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47 後編10:Shout It OUT-呼応する魂―②




 黒い触手の槍は太く、ヴォルレウスの胸元の中心を穿ち貫くことで、龍族の弱点である心臓と魔晶石を同時に破壊できるほどとなっていた。

 その証拠に、ヴォルレウスの刺し貫かれた身体が、力無くダラリと垂れ下がる。もう生命はその肉体に宿ってはいないと、自ら証明するかのようであった。


『……クッ……!』


『…………』


『ヴォルレウス……!』


 それぞれが悼む声を上げた。だが、ヴァージニアはヴォルレウスから直接託されている。浸り、沈んでいる前にやることがあった。


『パース。その子を、……クロを放しなさい』


 ヴァージニアの呼びかけに、パースはすぐには応えられなかった。

 俯くその姿には、後悔は無いにしても無念さが垣間見える。


『パース。……早く!』


 ヴァージニアが急かすと、ようやくパースは顔を上げた。


『まだだ…………!』


 返答に対し、アレクサンドリアは歯を剥きながら(かぶり)を振った。


『馬鹿な……! 命を賭したヴォルレウスとの約束さえ反故(ほご)にする気か、貴様!? これ以上無駄な血を流すな!』


『彼が勝手に言い出しただけだ……! 俺は承諾していない……!』


『だったら、なんで殺したのさ!?』


『……それは……!』


 ガナハの鋭い一言に、一瞬パースは言葉に詰まる。


『教えてあげるよ! それは君が怯んだからさ! ヴォルレウスの気迫にね! この卑怯者!』


『黙ってくれ、ガナハ! 俺だってこんなことはしたくなかったさ! けれど、やっとここまでこぎつけたんだぞ! 何千という年月を費やしたんだ!』


『それが正しい目的のためであれば、妾たちも邪魔などせぬ。人間種全ての虐殺など、見過ごせる筈がないわ!』


『見過ごせなどと頼んではいないよ……! あくまでも邪魔するなら……!』


『そうはいかない! ハーク、お願い! 助力を頼むわ!』


 ヴァージニアはここで当然に、彼が打てば響くが如くに承諾の返事をしてくれるものと考えていた。

 が、彼は未だに殺されたヴォルレウスの方を無言で見詰めている。


『ハーク……!?』


「もう少しだけ、待ってやってくれ」


『え? 何を待つと……』


『ヴァージニア……、あ……あれを見て……』


 ガナハの言う『あれ』の意味が解らず、ヴァージニアは彼女の方に向く。ガナハもハークと全く同じ方向を見詰めており、そして彼女は驚きの表情を浮かべていた。つられるようにヴァージニアも視線を向けることで、その意味を理解し、表情もガナハと全く同じものへと変わる。


『な……』


『何じゃ、あれは……?』


 最後にアレクサンドリアまでもが同じ方向へと眼を向け、瞠目した。

 彼女たちは一様に自らの手の甲で己が眼をこする。

 しかし、刮目して見ても視界に入り込んでくる映像に変わりはない。


 動かぬ死体と成り果てたヴォルレウスの肉体が、なぜかぼやけたかのように、二重に見えるのであった。


 不可思議な事態に戸惑うのはパースや、ハークの相棒でさえ同様だった。虎丸からの念話の糸をハークは即座に受け入れる。


『ご主人、……何ッスか、アレ……?』


『霊魂だよ、ヴォルレウスの』


 ハークはすぐに答えを返した。ちなみに、ハークと虎丸の主従間の会話は他の面々には届いていない。ハークの肉体内に同居しているエルザルドには別であるが。


『霊魂……ッスか……?』


 眼を凝らすと、なぜ二重に視えていたのか虎丸にも解った。手前側のヴォルレウスの身体が半透明なのだ。蜃気楼よりもぼんやりとしており、後ろがハッキリと透けて視える。そのクセ輪郭だけはやたらと鮮明で、まるで境界線かの如くであった。


『れ……霊魂、って……、視えるんッスか?』


『普通は視えないさ。けれど、我らのように内包する力の桁が違えば、強い意志によって生前の姿も保つこともできるし、視認できるようになる』


『我らって……、オイラもッスか?』


『そうだよ。尤も、虎丸の場合はもう少しだけでもイメージ力を鍛えないと、生前の姿を維持し続けることはできないだろうけどね』


『そ、そうなんッスか。……アレが、ご主人が待ってたものなんッスか?』


『ああ』


 ハークが肯定するとほぼ同時に、ヴォルレウスの魂がゆっくりと動き始めた。

 空中を滑るように、物理法則を無視して直線的に進んでいく。その先には闇の集合体が、未だ透明な棺の中のクロの肉体があった。


『なっ!? こっ、このっ!!』


 パースは慄き困惑しながらも、闇の集合体から複数の触手槍を出現させ向かわせる。

 不測過ぎる事態でありながら即座に対応したのは素晴らしい判断と言えるだろう。が、それらの攻撃は全てヴォルレウスの霊魂を通過してしまう。何の損傷も痛痒も与えたようには見えず、霊魂が進む速度にさえ影響は無い。


〈無駄だ。霊魂には物質的な現世の攻撃は一切通用しない。同時に、霊魂も現世の物質的な存在に何の影響も与えることはできないが……〉


 ハークが頭の中で分析の結果を言葉に変換している内に、ヴォルレウスの霊魂は透明な棺に包まれたクロのすぐ正面にまで到達していた。彼が手を伸ばすと、確かに存在する筈の棺さえ透過して娘の両肩に触れる。

 とはいえ、揺り起こすことまではできない。霊魂の状態では、受肉しなければ決して物理的な干渉は行えないからだった。


 けれど、彼が今、愛する娘のために何もできることが無いということではなかった。

 霊魂は基本的に現世に干渉できず、見守るだけである。

 しかし意識を失い、何者かに精神を乗っ取られつつある同等の存在であれば話は別だった。


 ヴォルレウスが娘の両肩に霊魂の手をかけたまま身を引くと、またも不可思議な現象が発生する。


『ええぇ!? 今度はクロが二重に視えるッス!?』


 二重の手前側が、ヴォルレウスが引き出した魂であった。全く反応の無い娘のそれを、彼は抱き寄せる。


 龍族の数千年に及ぶ、アレクサンドリアに至っては一万年に近い生涯においても、一度も見たことも経験したこともない事態の筈だった。呆け、戸惑い、一様に言葉を失うのも当然であったことに違いない。実際、アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアの3柱の様子は上記の通りであった。

 そんな中で別の行動をパースが選択できたのは、執念めいた使命感がゆえであったのだろう。


『やめろっ!!』


 何が起こっているか正確に把握はしていないものの、パースは闇の集合体からの攻撃をクロの周辺へと向かわせた。卵の殻が容易に砕けるように、クロの身体を包んでいた棺が瞬時に粉々となる。


 保護していたものもなくなり、彼女とリンクしているラクニの白き十字針がクロの額に一直線で向かい、突き刺さった。


 が、既に意味は無い。

 ラクニの力、呪いは魂を縛る能力である。しかし、縛る対象がその肉体の内に無ければ効果の及ぼしようもない。

 無効化ではない。無意味となるのだ。


 狙うべき魂は、ヴォルレウスが大事に抱えたままに、彼がハークのすく近くにまで移動させてくる。

 そしてヴォルレウスの霊魂がハークに視線を向け、口を動かした。


 通常、霊魂は物理的な影響を周囲に及ぼさない。だから周辺の空気を震わせて声を伝えることはできない。だが、強すぎる意識体はしばしばその常識を超える。

 ハークには、その意思の波のようなものが確かに届いていた。


『今だ。頼む、ハーク』


 聞こえた言葉に頷くハークは、即座に突き、『朧穿』の構えを取りつつも繋がったままの『念話』で相棒へと短い台詞を送信する。


『やるぞ、虎丸!』


『了解ッス!』


 虎丸とて全ての事態を今の時点で理解できている訳ではない。

 でも、主の思考と行動についてならば、虎丸は限りなく以心伝心のレベルであった。


 彼女の主は大胆不敵、直情径行に視えて実は慎重。他を圧倒する戦闘能力を持ちながらも、その技能を使うのは最後の手段。

 しかし、使うと決めたら、もう迷いはしないのだ。


 その場でくるりと後方宙返りをすると、足場に着地する時には小さな雲を四肢にまとわせ、白に黒き縞、赤き隈取という本来の姿に虎丸は変わっていた。


「むんっ!」


 気合一閃、ハークが突きを放つ。

 まばたき1つにも満たぬ一瞬の後、彼の傍らには相棒である虎丸と、呪いの針を綺麗に取り除かれた五体満足のクロの肉体があった。





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