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46 後編09:Shout It OUT-呼応する魂-




 何だ、あれは。


 それがパースの抱いた第一心象であった。

 普通、ではないことはさすがに一目瞭然である。そもそもこの位置、この場所この時に、この高度で存在すること自体が、すぐ隣に佇む者と共にある一線を超えた傑物であると如実に示している。


 更に、たった今、闇の集合体の触手3本をまとめて一撃で消し去ってみせた。

 ただ、その攻撃にはハッキリと光の属性が伴っていた。

 これは純粋な攻撃力で倒したのではなく、光属性の魔力によって闇の精霊同士の結合を断ち切って破壊した可能性があることを示している。


 何の種族だ? とも、パースは考えた。


 実のところパースは、ハークのことをほとんど知らない。

 当然といえば当然で、人間の社会に深い(くさび)を打ち込んではいるもののパースは権力構造の歪な国家のみしか相手にせず、更に万が一を考えてヴォルレウスの影響の濃いモーデル王国周辺は意図的に避けていた。一方、ハークはその回避地域で活躍し、名声を上げている。


 更に、敵勢力からしたら脅威度で彼より勝る存在もあった。たとえばモログである。

 誰が意図した訳でもないが、モログのこの存在がずっと隠れ蓑となり、結果的に魔族は最終決戦の最中に至るまでハークのことを認識してすらいなかった。


 パースの場合とて同じである。

 半年程前、ヒュージドラゴンたちの間で行われた第9899回目の大陸間会議内で部分的に発表した次の日(・・・)に完成した魔力発生源感知装置を使い、ヴォルレウスの位置を特定してからパースはずっと彼だけを、余人を交えることなく己のみで監視してきた。

 監視の方法としてはロンドニアが開発した、風の精霊に自分の視線を乗せることのできるスキルをアレンジしたものによってである。


 元々は一つのところを動かぬと決めたロンドニアが、自身の空虚な時間を埋めるために造り出した。

 龍族の間でレシピを公開してそのままにしていたのは、まさか悪用する奴どころか自分以外で使用しようとする者すら現れる筈がないと予想していたためである。


 ヴォルレウスの居所が判明してからのパースは、ほぼずっとその監視にかかりきりとなっていた。

 生物種の頂点たるヒュージドラゴンとて、流れる時間の早さと量は他種と変わらない。ハークの名を弟子の報告から耳にはしてはいたものの、姿や顔などと一致させてはいなかった。


 尤も、前もって一致させていたところで同じことであっただろう。つい最近、ハークは姿形を元から変えたからである。蒼い鱗の鎧に全身を隈なく包み込み、背丈も大人の男性のものへと変化しているのだから。


 パースにしてみれば、まだハークの隣、傍らに立つ方が判り易い存在である。

 恐らくは、いや、確実に人間種の女性体だろうと思った。ただ、ヒト族は全体的な能力が低い。正体はライカンスロープ族ではないかというのが、パースの最終的な予測であった。


 彼女とその隣の両者とも、今まで監視してきたヴォルレウスの映像にただの一瞬たりとも現れてはいない。よって、ヴォルレウスの昔の知り合いか、でなければ他の者の連れということになる。

 どちらも見た目完全に人間種であるため、ヴァージニアかガナハが連れてきた、もしくは勝手についてきたのであろうとパースは予測した。


 ただ……、もう一人の片割れ、蒼い鎧を着込んだ方には奇妙な力を感じる。

 得体の知れない、というものではない。逆によく知る力、龍族の力に似たものを感じたのだった。

 自分が知らぬ間に新たな龍人でも誕生したのかと思い、注視をしたところでパースはこれ以上追求することも、彼について考えることもやめた。明らかな武器を彼は右手に握っていたからである。


 龍族には、成長の途上段階で習得する『武装解除(アームブレイク)』というスキルがある。

 これは相手の武装を破壊し易くなる有用な種族スキルなのだが、爪も牙も巨大な身体さえ持って生まれない龍人にとってだけは逆に作用してしまう。実際にヴァージニアやヴォルレウスも龍族としてまだまだ未熟であった頃には、相当な苦労を経験したと聞いていた。


 つまり、武器を持っているということは龍人ではない、もしくは龍人であっても未だ『武装解除(アームブレイク)』を習得していないほどに未成熟であるという証明ともなるのだ。


 ヒュージドラゴンにとって、戦闘で自身を脅かせる存在であると警戒する対象は同じヒュージドラゴンだけである。種族的に龍族に次いで強いと言われる魔族であっても、警戒しなければならないのはラージクラスまでだ。特にパースに於いてはより顕著である。何しろ彼は、今現在に生存しているユニークスキル所持者を正確に把握しているのだから。


 もしかしたら、エルフ族であるのかも知れない。

 アレクサンドリアとほとんど同年代である最古龍の一柱、キールにはエルフ族の知り合いが何人かいる。その中の一人であるのかもともパースは考えた。


 エルフ族は人間種では図抜けた魔法の使い手だ。更に珍しい混成魔法を扱える者もいると聞く。

 そうと考えれば先程の光属性での巧みな一撃にも合点がいった。


 だが、魔法への対抗手段は既に対策済みである。先の攻撃はそれを行っていなかっただけだ。

 この時点でパースは、ハークを取るに足らない存在であると認識した。





 そんな訳で、ハークとパースの視線が真正面からぶつかり合ったのはそれほど長い時間ではなかった。


「よせ、ハーク! ……やめろ」


 決して強過ぎることはないにしても抑えた口調に、ハークは視線をパースから外してヴォルレウスへと向ける。


「やめるんだ」


 もう一度ヴォルレウスはハークに向かって言う。今度は静かであったが、強い口調であった。

 ハークはまじまじと視線を送る。対してヴォルレウスは、その視線からまったく眼を逸らさない。


 龍人化を解いたヴォルレウスの表情は尚のこと伝わり易く、彼の中の想いと覚悟をハークへ如実に伝える結果ともなる。

 傍から見れば睨み合っているのか、とでも思える両者の視線の交錯は続き、やがてハークが、極めて自然に刀をだらりと下げる『無形の位』という構えを解き、背の鞘に大太刀を納めた。


「……ありがとう」


 礼を言うような場面ではないとどちらも思ったが、どちらも自然な形であるとも思える。

 コクリと頷いたハークが表したかったのは、肯定だけではなかった。


「後は頼むぜ、ハーク」


 無数の意味を籠めたヴォルレウスの依頼であると、ハークは受け取る。

 そして、その全てが伝わったと示すために、再度深く、ゆっくりと頷いた。


 ヴォルレウスは口の端をほんの少しだけ上げる小さな笑顔を見せ、次いで周囲の年長者たちにも順々に視線を交わしてから言った。


「皆もな。特にヴァージニア……。あの子は、俺の娘なんだ。だから本当に、後のことは頼んだぜ……」


 悲壮な彼の決意を認識したのか、3体のドラゴンも反対の言葉を吐くのを止めた。


『解ったわ……、ヴォルレウス……。私の……孫だものね』


 ヴォルレウスは安心したように眼を細め、今度は本当の笑顔を見せると顔をパースへと改めて向けた。

 そして一歩一歩踏みしめるかのように歩き出す。


「さあ、最後のボーナスチャンスだぜ? 今を逃すと、俺を殺す機会は永久に来ないかも知れねえぞ」


 更にまたも挑発めいた言葉を吐いた。

 パースの眼光が瞬時に鋭くなる。同時に背後の闇の集合体が3本の触手槍を作り、それらを束ねると全体をヴェールのような膜で覆って一つに変えた。


 ガナハは顔を逸らし、ヴァージニアは眼を瞑り、アレクサンドリアは見届けるためにより開眼した。


 黒い槍の穂先がヴォルレウスの中心点を捉え、高速で突き出されていく。

 するすると目標に向かい進むそれは、今度こそ阻むものも無く、ヴォルレウスの肉体を貫いていた。





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