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45 後編09:Rising Hope-犠牲-⑤




『ヴォルレウス!?』


『ええっ!?』


 アレクサンドリアとガナハが驚いた表情を見せる。

 だが、その2者だけではなく、パースも同様であった。


『……へえ、これは驚いた。まさか君がこの娘を見捨てるなんてね。これでも俺は、君を徹底的に調べ上げたんだ。理解したつもりになっていたんだけれど……』


 些か当てが外れた、と言わんばかりの態度をあからさまに示すパースに、ヴォルレウスは首を横に振った。


「いいや。見捨てることなどしない」


 パースの表情が怪訝なものへと変わる。


『何だって? この状況を何とかできると思っているのかい?』


 聞きながらもパースは念のためか、糸状に変化させた闇の集合体を幾重にも束ね、網のようにしてクロが入った透明の棺の周囲に配置させた。

 しかし、ヴォルレウスが敢えて何かのアクションを起こす気配は無い。


「いいや、無理だな。詰みだ」


 あっけらかんとしたヴォルレウスに、パースが冷静を装いつつもさすがに戸惑いも表す。


『……では、やっぱり全人間種のために娘を見捨てる、という決断をしたということかな?』


 パースからの再度の問いに、ヴォルレウスはまたも首を横に振った。


「いいや」


『はぁ!?』


 再度の否定に怪訝な表情を晒したのはパースだけではない。アレクサンドリア達も同様であった。


『ふざけているのか?』


 ギロリと睨みながらパースは続ける。


『娘を見捨てることなく、全人間種を諦めることもしない。……子供の我儘かな? ま、生きた年数で言えば、俺から視て君はまだ子供くらいだが……。それとも俺の心情に訴え出る気かい?』


「対価を出す」


『対価だって? ……この期に及んで……』


『ヴォルレウス! 今更、交渉など不可能じゃ!』


 パースの呆れたような声にアレクサンドリアからの制止が続いた。


「対価は……」


 が、ヴォルレウスは表情も変えぬままに続ける。


「俺の命だ」


『何じゃと!?』


『ええ!?』


『ヴォルレウス、なんの行動もする前から何を言ってるの!?』


 更なる驚愕を示したのはアレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニア達だけではない。

 パースも大きく眼を見開いていたのだ。


『君の……命だって……!?』


 そう発したきり、絶句する。


『ヴォルレウス、諦めないで! 皆で力を合わせれば、まだなんとかできるかも知れないじゃない!』


「無駄だ、ヴァージニア。あの場にあの子がいるってだけで、もうどうにもならないんだ」


『え……? 何でよ!?』


「パースの言った通りだよ。俺、いや、俺たちのことを良~~く知っていやがる。……どうしてあんな小さい少女が、完全に取り込まれてもいないっていうのに、自在に闇の精霊を動かせているのか解るかい?」


『む? 言われてみればおかしいぞ。取り込まれておらぬということは同化しておらぬということだ。同化もしておらぬとは、言わば外部操作のようなもの。いくら群生体とはいえ、あそこまで巨大なものを外側から自在に動かせるとは思えん。それに……ヴォルレウス、あの娘……、どうにも先程から存在の大きさ、のようなものを感じるぞ』


『ボクもだよ。ヴォルレウスの娘さんなのだからと最初は思っていたのだけれど、……龍族にしてもボクやアレクサンドリアよりも大きく感じるのは、さすがにおかしいよね?』


 ヴォルレウスは特に勿体ぶることなく答える。


「答えは親和性にある」


『親和性じゃと?』


『え? それって……闇の集合体との、……ってこと?』


 ガナハの問いにヴォルレウスは肯いた。


「……そうだよ。彼女の中に息づく魂は、元々闇の集合体の中心核だったんだ」


『……ええっ!?』


『何ですって!?』


『むうっ!? 討伐したと聞いていたから、消滅させたものとばかり考えていたぞ!? ……そうか、闇の集合体の中枢部に囚われていたという人間種の幼子たちの魂か』


「ああ。闇の集合体に利用されていたこと、長期間に渡り魂だけで存在していたことなどが影響して、一つ一つの魂にはどれも欠損ができてしまっていたんだ。それが互いに補い合う形で融合して、埋め合わせた。ただし、そのままなら大き過ぎて通常の生物の肉体にはとても収まらない。ところが、周囲の有機混合物を使って人間の身体を造り出して、その中に宿ったんだ。俺に言われるでもなく、な」


『……なんと……!? では、あの外見は全くの見せかけなのか……!?』


「いいや、内臓構造に至るまで人間種のものそのままだよ。ただし、とてつもなく強靭だ。3年間起きっぱなしだったこともある。だが、一度も具合が悪くなったことはない」


『成体のドラゴンでさえ、睡眠は必須なのに……。……そうか……、だから無駄なのね。あまりにも組成が似すぎている。あの棺が砕けるどころか、僅かなヒビ割れが発生しただけであの子はヘドロの中枢に逆戻り、か。私たちが少しでも引き付けている間に、針と棺、この2つをほぼ同時に、タイムラグ無しで破壊できれば……って思ったんだけれど……。……まさかの三段構えとはね……』


「強い攻撃には必ず余波がつきまとう。衝撃波だ。こればっかりはどうしようもない。俺の場合は特に。本当に俺のことを良く知ってるぜ。今の状況で、俺にできることは全く無いんだよ」


『何を弱気なことを! だからと言うて、ヴォルレウスが死んでも何も変わることなぞ無い!』


『そうだよ! 事態が悪い方に転げ落ちるばかりじゃあないか!』


『……全く、その通りだよ……』


 最後に同意を示したのはパースであった。全員の視線が向く中、彼は続ける。


『本当に、……全くもって彼女たちの言う通りだよ。大体からして、君を殺しても俺に何のメリット無いじゃあないか!』


「メリットはあるさ」


 ヴォルレウスは言下に、そして自信満々に否定した。


「いいかい? 俺とあんたの生きる目的は全くの真逆だ。それを知ってしまった以上、俺はこの先ずっと、あんたと対峙し続けることになる。力が及ぶ限り、永遠にあんたの邪魔者となる。今殺しておかないと、本当に厄介なことになるぜ?」


『何を言ってる……? 何を考えている!? その為のあの娘だろう!?』


「そして、その代わりの俺だよ。あの子を犠牲にしたところで、俺はあんたと戦う。闇の集合体と戦い、力づくで必ず止めてみせる。だが、俺を殺せば、当然に、俺はもうあんたを邪魔できない。悪くない取引じゃあないか? あんたなら、この先、自分の目的を遂げられるチャンスはいくらでもある。闇の集合体の力が無くったって、何年、何千年かかろうともあんたは諦めないんだろう? だが、俺が生きてちゃあ、あんたは本懐を遂げられない。必ず、絶対に俺が阻むからだ」


『…………』


「だから、クロを放してやってくれ。その子の助けなんぞなくとも、あんたならいつか本懐を遂げられる。そのつもりなんだろう?」


『……馬鹿な……!!』


 吐き捨てるように言い、パースは続ける。


『彼女は君の因子などまるで無い、全くの他者なのだぞ……!? それを……、なぜ自分の命を懸けてまで守ろうとする!?』


「おっと、その質問は俺には無意味だぜ。なんせ俺は一万年以上前の記憶を持ってるからな。全ての人間種は、昔の俺の血をひいている可能性がある。俺の子孫かも知れねえってことだ。なら、俺にとっては子供も同然。だから、やらせやしない。クロも、人間種全体もだ」


 そう言いつつ、ヴォルレウスの肉体に変化が生じていく。硬質な輝きを放っていた身体の表面から、徐々にその光沢が失せ始める。

 軟化しているのだ、彼の肉体を守る龍麟が。

 戦闘態勢である龍人化を解いているのだ。


「俺が生きている限りはね」


 完全に人化が完了し、赤髭卿そのものの姿が顕わとなる。

 パースは自ら顔面を左右に強く振った。


『……クッ……! さっきも言ったろう! 俺は君を殺したくなんかない! むしろ、尊敬しているくらいなんだぞ!?』


「それでもだよ。俺だって別にあんたを憎くはない。けど、あんたがやる気なら、俺は絶対に阻止する。思想の違いからくる相克だな。さぁ、今度はあんたが選ぶ番だ。俺を殺すか。俺と死ぬまで戦うか」


『ヴォルレウス!』


『ダメだよ!』


『何をしてるの!?』


 アレクサンドリアたちの制止も聞かずに、ヴォルレウスはまたも一歩前進した。ヒトの姿のままに。

 まるで、どころか、やってみろとばかりのあからさまな挑発行為にパースも反応せざるを得ない。

 眼つきが変わり、右手が動く。クロが閉じ込められた棺の周囲から計3本の触手が発生し、先端が硬質化して槍の穂先へと形状が変化した。


 狙うは、ヴォルレウスの中心点。


『ヴォルレウス、今すぐ戦闘態勢を!』


『避けよ! 本当に死ぬぞ!』


『待って、パース!』


 既に覚悟を決めたのか、パースが遠隔操作する槍型の真っ黒な触手が一直線に狙いへ向かう。

 対するヴォルレウスは、未だ動こうとしない。


 突撃する槍の穂先がヴォルレウスの身体に残り5メートルまで迫る。

 その瞬間だった。

 光を伴った一陣の突風が、闇の3本槍すべてを薙ぎ払っていた。


「……ハーク」


 溜息を吐きそうな表情でヴォルレウスが視線を送った先には、蒼い刀身を煌めかせたハークがいた。





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