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34 中編19終:同類




 そんな輩、以後の関わり合いを避ける以外の選択肢が他にあるのか、というのがハークの答えだった。

 初動から下手な関係を持たぬようにと配慮してくれたアレクサンドリアたちには感謝である。


「さて、と。お~~~い! そろそろ話を始めねェかい!?」


 ヴォルレウスがそう呼びかけると、アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアの視線が顔ごとこちらを向く。

 次いでその3人で一度顔を見合わせて頷き合うと、一人がガルダイアの身体を蹴り上げ、一人が背中を蹴り出し、最後の一人がまるで首を狩るようにラリアットを決め、大地ではなく足場代わりの空気断層へと叩きつけた。


 ガルダイアは一撃一撃を受ける度に「ウゲ!?」「ウガ!?」「ギャブ!?」と声を漏らし、最後には意識を手放していた。




 ヴォルレウスが構築した水魔法によって、大量の水飛沫がガルダイアの頭から胸辺りまでを濡らす。この高度であれば普通は瞬く間に水は沸騰し蒸発、霧散していくだろうが、虎丸の限定空間内は地上と酷似した状況にある。


 数瞬待つと、呻きにも似た声がガルダイアの口から漏れ聞こえ出した。

 少しだけヴォルレウスが安心したのがハークには解る。これで起きぬようならば再度アレクサンドリアらが実力行使に出るからだ。今は先程と違い、余裕で万一が起こる形態へと変わって、いや、戻っていた。


『オワッ!?』


 眼を開けたガルダイアは、驚愕をまず表す。彼の眼前には自身を超える巨大なドラゴンが2体、更に実力を考えれば計3体上回る存在が控えていた。


『何を今更慌てておる』


 冷たい声音だった。と言っても、実際に声が聴こえるのではなく、頭の中に直接響くアレクサンドリアの龍言語魔法『通信(コール)』である。

 彼女とヴァージニアにガナハは、人化を既に解除していた。だからこそ、今度はガルダイアも状況への理解が早い。

 もはや抵抗などできるよう筈がない、と。


『な、何を!? これ以上オレに何をするつもりなんだ!?』


『そんなに慌てなくても大丈夫よ。ただ質問するだけだから』


 ヴァージニアの声音も冷たい。ガルダイアが巨大なその身体をブルリと震わせる。


『し、質問だと!?』


『ええ。ただし、その質問にちゃあ~~んと正直に答えてくれなければ……』


 ヴァージニアは右手をガルダイアからよく見えるような位置に挙げて開き、次いでその爪を掌の中心でガチンとカチ合わせてみせる。火花が散った。


『また、痛い目をみてもらわなくちゃあいけない羽目になるわよ』


『もう人化も解いちゃったから、今度は死ぬかも知れないね』


 ヴァージニアに続いてガナハが冗談めかして言ったが、彼女たちの中で最も内心の殺意を隠していたのは彼女であった。ほんの少しだが、漏れているくらいだ。

 無理もないと言える。今、対峙しているのは同族とはいえ、ガナハにとっての育ての親と慕うエルザルドの仇、もしくはその殺害に加担、及び関与した者であるかも知れないからだ。


『ヒャア!? オッ、オレが一体、何をしたって言うんだ!?』


 弱き者に必要なのは慎重さと謙虚さ、そして危険を素早く察知する能力だ。ガルダイアは謙虚さこそ持ち合わせていないが、他の2つは兼ね備えているようである。抑えていたガナハの怒りを多少なりとも感知したのだろう。


『私たちを攻撃してきたのよ。戦いを挑んできたの。当然の対応でしょ?』


 ヴァージニアが完璧に殺気を抑え込んで言い放つ。

 ガルダイアは分かり易く両眼を見開いた。


『なっ!? お前たちに!?』


『そうよ』


『そんな馬鹿な!? 話が違う!』


『話? 誰のじゃ?』


『ギヨェッ!?』


 心底驚いた声が頭の中に響く。何故そんなことを発言してしまったのか、自分で自分が信じられない感覚だろう。


『早く言いなさいよ。ワザワザもたついて時を稼ごうっていうのなら……』


『ち、違う! 憶えていない! ……!? 憶えてなど、いない……筈、なのだ……!?』


『? どうしたの、ガルダイア? 頭の中身でもおかしくなった?』


 ガナハの皮肉など珍しいなと思いながらも、ハークは何も言わない。アレクサンドリアやヴォルレウスからの提案で、今回ハークは極力参加しない方針なのだ。3体、とくに赤と紅の龍がデカいので、普通に立っていても向こうから見えはしない。

 代わりに、とは本人は思っていないだろうが、アレクサンドリアが語る。


『フン、当ててやろう。相手には、戦った後に記憶は残らない。だから調べられても何も出ないから君は罰せられることもない、とでも言われたのではないか?』


 かなり得意げな表情である。これが所謂ドヤ顔かとハークは自分の中の新しい知識とすり合わせた。


『な、なんで! 何で記憶が!? ああ! そうだよ! そうなんだ! なんでどうして、オレの記憶が丸々無事なんだ!? 話と違うじゃあないか!?』


 エルザルドからの記憶によると、ガルダイアの一人称は『我』だった。己を取り繕う余裕すらないほどに取り乱しているのがありありと解る。


『計画通りにいかず、残念じゃったな。もう鬱陶しい……いや、時が惜しいので先に進むが、こちらには超常の技を扱う御仁がいてのう。貴様の中に巣くっていた闇の精霊を排除する瞬間、貴様の脳の中身も逆算する形で再生させたそうじゃ』


『う、嘘だ! そんな馬鹿な!? そんな高次元の、神のようなことできる筈が!?』


〈アレクサンドリア殿で一度経験させてもらっておるからな。ついで(・・・)に治すなど、造作もない作業であったわ。時もかからなかったしの〉


 闇の精霊に脳が侵されてしまうと、短期的な記憶を失う。エルザルドにも起こった事例だ。

 これは恐らく短期的な記憶を保持する脳の部位と、感情を司る部位が近いからであろう。長く留まる記憶というものは大抵が感情とセットであるものだ。


 ここで、ヴォルレウスがアレクサンドリアたちの影より歩み出て、ガルダイアの視界に自身の姿を敢えてさらした。

 龍人としての戦闘形態のままである。威圧目的のためだ。


『ヴォ……ヴォルレウス……! お前か、お前がやったのか!?』


「…………」


 例によって答えない。嘘を吐くのではなく、いつもの黙して語らず作戦である。こちらの思惑通り、ガルダイアは勘違いする。


『オッ、オレはこいつと戦いたかっただけなんだ! アレクサンドリアたちが一緒にいるなんて知らなかったんだ!』


『だから何? ボクらに対しても手を出してきた事実に変わりはないでしょ?』


『……う!?』


『大体からして、何故ヴォルレウスをつけ狙う。以前から目の敵にしておったことは知っておるが、一体何の怨みがある? ヴォルレウスが貴様に何かした訳でもあるまい』


『したさ!』


『何じゃと?』


 首を傾げるヴォルレウスに、赤銅色の指先が向けられる。


『こいつは、史上最強の地位を奪ったじゃあないか! 我ら龍族から! だからだ! お前たちも悔しくはないのか!? 龍族としてのホコリはどこへ行った!?』


 アレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアはそれぞれ不思議そうな表情で顔を向け合う。


『何言ってるの? ヴォルレウスだって龍族じゃあないか』


 ガナハの至極尤もな言葉にも、ガルダイアの激昂は止まらない。


『違う! こいつはヒト族だ! 我ら龍族より力をかすめ取った存在だ! その証拠に、姿かたちが我らと全く異なっているではないか!』


 発言したガルダイア以外、ほぼ全員が驚きと呆れの混ざった表情へと変わる。あまりにも理不尽な論理で理解が追いつかない。見た目、外見だけが全てで、その他はガルダイアにとって意味のないものであるのだろうかとも思えてしまう。


 しかし、ハークとエルザルドには分かる

 あれは詰まる所の同族嫌悪だ。自分を見ているようで嫌なのである。矮小な自分を見せつけられている気分にもなるのだ。それと気づかぬままに。


『貴様は本当に……』


『もういいわ、アレクサンドリア。時間が無いことであるし、進めないと』


『……そうじゃな。今の内に言っておくが、貴様に闇の精霊を植えつけた相手は、完全に貴様を捨て駒とするつもりであったのだからな』


『……え?』


『え? ではないわ。あれだけの闇の集合体に寄生されて、肉体も精神も長く耐え切れる筈がなかろう。もしヴォルレウスに勝てていたとしても、数年で朽ち果て完全に取り込まれるのがオチというやつじゃ』


『そ、そんな!?』


『フン、これでもう義理立てする必要など無いと解ったであろう。さァ、話せ』


『わ、解ったよ。……話す。あいつは……』


 その時ハークは4度目の、大地の底より巨大な気配を感じた。今までにない、エルザルドの記憶を検索してみても他に類のない巨大さだった。

 ハークは心の中でエルザルドと繋がる。これは有線の直通電話のようなものだ。『通信(コール)』や『念話』とは違い、この2者の間でしか機能しない。


『遂に来たか』


『やはり場所は、予測通りの場所であったな』


『そのようだ……』


 ハークの言葉に残念な響きが混じる。

 そこは、アレクサンドリアたちがこの高度にまで飛び上がるため、『龍魔咆哮(ブレス)』をぶつけ合った地点のすぐ付近であった。





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