……!?』


 真実を突かれても、即座に正しく対応できる者は中々存在しない。事前に心構えができていない方向から与えられる質問であれば尚更だ。

 特にパースの質問からの質問に、今返答する意味を感じなかったハークは持論の説明を続行する。


「先程の少女のように、何らかの保護膜を展開しながらの非接触操作は不可能だ。あれは少女が闇の集合体との特別な親和性を有していたがゆえだからな。そもそもこれだけの犠牲を払ったとしても、貴殿の望みは叶わない」


『何故だ! 君が邪魔するからか!?』


 ハークは首を横に振った。


「いいや。まず第一に、先も語ったが貴殿の正気がもたないからだ。闇の集合体の意識を貴殿が乗っ取ること自体は難しくない。元ががらんどうの、意思の無い集合体なのだからな。貴殿の強靭な意思さえあれば、瞬く間に人間種をこの地球上から殲滅することができるだろう。だが、問題はその後だ。貴殿の精神と魂はいつしか使い尽くされ、意思も消えてなくなる。そうすると、闇の集合体は貴殿の狙った人間種以外の生物、つまりは地球上の他の全生物に襲いかかるようになるだろう。当然、貴殿の守りたい存在、龍族たちもだ」


『……』


 パースは一瞬だけ返答に詰まる。これは明らかな図星の表れというよりも、危険性を考慮していたがためであった。


『そんな事には決してならない!』


 ハークは再度首を横に振った。


『断じて! そんな事には!』


「どんな策や手段を講じようとも無理だよ。貴殿は人間種を絶滅させた後のことを考えておらぬ」


『……え? ……あっ!!』


 見落としを指摘すれば忽ち理解したようで、ハークは続きを語る。


「無念にも殺された人間種の魂の中で、闇の精霊と適合する魂も大量に発生する。闇の集合体の勢力は増し、どうあっても止められぬ力となる。地球は動植物の一切存在しない静寂の星へと回帰することになるだろう。闇の集合体がこれまで自分たちの勢力維持以上の行動を行って来なかったのは、自身の悲哀を他者にぶつけることを知らぬ無垢な魂が中枢であったからだ。貴殿ではそうはいかぬ。貴殿の強き意思はまるで雪崩だ。傾いた意思の流れは止まらず、闇の集合体は全て(あまね)くを喰らい尽くす破壊神と化す」


『それは……、それは君の勝手な推測じゃあないか! だ……大体、君は本当に何なんだ!? 君の力は確かに同族の……龍族のものを感じる! だが、俺は君のことを全く知らない! 何故そんな、ヴォルレウスにすら迫るほどの実力を持っているんだ!?』


「貴殿からすれば完全なるイレギュラーだよ。儂は、貴殿が狂わせたエルザルドを殺し、その力をいただいた者だ」


『なっ……!? エルザルド……、リーグニット老を殺した者だと!? では君は人間種か!?』


 ハークは今度こそ首を縦に振った。


「そうだよ。今のこの身はヴォルレウスやヴァージニアと同じく龍人だがね。尤も、その成り立ち方は少々……どころではないな、滅茶苦茶変わっておるがの」


 絶句しているパースに対して、ハークは勝手に話を続けていく。


「貴殿の望み、行動は過去の悲惨な出来事に起因しておる。言わば恨みつらみだな。が、貴殿の目指す未来は、決して独り善がりのものではないと解る。人間種を抜かせて考えれば、な。まぁ、儂が人間種側であるのが最大の問題点であるのだが……。それでも貴殿には自身の利益どころか保身さえ考えていないことも解る。まさに無私の心だ。これぞ、『死ぬことと見つけたり』だな」


 ハークは『葉隠』の重要な一節を引き合いに出す。

 戦時中、日本軍の思想によって『戦って死ぬことが古来からの日本の美徳』などと徹底して歪められたこの一節の本来の意味は、『自身の利益などは最も後回しとし、国と主君に全身全霊をもって仕えよ』という思想を表していた。決して軽々しく命を捨てれば良い、などという言葉ではなかったのだ。


 ハークから見ると、人間種にとってだけはという一点を抜かしてしまえばであるが、パースは正にこの一節通りの行動をしているのである。

 立場的には確実に敵側であろうとも、ハークが彼を『貴殿』と呼び、敬意を表しているのはここに理由があった。論点、矛盾点は多かろうとも、中々できることではない、と。


「だが、貴殿の命懸けの行為であっても、事態は悪い方向へ、いや、最悪の方向へと進む。確かに貴殿が言うように、人間は過ちばかリだ。それでも、時に一部の人間が正しい行いを選択し続けた結果、今があると儂は思うておる。そして貴殿も、その行動と選択によって多くの過ちを起こした。エルザルドを狂わせて結果的に殺し、目的のために行った様々な結果の末に数多くの命を奪った。だからもう、良いではないか。お相子(あいこ)などと言うつもりは無いが、ここらで手討ちにしても良いのではなかろうか」


『そうじゃ! もうよせ、パース!』


『このままじゃ、泥の上に泥を塗るだけ……最悪の泥仕合になるだけだよ!』


『全ての生命を失わせることが、あなたの望みではないでしょう!?』


 ハークの言葉が終わるのを見計らって、アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアが援護射撃を行う。タイミング的にも申し分なかったように思えた。が、決して常にそれがベストな結果へと繋がる訳もない。


『……敵の出した計測だ。……惑わされるもんか。惑わされはしない……』


『パース!』


『やめるのじゃ!』


『あなたの魂が、いいえ、全てが消えて無くなるのよ!?』


『俺のことなんて、どうでもいいって、言ってるだろォーーーーーーーーーーー!!』


 全ての制止を振り切り、彼は背後の昏く黒い塊の中へと身を投げた。


 自身はおろか、全てを壊すダイブを眼にし、ハークは俯き呟いた。


「……終わったか……」





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