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40 後編04:WISH upon a Star-譲ることのできないたったひとつだけの夢-②




 爆炎が前方のパースの身体を瞬時に包み込んだ。


『うっ!? ガナハ!?』


 同時に周囲とハーク達の視界を真っ赤に染め上げた。

 明らかに全力である。同クラスのドラゴンの眼すら眩ませてしまうほどだった。

 尤も、一瞬で治る。おまけにハークや虎丸には効かないし、ヴォルレウスも同様だった。


『直撃であったな』


『うむ。というか、避ける気も無かったようだぞ』


 エルザルドから声が入る。同じ肉体を共有している彼とハークの会話は、意識しなければ外部には漏れない。


 ガナハは追撃するつもりだった。が、回避も防御も行わぬ、一種異様なパースに次の行動への移行を躊躇う。


『う!?』


『む!?』


 煙が霧散し、中から姿を現したパースを見たガナハとアレクサンドリアが同時に声を上げた。


『なっ!?』


 今度はガナハの声であった。


『……なんで何にもせずに受けたんだよ!?』


 パースは前面のほとんどに火傷を負っていた。

 ガナハが彼の左斜めに陣取っていたせいか、特に左側が酷い。所々から未だに煙が上がっており、末端のいくつかは焼け焦げかけていた。

 更に左眼は白濁してしまっている。失明は明白であった。熱に負けて煮え潰れてしまったのだ。

 温度の急激な変化や衝撃に対する高耐性を誇る龍麟、そして龍皮であろうとも同格の存在からの本気の攻撃であれば防ぎ切れる訳ではない、という証明とも言える状況であった。そして、ハークの眼からであってもうっすらとしか見えぬパースの身体を覆う膜が、熱や火焔に対しては全く効果が無いことを示している。


『答えろよ! どうしてだ!?』


 かつて仲の良かった同胞からの再度の詰問に、パースは残った右眼だけを向けた。


『君の気持ちが解るからだよ』


『解る!? ボクの気持ちが!? 何が解るっていうんだ!?』


『……悲しさだよ。エルザルド老を失って、俺も悲しいからさ』


『殺した本人がっ、言うことか!?』


 本心を吐露した、素直なものであったのかも知れない。が、既に爆発寸前のガナハにとっては、更なる激高を呼ぶ原因でしか成り得なかった。


『待て、ガナハ!』 


 今度は身体ごと突撃を敢行しようとするガナハの尾をアレクサンドリアが掴み、引き止めようとした。

 しかし、ガナハの推力は龍族一である。

 つまりは、ハークとヴォルレウスと虎丸を除けば世界一だ。体格が倍近く離れていても止めきれるものではない。


『くっ!』


『ヴォルレウス! ガナハを止めて!』


『わかってる!』


 瞬時にヴォルレウスがガナハの前に飛び出し、その胴体部を受け止めた。彼女の動きがそれで止まる。

 一般的な他のヒュージクラスのドラゴンと比べれば、ガナハの身体は小さく半分くらいしかない。それでも全高は15メートルに達するほどだ。ヴォルレウスもハーク達から視れば大き過ぎる体格を持つものの人間種を逸脱するほどではなく、彼女の胴を覆えるほどでは決してないため、動きを封じたのはかなり異様な光景である。


 また、ハークもガナハの推力の源である噴射を拡散して、アレクサンドリアとヴォルレウスに助力していた。


『……全然進まないなんて……! 皆、放してよ!!』


『待てというに! 落ち着けガナハ!』


『そうだよ、ガナハ。俺だって事を成す前に死ぬ訳にはいかない。これ以上は黙って受けるなんてことはできないよ』


『上等じゃあないか! かかってきなよ!!』


 ガナハの背面放出の出力が高まる。が、ハークが散らしているので効果はほとんど上がっていない。


『ガナハ! パースも余計なこと言わないで! そんな事の前に言うべきことがあるでしょ!?』


『言うべきこと?』


 ガナハに注視していたヴァージニアは、長い首を回しパースへと顔を向け直す。


『ここまで喋る余裕があるんだから、事情くらいは話す気あるんでしょう、パース!?』


 この問いかけにパースは神妙に肯いた。いちいち素直な動きである。真摯にも感じられてしまうほどだった。


『まぁね。こちらとしては、話を聞いた後で君らが手を引いてくれるのが望ましいけど』


『難しい相談であろうな、それは』


『聞く前から君がそういうことを言うのかい、アレクサンドリア?』


『何?』


 含みを持たせた台詞にガナハやヴァージニア、ヴォルレウスらの視線が集まる。だが、アレクサンドリアは今の時点で心当たりなどないと首を横に振った。


『まずは俺の目的というか……、目標から話そうかな。簡単に言うと俺が目指す世界は、『人間種のいない世界』さ。つまりは奴らの殲滅、駆除だね』


 パースのこの言葉が余程意外であったのか、ハークと虎丸以外が顔を見合わせた。


『何じゃと? また解らぬ話になってきたぞ』


『ええ……。パース、あなた人間種を共同研究者としていたのではなかった?』


 パースは歯を剥く。威嚇のためではなく、不快感の所為であった。


『ただ利用しているだけだよ。俺に選ばれたという事実だけで、いつの間にやら彼らは自分たちを特別だと思い込み、他を見下し、貶める。優越感と選民思想に浸って、他者の痛みに鈍感となり、傷つけることにも躊躇しなくなる。果ては同種であっても平気で争い、殺し合う』


『それは! 人間種の負の側面よ! 立派な、優しい人間もたくさんいるわ!』


『そうだね。君みたいな人間も確かに何人かはいたよ。でも、そんなことは全く関係無いんだ。ほとんどの人間は自分の保身と利益の為ならば、幾らでも幾らでも残酷になれるんだよ。その証拠に、ほら、東大陸は互いに奪い合い、争い合った結果、もはや砂漠の一歩手前にまで変えてしまったじゃあないか。彼らの欲は自分たちの生きる土壌すら自分たちで食い荒らすほどなんだ。これはもう、存在を続けて良い種族ではないよ』


 眼下を丁度、話に挙げられた大陸が横切りつつある。ある一点を境に大地の色が変わっていた。パースの発言を裏付ける明確な光景であった。


『まるで見てきたかのようなことを言うのう、パース』


『うん。俺は実際に見てきたどころか、……体験したんだよ。だから知ってる』


『えっ!?』


『何じゃと?』


『やっぱり忘れているんだね、アレクサンドリア。君が助け出してくれたっていうのに』


『妾がじゃと?』


 再び視線がアレクサンドリアへ集まる。

 彼女も懸命に何かしらを思い起こそうとするが、時間にして1万年に迫る膨大な知識と記憶を僅かなキーワードで探るのには時間がかかる。


『アニータ=サーティシアンだよ。憶えてないかい?』


 見かねたのか、更なるヒントが提供された。


『人間種の名などいちいち憶えてなど…………。いや……、記憶にあるぞ……!』


『えっ!? 私では検索にも引っかからないわよ!?』


『まだ現行の『仮想領域作成クリエイション・イマジネーション・エリア』が完成しておらぬ頃の話じゃ。ヴァージニア、お主も生まれておらん』


『何千年前の話よ!?』


『5千年以上前の話だ。人間たちの古王国が存在していた時代、我ら龍族と今の人類に袂を分かつ、最初の原因を作った愚か者の名じゃ。妾自らその身体を引き裂いてやった……』


『えっ!?』


『そ奴は当時の古王国で資源統括部門を仕切っておった女じゃ。平たく言えば魔石や魔晶石を集める者たち、今でいう冒険者たちをまとめていた者の長だ。詳しい経緯は知らぬし、正直もう興味も無いが……、この女はある時、自身の功績と効率を上げるために画期的な方法を考えついた。配下の者たちに命じ、年若い未熟なドラゴンを複数捕獲し、その鱗や爪などを素材として採取、武具を半永久的に、そして効率的に生産しようとしたのだ』


 虎丸がぐるんとハークに振り向いた。

 今のハークが実体験を伴ってこの世界で活動を始めた初期の頃、約一年前、まだ冒険者ギルド寄宿学校にすら入寮する前に、彼女が自分で話したことを思い出したのだろう。

 ジャイアントシェルクラブの甲羅が魔物の中でもかなり強力であるとの話から、飼い馴らそうと試みた人間たちがおり、この流れから同様の施策をドラゴンに対しても行った愚者までかつて存在したということであった。


 生きたままのドラゴンから鱗を剥ぎ取る行為は、人間にたとえるなら生爪を剥がすに等しいらしく、その時のハークも拷問と評する他なかった。


『話に聞いたことはあったわ。正真正銘のクソ野郎ね……』


『高度に隠蔽されておって、発見がかなり遅れてしまったわ。その分、妾も含めて同胞の怒りは凄まじく、関係者は全て殺害した後、結果的に国ごと滅ぼした。……パース、あの時お主、捕まっておった者たちの中にいたのか……?』


 パースは、今回は肯きもせず、じっとアレクサンドリアと目線を合わせた。


『そうだよ。だから俺は知ってる。どれだけ人間種というものが残酷かということをね。彼らがその邪悪な心で造り上げたこのヘドロの塊で、殲滅をするんだ。一人残らずね。それが俺の夢さ』


「その夢、叶えさせる訳にはいかねえな」


 ヴォルレウスがすいっと一歩前に出て言い放った。




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