42 後編06:Rising Hope-犠牲-②
その昔、まだ古王国全盛の時代の更に前、今現在は最古龍の一柱ガルダイア=ワジがその天賦の才を最大限に発揮して作成したのが、今は『聖遺物』と呼ばれる特殊な法器群である。
当時、ヒト族は魔族の脅威に対抗するため、種族として一塊と成らざるを得なかった。
ゆえに古王国の国家としての規模と人口は、共に今の比ではないほどであった。
危機あれば、尚更に権力は中央へと集中する。厳格な命令系統、つまりは優先順位を決めなければ共倒れだからだ。
気候が厳しければ厳しいほどより中央集権的な国家が生まれやすいのは、これが大きな要因の一つであるという。
そもそもが個々で生きられぬから団結する必然性があり、団結すれば統率する者が必須となる。その統率者が淘汰されるか、あるいは更なる上に別の統率者を頂くことで団結した集団はより強大となり、権力が発生していく。
そしてその統率を、危機感が何よりも強固とするのである。
極北の半島内へと強制的に留まるよう封印に成されていない頃の魔族の脅威は、今とは比較にならないほど大きいものだった。
皮肉にも、上記が誕生したばかりの古王国の統治を盤石とし、中央に集まる物品の質も量も、歴史的に類を見ないほどにした。
ガルダイア=ワジは、これら当時最高峰の材料をほぼ無尽蔵に使用することで、今のハークでさえ簡単に再現しきれない程の逸品を数多く造り上げていた。
特にその内の幾品かは、地上最強の生物種である龍族にとっても警戒せざるを得ない性能をも秘めることとなる。
よって古王国の滅亡後、ようやくその『仲間内の愚行の結果』による危険性を認知した龍族たちの手でこれら『聖遺物』は徐々に回収されていく運びとなる。
が、幾つかの危険物は捜索の網を逃れ、未だ野に、影に潜んでいるものと考えられていたのだが……。
『貴様が所持しておったのか!? 我ら同胞の眼からすらも隠して!? ようもやってくれたのう!』
アレクサンドリアの怒りも当然だった。『チート検索機』と『チート作製器』は龍族としてもその危険性から回収、破壊を最も重要視された双璧なのである。
理由としては、これら2つを放置すれば龍族の最高峰である彼女たちすら葬れる戦力どころか、世界の在り方すらひっくり返しかねない能力が発生する可能性があるからだった。
実際、生き物の力の範疇から飛び出る前の、ハーク達一行が発見し、最後に生き残った仲間たちが最終的に討つこととなった『ユニークスキル』の持ち主は、正にそのような最悪の領域に到達しかけていたと言っても過言ではない。
本人の、所謂ズル抜きの資質と心根がもう少し高かったなら、間違いなく世界は滅亡の方向へと大きく舵を取る結果となっていただろう。
パースの行動はアレクサンドリアたちから見れば、正に龍族全体にとっても最悪の裏切り行為と言える。
『勘違いしないでくれ』
猛るアレクサンドリアからの視線を躱すように、パースは首を振る。落ち着いてくれと言わんばかりだが、相手には逆効果極まりないものだった。
『何をだ!?』
ガナハは特に暴発寸前である。実際、よく我慢しているとアレクサンドリアとヴァージニアは心の中で評価していた。
ただし、歯は剥き出し、眼も血走りかけ。限界近くなのは誰の眼にも明らかだった。
『俺が手に入れたのはつい最近の話さ』
『では……、経緯は全て話せるんでしょうね?』
ヤケに冷徹なヴァージニアの声音が響いた。暴発寸前のガナハの代わりに自分はできる限り落ち着いておこうという意図を感じる。
そして、パースの発する言葉一言一句の嘘も韜晦もゴマカシも許さないという意思も。
『お望みとあらば』
対して、パースはそんなヴァージニアの意図も意思もスカすかのように飄々と続けた。
『前の持ち主は、皆知っているよね?』
『100年ほど前にはエイル=ドラード教団が所持し、保管していたところまでは我らも掴んでおった。しかし、その後の行方がどこに消えたのか、誰に渡ったのかが杳として知れぬ。……貴様が奪っていたのか』
先程からアレクサンドリアのパースに対する言葉が『貴様』へと変わっていた。
『違うよ。献上されたのさ』
『献上じゃと?』
『ああ、そうさ。俺は一部のヒト族の間では、実は『技巧の神』って呼ばれていてね』
『『技巧の神』? そんなもの、聞いたことも無いわよ』
ヴァージニアの言葉は明確な断定だった。龍族の中であれば最も人間種、特にヒト族に詳しいとの自負があるからこそである。
しかし、そんな彼女をパースは否定する。
『ヴァージニア。君は確かに人間種に詳しい。実際に彼らの社会に解け込んで生活していたこともあるのだからね。けれど、それはもう相当に昔の話だろう? それに、君が過去に知己を育んだ多くの者は庶民、社会的立場で言えば下の者ばかりだ』
『それがどうかしたの?』
『俺はね、君とは逆に上の立場の者としか話さないんだ。しかも、生まれつきある程度の地位の保障を受けた者だけとね』
『え……?』
ヴァージニアの声には疑いだけではなく驚きも含まれていた。
パースはつまり、生まれながらの特権階級しか相手にしないという訳である。
『言いたいことは解るよ。彼らは無能で無価値、自分で何かを造り出すことも無いくせに欲求だけは深く、自分より少しでも下の立場の人間から奪うことしか考えていない。彼らと話す時間は実に無意味で、疲労感と苛立ちが募る。けど、俺にはそれくらいが丁度良くてね』
『…………』
ヴァージニアは無言だ。どうにも言葉を返す当てが無いのであろう。
〈丁度良い? 最低の相手であれば、こちらもそれ相応の対応を行っても気に病まずに済む、ということか……?〉
ハークがそうと考える内に、パースの話が続けられる。
『それにさ、世代を跨いで権力とやらをずっと保持し続けることができるのには、実は稀に明確な理由があったりもするんだよ。解るかい? その者自体に価値は無くとも、その者が所持する持ち物には大いにあったりもするのさ』
『……それが『チート検索機』に『チート作製器』ということか? そんな大切なものを、そう簡単に渡すとはとても思えん。他に変わるものなどあるまいが』
『俺もそう思うよ、アレクサンドリア。けれどね、連中にとっては、制御の効かない化物を押し付けられ、そいつらが勝手に暴走した挙句に西大陸一の国家からの庇護を失う原因となった、いわくつきの過去の遺物でしかなかったのさ。ねぇ、ヴォルレウス。約40年前、モーデル王国で何が起こったか知っているかい?』
「ああ。当時の勇者が謀反を行った。王位簒奪を企てたんだったな。おかげでモーデルは国教を削除、勇者の保護を行っていたエイル=ドラード教団は国外へと退去を命じられた」
ちなみにこの時の謀反に教団が協力、或いは参画した証拠こそ一切出なかったが、勇者を支援していたのは明らかであったので処刑されないだけマシな状況であり、国外追放も妥当と言えた。
『彼らのその後は実に悲惨さ。西側諸国一の大国から見放された影響は凄まじく、次々と他の西側諸国からも国教を外される。求心力は失われ、もはや世界最大の宗派であるというのも過去の話。かつての栄華を取り戻そうと、俺に接触してきてね。もちろん俺も対価は支払ったよ。金銀と、多少の知識を提供させてもらったが、心配する必要は無いよ。俺たち龍族にとっては、特に何の脅威ともならない程度の知識さ』
『パース、……まさかあなたが私よりも深く人間種と関わっていたとは思わなかったわ』
『……君より深く、というのは語弊があるね。俺が関わったのはごく一部、特にヒト族だけさ。君の場合は亜人種とも関わり合いが強いだろう? それに、既得権益が完全に血筋だけの国の連中としか、俺は会わないんだ。一つ、教えてあげるよ。モーデルみたいな上と下が曖昧な国と違って、そういう国はまるで境界線が敷かれたように王侯貴族とそれ以外が別れているのさ。本当に重要な情報の伝達も、ほとんどが行われない。だから君も俺のことを全く知らなかったのさ。龍族の捜索も、これが俺の手に渡るまで届かなかったのはそういうことさ』
『何ですって……』
ヴァージニアがショックを受けて絶句している。これはマトモであればマトモであるほど理解できない事柄であろう。だが、事実だ。
旧世紀、西欧では所謂上流階級と庶民の交流が本当に皆無状態だった国もある。その証拠に、民主化後に双方の遺伝子を調べたところ、同じ民族、同じ土地に住む同士とは思えぬほど隔絶した違いがあった。
そもそもが明らかに外見的な違いが見られることからこうした調査が行われたようだが、結局は国の恥部として公然の秘密と化したという。
ここまで両者の間に交渉が無いと、どちらかで何かが起ころうとも完全に対岸の火事である。
自分たちに直接影響も無いのなら興味も起きまい。
『ま、とにかく、もう煩わされる必要も無くなるよ。こうするからね』
パースは言うが早いか右手の平のそれらを、ひょいと自らの後ろに放り投げた。
背後にいた闇の集合体は、アレクサンドリアたちに『あっ』という言葉を出す暇も与えることなく、全面がパカリと割れて全長数キロに渡る顎を形成する。先の『弾丸の悪魔』のように硬質、鋭角化したそれで不要なゴミのように投げ込まれた『聖遺物』を、瞬時に噛み砕いた。




