43 後編07:Rising Hope-犠牲-③
「危ないっ!!」
凄まじい爆発。
だが、闇の集合体が口に似せられた部位を自ら閉じたため、被害は全くない。一瞬ぶくりと中身から爆光が見えて膨らんだのみで、周囲の空気を強く振動させたに留まった。すぐに膨らみも収縮していく。
最も頑丈なヴォルレウスがその身を盾にして皆を守ろうと前に出かけたが、事なきを得た。
『……パース、……貴様何を……』
アレクサンドリアの質問はいきなりの破壊と、闇の集合体をどうやって意のままに操ったかの2つであっただろう。
通常の法器は破壊されても先のような大爆発は起こさないが、『聖遺物』は使用された希少物品と魔晶石の量が桁違いだ。これらを圧縮し、限定空間に閉じ込めることで組成を成り立たせている。
この結合が、何らかの力で強制的に断たれると、内包した魔法力が破壊的な勢いで外部に放出されてしまう。その威力は、物によってはヒュージクラスのドラゴンさえ過去に致命傷を負わせかけたほどであり、『聖遺物』の中でも特に危険な2つであるならば、地上でなら超巨大なキノコ型の噴煙が立ち昇るところであったろう。
『後顧の憂いを断つためさ。それにあんなもの、もう必要ないだろう?』
『……もう用無し、といったところかしら? さすがに、驚いたわ……』
『君たちに対しては、敵意は無いと示したかっただけだよ。俺が滅ぼしたいのは人間だけだ。龍族じゃあない。傷つけたくもない』
『……だったら……』
パースの話を遮るタイミングで、ガナハが口を挟む。
決して大きな声ではない。しかし、いつもの溌溂とした彼女には到底似合わぬ暗い声が、他者の意識をどうしようもなく引き付けた。
『だったら何で、爺ちゃんを……! エルザルド爺ちゃんを殺したんだっ!?』
『…………』
パースは一度俯いてから顔を上げた。
『俺だって殺したくなんてなかった……。……あれは俺の失敗のせいだ』
『失敗、じゃと……?』
『ちゃんと、説明するよ』
パースは鸚鵡返ししたアレクサンドリアではなく、ガナハに顔を向けて続ける。
『こいつとヴォルレウスが、前に地下で争っていた時のことだ』
パースは左の親指で、後ろを指差した。
『ヴォルレウスの100年に及ぶ戦いの時か……!?』
『あの時、俺はエルザルド老からの協力の要請を拒否した。他にやることがあると断ったんだ』
『やること? さっき言っていた、『技巧の神』としての活動かしら?』
『いや、そう名乗り始めたのは割と最近の話でね。君も知っている俺の一生を賭けた仕事の方さ』
『……人間種を共同研究者とし、様々に有用な研究結果を生み出したアレ、か。しかし、先の貴様の話を統合するに、共同研究者とは言葉通りの意味ではないな?』
『……はは。アレクサンドリア、本当に君は鋭いね、自分のこと以外は』
『何じゃと?』
『俺を救ったことを完全に忘れていただろう? 他の龍であれば、たとえばガルダイアとかなら100パーセント忘れないよ。生涯に渡る借りじゃあないか』
『……む』
『……それは……そうよね』
『器がデカいというか、大雑把というか。そこが君の尊敬できるところなんだけどね』
『御託は良い。話をさっさと先に進ませぬか』
『本当の気持ちだよ。もし君がちゃんと記憶に留めていて、事前に俺の計画を察知し止めに来るのなら、その時は諦めようって思っていたくらいさ』
『…………』
『ごめん、嫌味になっちゃったね。君を貶めるつもりはないんだ。ただ、俺の正直な気持ちを知っておいて欲しくてね。さて、本当に話を続けよう。確かに君の言う通り、ほとんどは俺の知識や技術、ましてや経験には敵いっこない。良くて弟子、といった感じかな。けどね、完全に彼らが役に立たずの俺から吸収するだけの存在かと言うと、語弊があってね。彼らは時々、俺たちでも到底考えつかないような手法やアイデアを生むことがあるのさ。ホラ、ヴァージニア、ヴォルレウス、君らも知ってるだろう? 彼ら人間種は、破壊と殺戮に於いては時に凄まじい才能を発揮する場合があるって』
『…………』
「……破壊と殺戮だけ……ってェのは、ちょいと承服しかねるが……。まァ、人間は弱えからな。色々考えなきゃいけねえんだ。龍族みたいに火も吐けなきゃ、空も飛べねえ。ボーっとしてたらこの世界、喰われるだけなんでな」
『……へぇ、なるほどね。そういう考え方もあるのか。面白いな。生まれ持った能力が低いからこそ、ということか。ヴォルレウス、君の言う通りかも知れないね。そういうワケで、俺の眼から視れば優秀とは言えなくとも、彼らは彼らで一定の成果を上げることもあったのさ。とはいえ、俺の研究に彼らも一生ずっと、ってワケじゃあない。研究に興味を失った者には俺の研究所を去ってもらう。もちろん、詳細な場所は記憶できないように、念入りに準備してね。ただ、この抜けた連中が、その後に各地で問題を起こすことが多くてね』
『問題どころじゃあないわね……。あなたの研究レベルについていけるなんて、絶対に普通じゃあないわ!』
「野に放たれるだけでも、充分に危険人物だな……。どっかの国のお抱えになった日には……」
『周辺のパワーバランスがグッチャグッチャになるわ!?』
我が意を得たとばかりにパースは肯く。
『ま、そういうことなんだよね』
『そういうことなんだよね、って……』
「負の遺産どころか……、混沌の元を育成しているようなモンじゃあねえか!」
『上手いこと言うね。とはいえ、俺には関係ないことだし、何より俺は本質的には人間種を憎んでる。大体からして、見方を変えれば俺はただ、優秀な人間を輩出しているだけなんだよ? そういうことになってしまうのは、人間種が本来持つ業のせいと言えるんじゃあないかな? でも、ヴァージニアに報せたら、もうやるなって俺を止めるんだろう?』
『当然じゃない!』
『そう。だから、俺は仲間内でも言えなかったんだ。人間のために、俺の生きる限り行う仕事を止められるなんて冗談じゃあなくてね。一応、巧妙に隠してきたつもりだったんだ。けれど、それがエルザルド老にはバレてしまってね。俺のところに、直接おいで下さったんだよ。あれは、闇の集合体とヴォルレウス、君が戦闘を始めてから90年が経過した頃だった』
『言われてみれば……、パースも最後の方には協力してくれたと記憶しておるぞ』
『ええ。他ならぬ、エルザルド老から聞いたわ。しかも快く、ってね』
『……そっか。俺に気を遣ってくれたんだろうね……。実際には快くどころか、もの凄く抵抗したんだ。あまりに頑なな俺の姿に、エルザルド老も思い出してしまったらしくてね。俺の失敗さ。言い合いになって、感情的になってしまったんだよ』
実際のところ、エルザルドはその時のパースとの会話内で思い出したわけでなかった。
ヴォルレウスの戦いに協力するドラゴン達は、それぞれがそれぞれに音頭を取るエルザルドと定期的な報告と協議も行っていたのだが、アレクサンドリアと話していた際にこれだけの龍族が協力しているのにもかかわらず成果が上がり切っていないのは少しおかしい、という話題になり、その後に続きアレクサンドリアが発した、『もし自分たちを邪魔する意図を持つ者がいるとすれば、それは自分たちの手の内を知り尽くしているような者なのではないか』という言葉を聞き、改めてエルザルドが自身の記憶と記録を掘り起こした末に気がついた過去の事実であって、パースとの押し問答の所為ではなかった。
『……だから殺したっていうの……? そのままだと、自分の動きを勘づかれてしまうから……』
再び、地獄の底から響くようなガナハの声であった。
『そうだよ。俺が、俺の夢のために殺したんだ。身勝手な理由、かも知れないね。けど、必要な事だった。彼を殺さないということは、俺の生涯を賭けた夢が断たれる、自分から諦めることにつながるからだ。でも、君の気持ちも解るよ。事が成就し終わったら、君が俺を殺してくれていい。俺の仕事は、すぐに済むよ。後ろのコイツを使えば簡単さ』
異常な巨大さに達していた闇の集合体は、もはや国の1つや2つを簡単に覆えるまでに成長していた。本当に上から被さって、覆ってしまえば全てを皆殺しにできるだろう。これを数度繰り返せば、大陸の人間を一夜にして殺し尽くすことなど造作もない。
ずいっ、とヴォルレウスがまたも前へ出た。今度は誰の静止でも止まりそうにない。
「やらせねえよ。人間も滅ぼさせねえし、あんたも死ぬ必要なんかない」
パースはヴォルレウスの方へと視線を向けた。ただ、今回は明確な敵意の眼差しではなかった。
『ヴォルレウス。君はもう弱くてずる賢いだけの人間種じゃあない。俺たちの同種なんだ。その証拠に、何でも自分一人でできるだろう? 誰の手を借りる必要も、奪う必要も無い筈だ。まだ、真なるドラゴンの形態にはなれなくとも、じきにできるようになる。そうなれば晴れて俺たちの仲間だ』
「……悪ィな。どんな姿になっても、俺の魂はやっぱり人間のままなんだ。それに、仲間だっていうのなら尚更、大量殺戮なんて馬鹿な真似は止めなきゃあいけねえだろ」
『良くぞ言ったぞ、ヴォルレウス! 妾も当然、助力させてもらう!』
『皆でパースの愚行を止めましょう!』
『パース! キミを殺す云々はとりあえず後回しだ。ボクもキミを止めるよ!』
各々戦闘態勢を取る面々に、パースは溜息を吐きそうな表情をしてから、改めてヴォルレウスを見る。覚悟を決めた視線であった。そして先程と同じように後ろを指差した。
『この力に敵うと思っているのかい? ……なんて3流の台詞は吐かないよ。君は一度、コレに完全勝利しているんだからね。あの時より確実に巨大になり、それに見合った力もある筈だが、まだ俺も死ぬ訳にはいかないし、賭け事を行う趣味も無い。だから……、確実な手段を用意したよ』
パースが背後の超巨大な漆黒の物体に向かって手をかざした。
すると、闇の集合体の前方が数キロメートルに渡って、すいっと縦線が入り、その割れ目から左右に開いた。
中身を見せた訳だが、同じヘドロ状で色も変わらない。それがグニャグニャと蠢いていた。
何かを中から押し出そうとしているようであった。
ハークは思わず眼を逸らす。瞑目しないだけマシであった。
「なっ!? クロ!?」
闇の集合体の内部より現れたのは、まるで棺を想起させるガラス状の入れ物に入ったヴォルレウスの愛娘だった。




