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33 中編18:急造品②




 頭蓋が一瞬歪んだ気がするほどである。さすがに即座に眼が醒めた。


『グォオオオワッ! なっ、何だぁっ!? 何が起こったぁ!?』


「フン、ようやく眼を醒ましおったか」


 声のした方向を見るまでもない。眼を開けた瞬間に眼前に居た。

 眼前過ぎて超至近距離である。どうやら接触されているようだった。更に意識が覚醒し、脳が正常に働いてきたのか、よくよくと見ればヒト族が自分の上に、あろうことか顔面の上に乗っているのをガルダイアは理解した。

 大嫌いな種族から顔を足蹴にされているというとんでもなく屈辱的な状況に、彼のプライドが瞬間的に発火する。


『弱小種族がァッ! 何を畏れ多いことを……!』


(やかま)しい!」


 またも引っ叩かれた。

 今度は先程よりももっと強かった。一瞬視界が真っ暗になり、ミシリと骨の軋む音が聞こえたくらいである。

 確実にダメージも受けていた。


 本来、これは最大級な異常事態の筈である。

 彼自身は認めていないが、生前のエルザルドやアレクサンドリア、キールは当然として、ガナハや齢の近いアズハにダコタどころか、遥か年下のヴァージニアにさえ実際の戦闘能力で一段階も二段階も劣るガルダイアではあるにしても、生物界の頂点という種族に加え、その中でも上澄み中の上澄みである古龍に対して骨を歪めるほどの打撃を人間種が素手で行えるなど、およそ不可能なことなのだ。しかも相手はスキルすら使っていない。


 これがどんなに不可思議で驚愕すべき状況であるのか、少し考えればガルダイアも理解ができる筈である。

 ところが、この時の彼の頭の中身は、己のちっぽけな尊厳を守るためにでしか使用されていなかった。


 更にほんの少しでも身の内の奥の奥から湧き上がる危機感と恐怖に意識を傾けておれば、その後自身の身に降りかかる不幸も多少は軽減できていたことだろう。


『こっ、このっ、卑小で醜い乞食種族めがぁ! 食ってくれようか!』


「ほう……、卑小で、醜い乞食……ときたか……」


 表情こそ変わっているようには見えず、以前としてガルダイアの顔の上に陣取るままだが、その人間種らしき人物の口の端にチロチロと炎のようなものが一瞬垣間見えた。

 見間違いではない。

 ようやくここで、ガルダイアの中の生存本能が刺激を受けたのか、何かがおかしいことに気がついた。


 結局は、時すでに遅し、なのであるが。


 眼前の人間種がチョコンと後ろに飛んだと思ったら、前回よりもすさまじい衝撃を顎に受けた。今度は視界が真っ白になって、一瞬意識が飛ぶ。


『ウゲアッ!? ま、待って……!』


 グシャア! という身も蓋も無い音まで聞こえた気がした。顎を蹴られたということは解るのだが、考えがまとまらない。


「こうまで侮辱されては、矢張りタダで済ます訳にはいかんのう。のう、皆?」


「ええ、そうね。時にはきちんとお灸をすえる必要があると判断するわ」


「さっきボクたちに対して、手を出してきたことも含めて、ね。忘れた、記憶に無い、は通用しないよ」


 何が何だか未だに解らないが、ガルダイアは痛さに身悶えしながらも必死に眼を開けて相手の姿を再確認しようとする。

 その中の一人に確実な見覚えがあり、ガルダイアはやっと事態の半分程度は理解できたが、同時に生存本能による身の内からの警鐘は瞬間的に最高潮へと達した。


『ま、まさか貴様ら……!?』


「貴様? 随分と偉くなったもんだのう、ガルダイア」


 チロリとまた口元に炎が見えた。この現象と口調で、ガルダイアの状況への理解は更に進行する。


『い、いや……、貴方は、貴方様方はぁあああ!?』


「今更言い直しても遅いのう」


「さて、それじゃあ始めよっか?」


「ウン!」


 3人の人間種の内、唯一まったく見覚えのない者がガルダイアの尻尾を両手で掴んだ。

 これはガナハだったのだが、つい最近に人化を習得したばかりでガルダイア自身は初見であり知る由も無い。

 ガナハはそのまま尻尾を引っ張り、まるで一本釣りのようにガルダイアの全長20メートル超えの身体を引き上げた。


『ヒッ! ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! やっ、やめてくれええええええ!!』


「喧しいと言っておるであろうがあ!」


 無防備なガルダイアの腹に拳が打ち込まれていた。





「お~お~、怖ぇ怖ぇ」


 100メートルほど離れて様子を眺めるハークの隣で、感に堪えたようにヴォルレウスが言う。芝居がかった台詞だが、表情は言葉そのままであり、両腕で自分を抱えるような仕草もしていた。

 ちなみに、下は依然としてハークがこさえた空気の足場である。視界の先では生前のエルザルドより2回りほど小さい、とは言っても普通の基準で言えば巨大な龍がガナハによってその足場に叩きつけられていた。


『まったくだな』


 ハークが同意する前にエルザルドが返してくれた。短い返答なだけに真に迫るものがある。自業自得とはいえ、さすがに哀れだ。


 ハーク達は両者とも、元の姿へと戻っていた。ヴォルレウスは壮年のヒト族へ、ハークはエルフの少年に、である。

 ヴォルレウスに合わせ、せめて青年期の姿のままでいることも考えたが、結局気楽な方を選んだ。


 先にアレクサンドリアへ語ったように、ハークの中でエルフの少年姿、青年姿、力を全て発揮できる龍人としての戦闘体型、全てが己だ。そこに偽りは無い。

 では何故、気持ちに落差が生まれるのか。

 無論、慣れというのが最も大きいが、よくよくと考えてみれば青年期や龍人の姿が普通(・・)に成長して獲得した姿ではない、というのが最たるものであった。


 今のハークの青年期、及び龍人形態は、長い期間を経て成長し、その過程で修練と自己鍛錬によって丹念に創り上げられたものでは決してない。時間が無かったがゆえに、あらゆる部分を想像で補って仕上げた、言わば急造、即席の産物である。


 下品に全ての理論値を計算した上で完璧な機能美を追求するほどにこだわり抜いた訳でもない。にしても、どうにも未だ気恥ずかしく、己が己でないように感じるのはその所為であろう、と結論づけることとした。


「やれやれ、ひっでえな」


 まるで見てられんと言わんばかりの感想がヴォルレウスより発せられていた。


 ハーク達がただ眺めているだけの間でも、3体のドラゴンが変化した3人娘たちのガルダイアへの痛烈な仕置きは続いている。今はヴァージニアとアレクサンドリアが拳で彼の身体を打ち上げ合って、まるで投げ合い遊びのようだ。


『こうやって傍から見ておれば、少々酷に感じるのも仕方が無いかもしれんが、まぁ、ある程度の仕置きも確かに必要であろうからな。それに、ああも派手にやられておってもガルダイアへのダメージで深刻なものは、実は何一つも無い。わざわざ人間形態のままで攻撃を続けておるのは全員で、しかも本気であったとしても万が一にも死なぬようにと配慮してのことだからな』


「加減を間違えても大丈夫、か。じゃあ、あのガルダイアは特別痛がりなのかい?」


 ヴォルレウスの指が差す先では、ガナハによってアターーック、を喰らい、足場へと叩き落とされて「ギャッ」と意図せぬ悲鳴が漏れ聞こえたところであった。


『……半々、のようだな。ただ、間違ってもあそこにいるハーク殿の相棒が参加しては、着実なトドメに成りかねん』 


 見ると確かに虎丸が、龍族たちのじゃれ合いをもの欲しそうに眺めている。ちょっと参加したいのだろう。

 しかし、間違っても許可などできるものではない。彼女の場合、最大限に配慮しても当たりどころによっては万一が発生してしまうからだ。


「そうだね。大体さ、アレってガルダイアのヘイトがハークに向かないように、っていう意図もあるんだろう?」


「む? そうなのか?」


 不意に自分が話の中心に上がってきて、ハークも興味を示さざるを得ない。


「ああ、そうだ。あの時ハークはガルダイアに絡まる闇の集合体を分子レベルで弾き飛ばし、更に体内に巣くっていた闇の精霊も光の属性で全て分解、浄化しただろう? ケドよぉ、残りって言うか、技の発動の起点、あの青い刀より先は全部まとめてブッ飛ばしちまったじゃねえか」


 ハークは肯く。

 あの時、奥義・『九頭龍(くずりゅう)叢雲穿(むらくもうがち)』は、イメージとしたヴァースキの攪拌により周囲の全てに光の属性を隅々まで行き渡らせ、完全なる浄化を行う中心帯と成り代わった。

 ただ、ハークは旋突の狙いをガルダイアの中心である彼の胸部と定めたのだが、ごく当たり前に突き刺してからの威力をせき止めるには、今のハークであってもさすがに時間的猶予が足りなさ過ぎる。


 よって、ガルダイアは胸から上、つまりは首から上を残し、一時それから下全てを微塵どころか完全に消し去っていたのである。


 ドラゴンは非常にタフではあるが、種族的に再生能力のスキルまでは備えていないため、脳の大規模損傷、或いは心臓の機能を失えば死亡する。ちなみにだがエルザルドの死亡原因は前者に当たる。

 ガルダイアの場合は逆の後者、どころか頭と首以外全てを失うところであった訳だが、ここでハークが一瞬にして彼の消えた肉体を蘇らせた。


 生物的に心臓を一度失おうとも代替する物品か、役目だけでも果たすものさえあれば延命や蘇生は可能である。

 これを利用し、有り体に述べるなら、ハークはガルダイアの脳が死を認識する前に、心臓その他の胸から下全てを新しく新調させたのであった。


 と、いうことはつまり、直後のガルダイアの首から上はボロボロだが、そこから下は文字通りの新品同然な訳である。

 アレクサンドリアたちは、この奇妙な肉体の異常をガルダイア自身が悟る前に有耶無耶にしようとしてくれているのだった。


『ガルダイアは性格的に難儀なところがあってな、攻撃され、一度は殺されかけたという事実とは別に、……ハーク殿には理解ができんかもしれんが、同格以外の存在から受けた恩義すらも自分を舐めている、見下している、侮辱されたと考える思考回路をあやつは持っておるのだよ』


 エルザルドの言う通り、ハークには理解し難い話となってきた。いや、そういう考えに至る種の人間も稀にいることは知っているし、実際に遥か昔にもいたこともあったが、そういった者の思考回路を理解する気にもならなかったというのが実情である。





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