35 Ancient Dragon
エルザルドは創世に最も近い頃に生まれたドラゴンであった。
なので、幼少の記憶などは実に1万年近い年月が経過している。
それでも憶えているものだ。
特に原初の記憶などは。
本当に初めての記憶は、もう決して色褪せることの無いようにと別領域の記録フォルダに移してある。エルザルド生涯初の友と出会えた瞬間だ。
ところが、最近思う。
この時のダイゴ、本名、眞榮城大吾郎の顔は、まったくの別であったのではないか、と。
顔のつくりが違うということではない。その表情だ。
まだ生まれて数年の幼いドラゴンであったがゆえに、色々な部分が未発達で、この記録映像には粗や抜けが非常に多かった。
当時の状況や他の記憶からの逆算で補い、『可能性感知』まで使って足りない部分をフレーム単位にまでこだわった映像で彼は、ダイゴは、初めて会った幼いドラゴンであるエルザルドに向かって手を伸ばし、顔には慈愛の表情を浮かべている。エルザルドとしても密かな自信作であった。
が、ここ最近、久々の友と言える恩人と出会いその旅路に同行し、更には神となった彼の一部として融合を果たしたことで、人間種への理解が依然と比べ飛躍的に高まっている。
そして今、死して一度失った思考能力を再び取り戻し、エルザルドは改めて考えるのだ。
あの時の彼、ダイゴはこちらを安心させるような笑顔は浮かべていても、その表情には隠し切れぬ苦渋と後悔の念が、図らずも滲み出ていたのではないか、と。
人間種は、ほぼ例外なく自身の血に連なる者を大切にする。
これは人間種の子供が産まれてから数年間は、他の種族を圧倒するほどに弱い存在であることに起因しているとエルザルドは理解している。
何しろ抵抗や逃走の手段を独自に持ち得ぬどころか、野に放置されただけで他者からの脅威を全く考慮の外に置くとしても勝手に死んでしまうほどだ。こんな生物は他にない。
人間種の赤ん坊は、絶対に庇護者が必要なのだ。そしてそれは大抵において親である。
人間種は血を分けた実の子を大事にし、これを綿々と受け継ぐことで発展を維持してきた。だからこそ両親や先祖を敬い、時に感謝も示す。自らの出自を大切にするというのはこういった意味合いもあってのことだろう。今の自分が生きているのは、というものである。このような感情と行動は、人間種の発展とその維持のために必須のものだったのだ。
一方で、魔物や魔獣にこういったものは無い。
護られずとも勝手に生き、やがては強くなるからだ。
血のつながり、肉親への情など微塵も無い。必要が無いからだ。
ただし、後に無敵となるドラゴンとて、生まれたばかりの頃は当然にまだか弱い。
この時期に自身の面倒を見て、平穏無事に過ごさせてくれたダイゴに対してエルザルドが抱くのは、深く強い感謝しかない。たとえそれが、エルザルドの親を殺してしまったかも知れぬという、彼の贖罪の意の元であったとしても全く関係は無かった。
当時の彼は、一時は獲得ポイントランキング3位にまで到達したものの、学生の身でありながら未だ副業である筈のマインナーズに傾倒し過ぎたために出席日数が不足しつつあって、進級が危ういという状況に陥っていた。そこで、なるべく時間的負担のかかりにくい救援任務専門へと転属することになる。
これは決められた勤務時間内はいつでも壁の外にある強化調整体へとアストラル体放出できるよう常に待機しておく必要はあるものの、救援の依頼が来なければ自由な時間として宿題などの勉学に充てても良いし、事前の探索やその後の処理にかかずらうこともない。
マインナーズの本来の給与体系は基本、モンスターのコア、今で言う魔石や魔晶石の質と量で決まる歩合制だが、救援任務参加の特別報酬により固定給の割合が上昇し、安定した収入となっていた。
ただし、総合的な収入面では以前よりも下がっている。フルタイムで勤務していられないのだから、これはそもそも仕方が無いものであった。
それでもランキング10位に留まるあたり、1つ1つの任務で相当な強敵を倒してきたことがわかる。
エルザルドが記憶する限り、ダイゴの実力は少なくとも世界屈指であった。
ここまで圧倒的であったのには、当然に理由がある。戦法戦術の確立、定番化していない黎明期という時代だったことも関係しているが、何より彼は近接戦闘のパイオニアであったからだった。
当時、マインナーズが使っていたのは大抵、鉛の弾を撃ち出す銃というシロモノであった。
少し考えてみればわかるだろうが、軽く10メートルに達する巨大で、しかも人間種の何倍ものタフネスさと自然回復能力を秘めた存在相手に直径数センチの穴をいくつ穿ったところで、到底有効打とは成り得ぬであろう。
未だ、旧世界の常識を引きずっていたのだ。
断ち切る強さが必要なのである。そうでなくては再生能力を持たぬモンスターでも手を焼き、持っている相手には勝ちの光明を見出すことすら困難だろう。
尚、ダイゴ以外のマインナーズはほとんどが徒党を組んで、敵を囲み集中砲火で弱らせ、モンスターの足を止めたところで一斉に手榴弾を投げて大ダメージ、或いは仕留めるというのを基本の戦術としていたらしい。
中々にそう上手くいく筈がなかった。集団での練度も必要だろうし、大体からして自分たちより素早い敵を囲んで追い詰めるなど、尚更容易なことではない。
一撃でより多くのダメージを与え、時には部位ごと持っていく。運が良ければそのまま勝負を決めてしまえるのなら使わない手はない。
ダイゴが使っていたのは巨大な切断武器、鉈のようにも視える巨大な両手剣だった。
彼はそれで攻撃し、幅広の刀身を活かして防御にも使用していた。丁度、ヴィラデルディーチェと似通った使い方である。
ちなみにだが、近接戦闘を始めた当初は、大剣のような形状をした金属板の周囲を小さく強靭な刃が高速回転するチェーンソー型巨大剣なるものも使用していたらしい。が、防御に使用するとすぐにギミック部が破損し、刃が回転しなくなってしまうため、エルザルドが記憶する頃には無骨な鋼鉄製のものに置き換わっていた。
これで、ダイゴは文字通り他を寄せ付けぬほどの勢いで連戦連勝を重ねていたものである。
ところが、当時のダイゴは半ば異端者扱いされ、人によっては奇人変人の類いとして見られることも少なくなかったという。ダイゴが言うところ、原始的過ぎたのだそうだ。
彼が先駆者として尊敬を集め、認知されていくのは今少し先の未来線であった。
彼は、ダイゴは非常に良い人間だった。
年長者に対する礼儀や配慮に欠ける面もあったが、この時代の若者であればマシな方である。やや無口で不愛想なものの、心根は優しく他者を気遣い尊重できる人物で、これは後年、とある政治的事変を解決に導き、名が売れた後でも変わることはなかった。
一方で、有名人となった後でも謙虚というよりどこかいつも自信なさげで、俺なんて大した人間じゃあないと嘯くことが実に多かった。しかし、こと戦闘に関しては自分が最強であるとの自覚と共に決して譲ることなく、強い自負を持って行動していたように記憶している。
これはある種、ダイゴの中の強い責任感がそうさせていたのだろうと、今のエルザルドは考えている。
自分はマインナーズの顔役、代表にも近いという認識を持って行動し、活動していた。
彼はそれほどに傑出していたのだ。
どこか、後に友人となった2人を想起させられる。それと共に、エルザルドは自身の奇妙な縁と、どこか運命めいた導きを実感するのだ。




