41 後編05:Rising Hope-犠牲-
『君だけは、俺の敵に回ると予期していたよ』
「あんたは無意味な虐殺をしようとしている。力づくでも止めさせてもらう」
強い視線と視線がぶつかり合う。敵意もだった。
『両者とも、待て待て! 話はまだ終わっておらん! 特にパース、お主じゃ! 妾らが古王国を滅ぼした後、何があったか忘れたとは言わせぬぞ!』
他そっちのけで、パースとヴォルレウスの間だけで盛り上がりかけていた気勢を、アレクサンドリアが制した。
自身の種族における現最年長者からの言葉に無視を決め込むわけにもいかぬとばかりに、パースの方からしぶしぶといった形で視線を外し、顔をアレクサンドリアたちの方へと向ける。
『当然、憶えているよ。エルフ以外の、事情を知らぬ人間種全体との凡そ100年に及ぶ抗争に発展したね』
『そうよ! 私も直接は知っている訳じゃあないけど、当時のエルザルド老やキール爺、アレクサンドリアらと並んでいた、最高峰の2柱も落とされてしまったのでしょう!?』
5千年もの昔の話だ。まだガナハも龍族最高峰の一角、つまりヒュージクラスまでには到達していなかった。
『妾も若かった』
突然の地雷ワードに場が固まる。誰も、パースですら否定も肯定もできぬままに、アレクサンドリア自身が再び言葉を紡いだ。
『今から考えれば、あれは完全なる失策であったわ……。妾たちは明らかにやり過ぎたのだ。如何に大義を得ようとも、殴られれば誰しもが殴り返すもの。事態の原因を知らぬのであれば、尚のことじゃ』
『……過度に恐れられて、アレクサンドリアは特に色んな渾名が増えたね』
発言したのはガナハである。ようやく多少は落ち着きを取り戻してきていたようであった。
アレクサンドリアの別名といえば『紅蓮龍』だが、それ以外にも実に物騒なものも幾つか揃っている。
具体的に出せば、『地獄龍』『暴龍』『邪悪龍』などだ。これらはガナハの言う通りに古王国滅亡後すぐにヒト族から名づけられている。どれだけの恐怖を彼らに与えたのかが解るというものだ。
そんなアレクサンドリアは首をぐるんと回し、わざわざガナハと一度眼を合わせていた。
ガナハの状態、心情を確認したのである。
結果は、腹に大きな爆弾を抱えつつも何とか今は自力で抑えておける、といった感じか。ただし、火種が投げ込まれれば、それがどんなに小さなものでも、今度こそ大爆発は免れ得ないと予期したのは、ハークと同じであった。
『そうだな。妾以外も多くのドラゴンが異名を得、そして討伐されていった。我らは侮り過ぎていたのだ、人間種、特にヒト族を。自分たちの街がいつ諸共に焼かれるかも知れない状況となれば、死を賭してでも我らを探し、そして戦う者は決して少なくはなかった。我らドラゴンはほとんどが単独行動じゃ。当時は『仮想領域作成』を使用できる者もまだ数少なかった。情報も行き渡らず、次々と現れる物量に押し負けて敗れた者も多い。しかし、何と言っても勇者じゃ』
『今はユニークスキル所持者と呼ばれている者たちだね』
ヴァージニアが捕捉を行う。
『うむ。龍族の中で強者であっても倒される者がいたというのは、そういった異能者の存在があったからと説明できる。妾のところに来なかったのは単純に運が良かったか、別のドラゴンとの戦いで相打ちとなった可能性もあることだろう。ともかく、あの時の長期間に及ぶ抗争さえ無ければ、妾やそなたたちと同クラスの最古龍の数は今の倍となっていたかも知れないほどだ』
『酷い現実だよね』
下された評価に間違いは無かったと言える。発したのがパースでなかったのならば。
『……何をあっけらかんと……。パース、あなたはその酷い現実とやらを繰り返そうとしているのよ?』
ヴァージニアの言葉は疑問を呈する形でありながら断定であった。
『心配には及ばないよ、俺に任せてもらえばね。準備は万端さ』
『お主の後ろにおる巨大なヘドロにやらせる気か? 今の内に言うておく。どれほどの大火力であろうとも完全なる殲滅など夢のまた夢じゃ。古王国を滅ぼした際、攻め入った我らは決して殲滅など狙っていた訳ではなかったが、完膚なきまでにヒト族の築き上げた街並みは破壊し尽くした。それでも生き残りは発生するものよ』
『そうよ! 人間種は私たちが考える以上にしぶといのよ!』
ヴァージニアの擁護はフォローとして適切であったか別として、一つの真理ではあった。
〈人間は意外なほどにしぶとい。尤もそれは、死にゆくべき時に死ねぬ哀しみでもあるのだがな〉
ハークがそんな役宅も無いことを考えている内に、パースが魔法発動の兆候を見せた。攻撃用のものではない。
『む?』
『ん?』
龍族3人娘は身構えかけたが、発動された魔法に直接的な危険性が無いと見抜くや一応は戦闘態勢を解いていた。
発動が完了した魔法は魔法袋を龍言語魔法で再現させたものであった。確かに直接的な攻撃力は無い。
『俺は言ったでしょ。準備は万端さ、って』
パースの右手の平の上に展開された圧縮空間の出入口より、全長30メートル超のドラゴンと対比すると豆粒なサイズの物体が、コロリと2つ出現していた。
『ぬう? 何じゃ、それは?』
パース以外の全員が眼を凝らす。ヒュージクラスのドラゴンからして豆粒ということは、人間が普通に扱うサイズということである。
一つはやたらと豪勢で細かい装飾の施されたつるはしだった。
つるはしは土を掘り、耕す利器である。なので、雑に扱う扱わぬという意味でもなく、土に塗れて汚れている方が使っているということの証明でもある。
加えて、儀礼的な催事に取り上げられる物品でもないため、過度に美しく飾り立てられたそれは、見慣れたハークにとって寧ろ異様に映った。
そしてもう一つは腐りかけ、崩れかけた赤い果実、に似せて作られた何かだ。色づいた鉱石を削り、模した物体のように見える。その姿はまるで、熟し過ぎて自らの重みにも耐えられずに自壊しつつあるトマトそのもののようであった。
実際に、鉱石の自然な色合いを利用して本物の白菜そっくりに仕上げられた彫刻『翠玉白菜』や、同じく豚の角煮の醤油が染み込んで照りが出た様子までをも表現した『肉形石』なる美術品が存在していたが、これらに匹敵する出来とも思えるくらいである。
無論、ヒュージクラスのドラゴンがただの美術品などを出す訳がない。所持している可能性もあるのだろうが、今持ち出すには状況的にそぐわない場面であった。
一目見ただけで強力な魔力が籠められていると今のハークには解る。
が、それ以前に龍族にとって意味のある外見であった。
『むうっ!?』
『まさかっ、それは!?』
『お前っ!?』
ガナハが再度激高しかけるも、自力で耐えた。
しかし、今度ばかりはガナハが突撃していたとしても、ヴァージニアとアレクサンドリアも止めなかったかも知れない。彼女たちも激高寸前となっていたからだ。
一方でハークとエルザルド、更にヴォルレウスの予測は当たっていた。
『『チート検索機』に、『チート作製器』か!?』
腐りかけのトマトに似せた法器が『チート検索機』であり、つるはし型のものが『チート作製器』であった。
双方揃って、かつて勇者と呼ばれたユニークスキル所持者を、この世界に生み出すための特別な道具である。
そして、龍族が種族全体の目的として、存在の行方をずっと捜していたアイテムだった。




