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38 後編02:UNDER THE SUN-天上の龍と天下の闇-②




 信じられぬ気持ちもあった。

 これまでの経験からだ。

 シアとヴィラデルの2人にとってハークは幾度もの常識と無理を押し通し、一々数えるのも馬鹿らしいくらいの無茶と不可能を軒並み踏み倒してきた存在であった。特にヴィラデルにとっては、100年を超えて培った己の常識、先入観を打ち破られ粉砕されている。簡単に自身の尺度でもって語っていい人物ではない。


 更に言えば、彼を主と慕う従魔2体もかなり無茶苦茶な存在だった。そういう意味では非常によく似た主従同士である。

 そんな彼らが互いに連携し、完全に力を寄り合わせて戦うことが可能なのだ。心配する方が馬鹿らしいほど、と認識してもいいくらいだった。普通ならば。


 ところが、今回は相手も普通ではない。魔族だ。実際、シアとヴィラデルも2人がかりでやっと1体を倒すことができた相手である。まかり間違えば、というか両者生きて勝ち残れていたのは完全な僥倖であった。逆の結果でも全くおかしくない、単に運が良かっただけの結果だったのである。


 更に2人はここに来るまでの道中で、もう一つの規格外、モログが敵との相打ちにて倒れ伏しているのを既に発見している。

 以前はどう頭をこねくり回そうとも想像できなかったモログの、その肉体が死して熱を徐々に失いつつある光景を眼にしておきながら、ハーク達だけは無事であると予測するのは、あまりにも彼女たちにとって都合の良過ぎるものであると考えざるを得なかった。


 いつも肌身離さず、大事にしていた彼の腰元のカタナが、(すす)に塗れて鞘ごと瓦礫の間に突き刺さったか挟まれた形となって残っていたのは、そういうこと(・・・・・・)であると自分を納得させるしかなかったのである。


 無論、本当の意味では納得などまだまだできている訳がない。

 現実を受け入れようとすればするほど自身の内の内に潜む人格が顔を出し、必死に否定してくる。内と外の相克は、強い不協和音を生み出し、ただでさえ消耗した精神を疲弊させていく。

 これで身体だけでも無事太平であればまだ良かったのだろうが、シアとヴィラデル共に満身創痍のボロボロだった。悔しさと焦りは抑え切れず、冷静になろうとすればするほどにこれらは彼女らの中で時間とともに不条理な世界に対する漠然とした向けようの無い怒りへと醸成される。


 更に時間が経過すれば普通に治まったろうが、残念ながら2人はそれまでに別の生存者を見つけてしまった。

 テイゾー=サギムラである。


 テイゾーは今回の追走劇において、ハーク達によって最終目標とされた人物だった。

 何なら彼女らやハーク達、モログを含めたバアル帝国への旅路に於いて、最終到達目標とさえ位置付けても過言ではない対象である。

 それ程に重要な人物だった。シアとヴィラデルの2人が、今この時に彼を補足できたことは今後の人類史どころか、世界全体の未来にまで良い方向へと変えたと断言できるくらいの相手である。


 それでも彼女らに喜びは無かった。

 テイゾーが無事に生きている事実こそが、ハークが、虎丸が、日毬が既に死んでいることの証明にもなったからだ。彼らが無事に生きていれば、いいや、無事でなかろうとも命さえあれば、身体さえ動くならば、既にテイゾーを葬っていたに違いないからであった。


 テイゾーは大量破壊兵器の作成者である。生み出した製作物に責任感と使用方法も結果にも興味は皆無に等しく、しかも体系化された知識の蓄積が無かろうとも、突然に高度な技術を生み出すことのできる先天性固有特殊能力、『遺失妄想技巧者ロストフューチャー・テク』というユニークスキルの所持者だった。

 これは、ある程度まで発達した文明レベルなどの下地も、全く必要としない。仮にテイゾーが生み出した産物を全て跡形もなく破棄させたとしても、例えば別の超天才が現れては全く同じものをどこか他の場所で人知れず生み出される危険性がある、などという次元の話でもない。数百年、或いは数千年、上手くすると、いいや、下手をすればかも知れないが永遠にもう二度と生み出されない可能性すらあったのだ。


 そういう意味で、ハークは自身の生きる後の世のためにも、己の手を汚す覚悟を完全に決めていた。

 逆に彼女らは覚悟が足りないと言うよりか、最善策としてテイゾーを生かしたまま捕獲し、専門の情報官によって全てを引き出しきってから改めて彼の罪を償わせることを主張していた。

 が、結局は彼女らがテイゾーを殺すこととなるのは、正に皮肉である。



 テイゾーは、ハークの剛刀を見つけた何らかの広場跡、その地下に一人潜んでいた。

 出入口が瓦礫で埋まりかけて危険を感じ、何とか独力で這い出てきたらしい。上が静かになったことで戦闘も終わり、自身への危機は去ったとも考えたのだ。そこをハーク達の姿を諦めきれずに探し回っていた2人に発見されたのである。


 ヴィラデルに首根っこを力任せに掴まれながら、シアも加わった双方に詰められるテイゾーであったが、何も知らないのだからそうと答えるしかない。

 消えた仲間の手がかりを少しでも得られるかも知れない、と相手側が淡い期待していることなど理解する訳もなく、彼は繰り言のように自らの保身と責任転嫁だけを口走っていた。


 本当に見つけたい生存者の情報は一切得られずに、悔恨と絶望、そして怒りとどうしようもない苛立ちまでが混ざり合った結果、ヴィラデルはテイゾーの首を掴んだ手の平より、極寒の冷気を放射させる。

 これは感情の高ぶりによって洩れ出でた魔力によるものであり、最初こそ無意識的に放出されたものだった。しかし結局は、彼女はテイゾーが苦痛の悲鳴を上げ助命の懇願を行おうともこれを自らの意思で止めることなく、最後は首を含め頭部まで完全に凍りつかせてみせた。


 この凍結状態の頭部にシアが拳を打ち込んで砕き、テイゾーは完全に絶命したのである。




 そして今、彼女たちは肩を寄せ合い、互いに互いを支えながら、スケリーの待つ宿屋を目指して帰路についていた。

 何故か、先程まで周囲に集っていた大量のワイバーンたちの姿が消えているのがありがたかった。


 回復薬も既に切らしており、彼女らの肉体は眼を醒ました時のままだ。

 則ち、シアの右腕はくっついているだけで肩から先に感覚はなく、一方のヴィラデルも右足を粉砕骨折したのか同じく感覚が皆無で動かすことができない。ちなみにだが、ヴィラデルは自身の右足を欠損したと思っていたものの、かなり朦朧とした状態であったために記憶違いであったのだろうと結論づけている。

 他にも打ち身、切り傷、打撲、脱臼多数。

 完全にこれ以上の戦闘は不可能という状態にあった。


 今まで大量のワイバーンが占拠していたせいか、周辺は今、広範囲に渡って魔物のいない、所謂空白地帯となっている。

 この機を逃さぬよう、戦闘不能状態の2人は思うように動けぬ肉体に鞭打ってでも今の内に進まなければならなかった。

 伝えなければならないからだ。戦友が、仲間が何の為に命を懸け、何を成したのかを。自分たちまでここで死ねば、最早誰にも伝わらない。


 だから、彼女らに余裕は無かった。

 が、こういう時こそ余計な考えは浮かんでくるものである。特に、感情のままに、その発露の結果としてテイゾーの殺害を実行したことが2人にとって強く尾を引いていた。

 どう考えても、あれで良かった筈なのだ。もはや戦えぬほど傷ついた身体で、いかに相手は素人とはいえ人一人を隣国まで運びきれる保障など皆無であり、途上で逃げられるリスクを鑑みてもあれで正解の筈なのである。それでもふとした瞬間にこみ上げてくるのだった。


 おかげで2人は無言だった。ただ前だけを見て、瓦礫をかわし、前に進む。

 そんな時だった、異様に長い小刻みに揺れる地震が起こったのは。やっと収まると、不意にシアが顔を上に向けた。

 つられてヴィラデルも視線ごと顔を上げる。

 シアが呟くように言った。


「……黒点……?」


「……え?」


 視線の先には半月状の月しかなかった。

 月に黒点などある訳がない。そう思って眼を凝らしたが、本当にあった。

 正確に言えば、黒点のように見える何かである。

 西の空に浮かぶ上弦の月。もうすぐ太陽を追って地平線へと落ちゆくその光を、遮る巨大な塊があったのだ。


 特別製の眼を持つ、エルフであるヴィラデルには解る。大きさにして数十キロ、或いは数百キロにすら及ぶかもしれない物体が空に、宇宙に鎮座していた。




   ◇ ◇ ◇




 最初と同じヘドロの塊のような物体群が、ハーク達の眼前に形成されていた。

 ただし、大きさがまるで違う。倍どころではない。数倍どころか数百倍でもきかない。


『大き過ぎじゃない……?』


 ガナハの声が聴こえた。

 恐らく、全長は600から700キロメートルにまで達していると、ハークは予測する。


『……ヴォルレウス、あなたが300年ほど前に戦った集合体も、もしかしてここまでだったの?』


 訊いたのはヴァージニアである。声に若干の震えもあった。


「……まさかだぜ。あん時は確かに全長を掴みきれていなかったけれど、ここまでじゃあ……、この半分もなかった筈だよ……。クソッ、どういうことだ!? 前の戦いでほとんどの大部分は、消滅させたと思っていたのに……!?」


『……読めたぞ。ヴォルレウス、お主は知らんじゃろうが、ヒト族たちが治める東大陸という地域では、バアル帝国という国が生まれ大混乱を巻き起こしておったのじゃ。自分ら以外の周辺国を、まとめて壊滅させるほどのな……』


〈正解だ。さすがだな〉


 即座に正答を導き出すアレクサンドリアの聡明さと勘の鋭さに、ハークは何度目かの感心をする。エルザルドと同等の龍族最年長は伊達ではないと言える。


「なッ!? それでこんな量が……! またしても予測を外しちまったか……!」


〈或いは、予測を外された(・・・・)か……〉


 ここまで考えたところで、敵の群体形成がいよいよ完了したらしい。

 暗闇を集めた物体の中心点より、ずるりと突起物が現れる。

 それは充分に大きな筈だった。比較対象が巨大過ぎるがために、ちょっとしたでっぱりが出現したようにしか見えない。


 だが、見開かれた眼が陽光をはね返し、ハーク達全員の視線をどう仕様も無く集めた。


『……やはり、パース。パース=キャンベラか』


 悲しげな声はエルザルドのものである。

 現れたのは、漆黒の鱗を持つドラゴンの首から上だった。





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