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39 後編03:WISH upon a Star-譲ることのできないたったひとつだけの夢-




 闇の集合体の内部よりドラゴンが顔を覗かせる光景は、先のガルダイアをどうしても想起させる。しかし逆に、既に幾つもの相違点も見受けられた。


 両者の違いはまず顔にあった。ガルダイアは脳までとっくに浸食されていて、笑みとも取れる狂気的な表情を浮かんでいた。眼は血走ってそれぞれに明後日の方角を向いていたが、黒い鱗に身を包む今回の龍にはそれがない。

 また、内部より突き出た頭部および首周辺は、ガルダイアの場合べっとりと有機体混合物であるヘドロ状の物体が覆い、へばりついていた。対して今回の方は綺麗なものだ。よくよくと眼を凝らせば、薄い膜のようなものが黒き龍の肉体周辺を包んでいる。粘性の高いヘドロも直接的には接触していない。


 どうやら、彼はあれで闇の集合体から自身への浸食を防いでいるようだった。眼の様子も全く異なっている。明らかに正気を保っているのが解った。


 ハークがそうやって観察している内に、黒き龍は彼を自身を押し留めようとする力に逆らうようにして、集合体の内部より自らの身体を引き抜き始める。

 苦労して腕が、翼が、上半身が、次いで足、尻尾と全容が現れた。

 その姿はエルザルドの記憶にあったものと寸分変わらない。

 紛れもないパース=キャンベラであった。


 強い落胆の感情が、記憶の送信元より伝わってくる。ハークとエルザルドも、決して予測していなかった訳ではない。むしろ両者共通の認識として、ほぼほぼ確定でもあった。

 しかし、予測通りであったとしても、心に何も感じぬ訳でないのは最強の種族である龍族とて全く変わらぬことだ。例えるならば、贔屓にしている競技選手の次の試合が実力的にどう考えても敵うような相手ではなく、一応は勝利を信じて全力で後押しと応援はするものの結果は実に順当であった時の感情に似ているであろうか。


 直接は互いに邂逅したこともないので特に思い入れの無いヴォルレウスは兎も角として、エルザルドと同等の感情を抱く者もいた。ヴァージニアである。

 アレクサンドリアはリーダーとしての立場にいるためか、とっくにそんな逡巡めいたものは超過していた。

 逆に、ガナハはハッキリと他者からも分かるほどに愕然としていた。


 そんな彼女たちの様子を、パースはそれぞれに一瞥すると、こちら側へと『通信(コール)』を繋いでくる。


『まさか、君たちまでがこんなところにいるなんてね……』


 実に残念そうな、不服めいた声音で聞こえた。『念話』系のスキルは会話の中で本心を偽るのが非常に困難だが、パースなるヒュージクラスドラゴンとて同様のようだ。


 驚くべきまさかの事態、であるというのならハークも実に同感である。アレクサンドリア、ヴァージニア、ガナハの3体は、本来は到達不能である筈の高度に今存在していた。これに関してはハークも事前に予想し得ぬことであったからだ。

 全能に限りなく近い能力と他者から勘違いされやすい『可能性感知ポテンシャル・センシング』であろうとも、とある前提条件の上でならばハークが予想すらしていない事態を解析することはない。ハークにとっては己の想像力の足りなさをしみじみ痛感させられつつも、こんな異様な出来事が不意に起こり得るからこそ、この世は面白いのだ。


 逆に、パースとしては決して面白いでは済まなかった。


『こんな結果になるとは思わなかったよ』


『なん……で……』


 世の不条理を嘆くパースの声に続いて、聞こえたのはガナハのものである。

 ただし、パースの直前の台詞に対してではないとハークは感じた。今眼前に姿を現したのがなんでパースなのか、という意味であると。


 ガナハとてヒュージクラスのドラゴン。頭脳は明晰である。予測はしていた。

 だが、理性と感情は別で、特にガナハは感情派のドラゴンだった。

 実はガナハとパースは仲が良い方であったのである。趣向は全くの別だが穏やかな気質同士で、更にとある一点に於いて共通の思考も持ってもいた。


『フン……。この世は事が思い通りに進むなど、中々にあり得ぬわ。たとえ龍族であってもな。それでどうする? 今更ながらに戦いたくないと、降参でもするのか?』


 既に戦闘モードに入っているせいかアレクサンドリアからの好戦的な挑発めいた言葉に、パースは瞑目しつつ首を左右に振った。


『……まさか……ね。俺にも譲れない本懐があるんだ』


『本懐じゃと……? そんなもので命を投げ捨てようというのか? どちらも引かぬ主張であるならば、最終的には力でぶつかり合うしかなくなる。そして弱い方が淘汰される訳じゃぞ』


『その言葉、そっくりお返しするよ』


 再び両眼を開いたパースの視線の方向が僅かながらに変わった。

 と同時に、ハークの感覚が小さな殺気の起点を捉える。ただ、本当に微かな殺気で、しかもその行く先が自分たちにではなく、若干に外れていた。それで対象がどこ、いや、どれ(・・)だか判る。


 ハークは瞬時に、その方角へと総量からしたら少ないながらも放ち続けていた魔力を止めた。


『はっ!?』


 突然の浮遊感に、反射的に声が漏れ聞こえたようだ。届いてきたのはガルダイアのものである。


『うぉおおおお~!? おっ、憶えておれよォ~~~~!』


 捨て台詞を残して地球に落下していく。ハークも一応、気持ちは解らんでもない。ガルダイアを下から支えていた足場を維持する魔力への供給を断ったのである。当然に、その上に立っていた者は、下へと真っ逆さまという訳だ。


『ハーク?』


 ヴァージニアがハークにちらりと視線を向けて、パースには届かぬように秘匿させた回線を構築しつつも不思議そうな声を出した。わざわざ手間をかけてまで疑問の声を届けてきたその心は、まだガルダイアの尋問中であったのにどうして逃がしたのか、というところだ。

 が、ハークが事情を説明するよりも先にアレクサンドリアがその秘匿回線に割り込む形で取りなしてくれた。


『ふうむ。お優しいな、ハーク殿』


『あ、そういうこと?』


 ヴァージニアもアレクサンドリアの一言だけで気づいたようである。パースが既に自身から心が離れてきていたガルダイアを攻撃し、始末しようとしていたのだ。ハークが考えるに彼を使って、正確に言えば彼の肉体を使って、アレクサンドリアたちに現力量の差というものを解り易く(・・・・)伝えようとしていたのだろう。


 とはいえ、ハークの心境としては、己の都合で拘束している者が勝手に殺されたりしたら目覚めが悪いだけである。


『優しいというのはどうでしょうなァ』


 たった今、ガルダイアは落下速度による摩擦熱、ならぬ膨大な圧縮熱と命を懸けて絶賛奮闘中の筈である。ヒュージクラスのドラゴンであろうとも、ガルダイアは飛行能力が他に比べて得手とは言えない。寧ろ他クラスのドラゴンたちと比べれば圧倒的な最下位となりかねないくらいだ。五分五分、とまで鬼気迫るほどではないだろうが、全力を出して尚、死が垣間見える一歩手前程度には困難であろう。


『……なるほど。まぁ、あやつも少しは苦労しませんとな。フ、良い薬となれば良いが』


『そうね。フフッ』


 些か溜飲が下がった反応を見せるアレクサンドリアとヴァージニアとは対照的に、パースは行動を先読みされた形となったせいか精神の僅かな揺れを覗かせた。


『今のは誰の仕業だい? ……いや、決まっているか。君だよね』


 そう言ってヴォルレウスの方を見る、というより睨む。


「…………」


 ヴォルレウスはだんまりを決め込んだ。当然にハークもである。明らかな敵対的意思を見せる相手に、勘違いを教える義理も意味も無い。それに、元々から彼の狙いは一つだった。


『……良く解らないわ。あなたとヴォルレウスの間に、何かしらの因縁なんか無かった筈よね……。さっき言ってた本懐と関係があるの?』


 横からのヴァージニアの質問に視線を傾けて答える様は、ハーク達と違い律儀とすら言えた。


『うん。大いに関係はあるよ。俺の本懐、……夢と言っても良いものに、ね』


『……夢……だって……?』


 ここで、今まで無言であったガナハからの声が聴こえてきた。が、まるでうわ言のようにか細いものだった。


『その夢の為に、貴様は同胞さえも手にかける覚悟を決めたという訳か? ……いや、既に手にかけた(・・・・・・・)という訳か?』


 核心を突くであろうアレクサンドリアからの問いに、パースは何故か馬鹿正直に、そして悲しげに肯いた。


『……そうだね』


 直後であった。


『おぉおまえぇええええええ!!!!』


 ガナハの口から、凄まじい爆炎がパースへと吐き出された。





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