36 太古の龍
そんなダイゴの周囲には常に個性的な仲間が集っていた。
面子の入れ替わりは激しく、これはダイゴが来るもの拒まず去るもの追わずを地でいく精神を持ち、この性質が強く影響していたとエルザルドは記憶している。
勿論、マインナーズの中でも随一と目される実力者で有名人となった彼に近づき、利用して利益だけをかすめ取ろうと企む輩も少なくはない。一度目のクーデターを阻止した直後の時期などは、特にそうであったようだ。こういった手合にはダイゴも深く付き合わないように気をつけて活動を続けていた。
この時期に、図らずもエルザルドも実に多くの他者と出会い、その観察眼を育むことになる。
人間とは不思議なもので、何がどうなろうとも信じてはいけない者もいれば、逆にどのような状況に陥ろうとも最後まで頼れる者もいる。これが人間の面白さであり、彼らと付き合う醍醐味であるとの考えにエルザルドは至る。
とりわけ、初期からダイゴが懇意にしていたという喜久山晋也、通称おキクさんは顕著だった。
彼はぶっきらぼうで口が悪く、更にはガラも悪ければ面倒臭がり屋という人物だったが、それはあくまでも表面的なもので、実際には暖かく責任感の強い人物であったという印象が残っている。
昼間は学校で一緒にいることのできないダイゴの代わりに交代でエルザルドの面倒を見てくれた仲間は何名かいた。その中でも、最もダイゴが直接頼んだ回数の多い人物であったのが、彼に対する信頼の高さを示している。肝心のおキクさんは、何故いつも俺なんだよ、などと愚痴っていたものだが。
おキクさんは現地でマインナーズの装備を整備、調整等を行う技術者であった。
第3シティでは、法を犯した犯罪者は壁の外での生活と強制労働に従事させられることになる。
とはいえ、戦闘能力を持たせる訳にもいかないため、放射能汚染への高耐性を持つ強化調整体でありながら体の小さい肉体に調整されていた。
彼らが後のドワーフ族と犬人族の始祖となる。ちなみにだが、初期ロットがドワーフ族で後期が犬人族であったようで、おキクさんは初期ロットの方だった。
つまりは、普段からシティの壁の中で生活することのできない元犯罪者ということだ。
ただし、前述したようにおキクさんはまったくの善人である。ダイゴも深くは聞いていなかったようだが、後に騙された、ハメられたなどと酒の席で自ら語っていたこともあったという。
前述したように、彼のような現地待機組の技術者でも基本的にはラボで製造されたマインナーズ専用の武装の整備と若干の調整しか任せられず、またはそれしかできない。
しかしおキクさんは、ダイゴの武器の改造からほとんど製造までを担っていた。これは、銃器がマインナーズにおいて完全な主流の武装であったためと、ラボが当初はダイゴの注文をまともに聞かず、というより製作者としての色を出してくることが多く、実戦で使いものにならないことが多々あったからだった。
ダイゴからしてみれば、頼れるのがおキクさんだけだったとも言える。そんなダイゴの依頼に、おキクさんは毎度毎度ぶちぶちと文句を言いながらも応えていた。
時を経て、エルザルドは成長し、ダイゴ達の狩りにも同行ができるようになり、更には魔力を制御する手段を身につけたことによって、シティの壁の中にも同行できるようになった。
初めて見た人間の世界は、壁の外とはまるで違っていたことを良く憶えている。今現在の人間種とも趣が別だ。ただし、最近徐々に近づいてきているような印象もある。
この頃にはダイゴの一派は立派な一大勢力へと成長していて、間違いなくマインナーズを牛耳れる人数にまで達しているほどだった。尤も、一番上の人間が人間なので牛耳るようなことはなかったが。
それでも相互に助け合うには元々が知り合いであることこそ重要であり、行われ易い。そういった事前の交流の場として、健全に機能していたのだった。今から考えてみれば、グループや企業間の垣根すらも超えた、粗削りながらも冒険者ギルドに似た役割すら果たしていたのかも知れない。
大人となったダイゴは、信頼できる仲間内で固まることも多くなった一方で、マインナーズの業種全体を考えた行動も増えていった。そんな頃合いであった。
第3シティ全体を巻き込む一大事件がまたも発生する。
真実すらも混ぜ込んだ教団のデマと虚報に踊らされる形で暴徒と化した一般市民を巻き込んだクーデターによって、建設以来の壁が一時破壊されかけるという危機にまで陥ってしまう。他のシティや壁の外へと自由に出入りできる者たちによって、既に外界はかつての月の土地かのように切り分けられつつあり、残りはごく僅かだというものであった。
今度もどうにか阻止することに成功したダイゴとその仲間たちであったが、矢張りというか犠牲無く終息させられた訳ではない。
というか、開始の時点で巻き込まれ、参加している時点で一般人の死傷者が発生する事態はどうしても避けようのないものであったのだ。
慣れない警察機構との連携の拙さもあった。普段から壁の内側の安全を守る組織としての信頼を守らんがため、責任を押し付けられた面もあったという。
しかし何より、この時のダイゴ派のほとんどが、強化調整体の身体へとなっていることを世間一般に認知されてしまったことが、後々の痛手となってしまっていた。
半ば公然の秘密と化していたとはいえ、現在のライカンスロープ族の始祖ともなる強化調整体というものが実際にはどういうものか、どこまでのことができて一般人にとってみればどれほどの脅威なのかどうか、よく認知されてはいなかったのである。
魔物と戦い、正面からは無理でも勝利し得るほどの戦闘能力を秘めているのだ。猛獣とも比較にならないくらいの突き抜けた戦闘力を常時所持し、瞬時に発揮することができると考えても良いくらいなのである。彼らがシティ内でごく軽微なトラブルを除き一度も大きな問題など起こしたことも無いと知っていたとしても、結果として潜在的な恐怖と不信感を拭うことはできなかった。
当然に、事態を解決したダイゴ達を称賛する声が大部分であったのは確かである。
しかし、彼らの存在を忌避し、排除しようという流れもまた少数ではあろうとも存在していた。
自分の隣に表面上こそ自分と同じ種族であるとの顔をしておきながらも、一旦暴れ出されたらどう仕様も無い、一切の抵抗も通じない手の施しようがないほどの力の差がある存在が悠々と歩いていると知れば、過剰に反応を示すのも当たり前と言えるのだろう。
責任を問い、裏に排除の意思を潜ませた、当人にとってみれば決して少なくない声に、ダイゴ達はシティの外へと旅立っていくことを遂に決意する。
仲間のほとんど、更に多くの彼らに近しい人物たち総勢200にも上る数の人々が、壁の外へと旅立っていったのである。
大凡がマインナーズでもあったため、上から順に上位100名前後が抜けた形となり、一時第3シティは深刻なエネルギー不足にも陥るが、この頃にはダイゴが培った近接戦闘技術が浸透、発展しており、後人も育っていたからかしばらくの後に正常化されたという。
一方で、ダイゴ達は西に移動。当時の干上がりかけていた海を渡り、大陸の側にわずかに残っていたのか世界壊滅後に成育していたのかは判らないが小さな森を見つけて、その付近に村を作った。
最初はダイゴ達も苦労するものの、幾つかの設備も準備しており、優秀な技術者も多数同行していたことも相まって、すぐに安定した生活を手に入れる。
大小様々な問題も度々発生したが、彼らは力を合わせ生き残り、発展していった。
60年ほどの時が経過し、ダイゴが子供や孫を始めとした村の仲間たち全員に見守られながら永眠する。
この時エルザルドは初めて、どんなに強かろうとも人間種はいずれ寿命にて永遠の別れが来ることを知った。
しばらくは抜け殻のようになっていたエルザルドであったが、ダイゴの家族や村の面々との交流で彼が残してくれたものを思い出し、この村の守護者として力を振るい、活躍するようになっていく。
更に凡そ60年の月日が経過した頃合であった。
村の狩人たち数人が、北東の山奥で自分を小さくしたような生物を発見したと、エルザルドに報告したのである。
このことがガナハとの出会いのキッカケとなる訳だが、このすぐ後に己がダイゴにしてもらったことをそのまま自身が彼女に返すような形になるとは、エルザルド自身も全く想像してはいなかったのだった。




