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44 後編08:Rising Hope-犠牲-④




 少女と呼ぶに相応しい小さな身体、か細い肢体。そして腰まで伸びた、日本人形のような美しく光沢のある黒髪。

 間違いなくクロであった。

 エルザルドの記憶にある姿とほとんど変わらない。ほんの少しだけ背が伸びていたくらいの違いしかなかった。


「てっ、てめえっ!?」


 激昂しかけるヴォルレウスだが、当然、下手に動くことはない。いや、動けない。


『ヴォルレウス。俺は君に感謝しているくらいなんだよ。君がこの、脳みその無い力だけのデクの坊と対峙したからこそ、俺は未来に希望が見えるようになったんだ。どんなに研究しても不可能としか思えなかった人間種だけの完全なる殲滅。しかも、過度に地球を汚染してしまっては本末転倒で、意味がない。更に同族にも計画を知られてはならなかった。ほとんどが反対の立場や敵に回るからだ。不可能と諦めきっていた事象に、今到達しているのは間違いなく君のおかげなんだ。恩さえ感じている君は、本当は殺したくない』


 口調は優しく、(さと)すかのようだ。しかし、状況には全くそぐわない。

 指摘するのは、まずはアレクサンドリアであった。


『殺したくないと言いつつ人質とは……! 本当に呆れ果てたぞ! 龍族としての誇りすら捨てたか!?』


『何と罵られようと構わないよ。俺が死んだ後、俺はきっと龍族一の愚者と呼ばれるんだろうね。それとも龍族一の卑怯者かな? 殺戮者かな? 少しでもいいから、後年俺のやったことを評価してくれる龍がいるといいけど……』


 パースの態度に哀愁のようなものを感じ、ハークは思う。


〈この手の輩は自己に酔っていることが多い。他者から植えつけられた知識であったり、思想が大元となっているからだが……、どうやらパースは別のようだな……〉


 彼の出した結論は、これまでの長い生涯の中で彼自身が培った知識や経験から来ているのだ。思想に殉じるなどと格好をつけた、ただの自己陶酔野郎とは違う。


『そんなにまでして人間種を滅ぼしたいのか、パース!?』


『もちろんだよ、ガナハ』


『さっきボクに、事が終わったら殺されてもいいと言ったな!? ドラゴンとしての永遠の命まで引き換えにする気か!?』


『本望だよ。覚悟はできてる、エルザルド老を手にかけたその日からね。見なよ、ヴォルレウス。大切な君の娘を囲う『拒絶する棺アブソリュート・テラー・コフィン』の、上部に突き刺さった十字型の針を』


 確かに何かがある。模様かとも思えるくらいだ。あれの十字の所為で、ますます棺桶に見えてしまう。

 ただし、内包された魔力は桁違いで、禍々しささえ立ち昇っていた。


「何て色の魔力だよ……。あれで俺の娘を……、クロを操ってやがるのか!?」


 エルフ族の一部が先天的に持つ、精霊を直接視認できる能力を、ヴォルレウスは種族も別な上で後天的に習得している。

 超絶にレアなケース、どころか現在のところ地球上に唯一無二の存在である。

 ハークが考えるに、精神が元々日本人であることが関係しているのかも知れない。八百万の神々を受け入れる度量を持ち、物にも魂が宿ることがあると考えて尊重できる精神が。


『さあ、ヴォルレウス、選んでくれ。愛する自分の娘か、何の関わりも無い人間種全体か』


「…………」


『勝った気になるんじゃあないわよ、パース! 私たちがいることも忘れてない? 人質が効くのはヴォルレウスだけよ!?』


 ヴァージニアの発言は所謂、仮定の話である。人質を見捨てることが決定してるということではない。揺さぶりをかけたのみだ。

 だが、パースは一切動揺を表に出すこともなく首を横に振るのみであった。


『残念だけれどヴァージニア、もうコイツは君たちだけでどうこうできる存在じゃあないよ』


『何ですって!?』


 ヴァージニアには挑発と聞こえたのかも知れない。だが、違う。


『ヴァージニア、パースが言っているのは本当のことじゃ。妾たちだけでは恐らく対抗はできぬ』


『……え?』


『一時間、……いや、30分持つかどうかも怪しいぞ』


『アレクサンドリア。キミがそんなそんな事を言うなんて……』


 ガナハが驚いた表情を晒す。

 本当に珍しいことだった。アレクサンドリアといえば強気で、相当な自信家であるからだ。

 しかし、これも違った。


『現実を申しておるだけよ……。先程、『聖遺物(レリック)』2つをいっぺんに砕いたであろう? あの時生じた爆発の威力は、妾の全力と同等であった。だが、アレに大して影響を与えたようには見えん。100発当てても結果は同じようなものじゃろう』


『何弱気な事言ってんの、アレクサンドリア!? だからヴォルレウスは100年も戦ったんでしょう!? ボクらも根性見せようよ!』


『見せられるものなら見せたいし、妾も限界を超えてみたいが……、恐らくその時間も与えられん。パースが先程、闇の集合体のことを脳みその無いデクの坊と称した意味が解るか?』


『え……?』


『今は違うからじゃよ。アレはもう脳みそを得た。正しくは、操り手じゃがな。パース、あ奴が頭脳となることによって、闇の集合体は先の尖兵で見せた多彩な形態と戦法をとることが可能となった』


『……そっか、もう200年前にヴォルレウスが戦って倒せた相手じゃあないんだね……』


『うむ。最早本能と衝動のみで戦う存在ではない。正直、尖兵どもとの戦闘でさえ、ヴォルレウスとハーク殿らを欠いては無事に勝てていたかどうかも判らん』


『だからって、アイツの好きにさせるワケにはいかないわ! 大体、ヴォルレウス! あなたが言うことをきいたって、娘を無事に戻してくれるかどうかなんて分からないでしょう!?』


 ヴァージニアの詰問は本来ヴォルレウスへと向けられたものだったが、答えたのはパースである。


『悲しいなぁ。それは俺を信用して欲しいね』


『敵の言葉を信じられるワケないでしょう!』


『俺は君らの敵じゃあないよ。強いて言うなら人間種全体の敵さ。さて、皆、特にヴォルレウス、もう一度君の娘を見てくれないか。君の娘には、何一つ傷をつけていないだろう?』


 確かにそうと言えるかもしれない。透明なだけに良く見えた。

 実際、外傷は全く無い。かすり傷さえも。十字型の禍々しい針も棺に刺さっているだけだ。ただし、干渉が無い訳ではなかった。


 パースは続ける。


『彼女を囲う棺は一見すると彼女を捕えているように感じるかも知れないが、実は逆だ。あれは物理攻撃以外(・・・・・・)のほぼ全てを防ぐ防壁でね、闇の精霊に彼女が取り込まれるのを防いでいるんだ。だから全くの無事。問題はあの小さな十字針の方さ。君の言う通り、あれを介して彼女を操り、闇の集合体に俺の意思を伝えているんだ』


『ならば、あれを抜くか破壊してしまえば……!』


『まぁ、待ってよ、アレクサンドリア。最後まで言わせてくれないかい。『ラクニの白き髪針』を知っているかな? あれはその『ラクニの白き髪針』を、俺が一から造り上げたものなのさ』


『何じゃと!?』


 どうりで禍々しい魔力な訳だとハークは思った。

 『ラクニの白き髪針』とは呪物と呼ぶに相応しい法器であり、他者を操る特殊能力を持つ亜人種ラクニ族の集大成とも言える。

 ラクニ族の中でも特に強い魔力を持つ個体、王の自然死した脳やその他の臓器を頭髪に数日に渡ってこすりつけ、魔力をゆっくりと染み込ませるそれは、本来のラクニの特殊能力を増加させ、制限はあれども使用者よりも生物的に強者さえも自身の制御下においてしまう。魂を縛る力があるからだ。


 ただし、本来は操る対象の頭部に直接針を刺す必要がある。


『苦労したよ。ラクニ族は凶暴で、魔族に改造を受けたせいで人間種でありながらも満足に言葉を操ることもできないからね。おまけに同族以外には従わず、決まった相手でなくては死を選ぶようプログラミングされている。彼らを保護するのには時間がかかった。何しろ、連中の王には自然死してもらわなくてはいけないからね。その遺体を使って、俺が最初から造り上げたのだけれど、エルザルド老に使った試作品は失敗だった……。操るに至らなかったからね』


『…………!』


 ガリッと音がした。ガナハが歯を喰いしばったのだ。


『そこで2本を束ね合わせることにしたんだ。あの針の先端部が、僅かに棺を貫通しているのが判るかい? 刺さらずとも、あれで彼女の意識を操れるのさ。ただし、棺を介することで魂までには影響を与えていない。さっき抜くか壊すか、と言っていたね。残念だが、十字針もかなり頑丈に造っていてね。そう簡単に壊れることはない。逆に、棺の方は物理に滅法弱くてね。下手に君らが衝撃を与えれば……』


 パースが握った右拳をぱっと開いてみせた。


「先に棺桶の方が壊れて魂が(けが)される……、か」


『そういうことだよ、ヴォルレウス。では、そろそろ決めてくれ。いや、もう決まっているかな。俺が事を成すまで、あの絶海の孤島で大人しく待っていてくれ』


 確信めいた態度のパースに対し、ヴォルレウスはハークの作った足場を踏みしめてまた一歩進む。


 そして首を横に振った。


「いいや、俺はあんたと戦うよ」





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