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32 中編17:急造品




『あの大馬鹿者は既に粗方、闇の精霊に取り込まれ切っておるように視えるが、ハーク殿であればあれもどうにかできるとお思いなのか?』


「ええ。6、いや、7割方はいけるかと」


「よォし! それじゃあいっちょ、やってやっか! 俺たちで道を切り開くぜ!」


 ヴォルレウスが自分の胸の前で自らの右拳を左手で受け止めた。破裂音が響き渡り、次いでバキボキベキと指を鳴らす音が盛大に上がる。面白がって虎丸が横で真似しているが、ヴォルレウスほどに軽妙にとはいかないようだ。


『うむ! 本体はあの中心部以外には有り得んからな! 露払いはお任せいただこうか!』


『要は腕全部をブッ飛ばせば良いんだね!?』


「そういうことッス!」


 眼の前では、巨大集合体が4本腕を広げるように構えつつある。掛け値なしの全力をいよいよ披露する気なのだろう。


『今更、本領発揮? 本当に意気地が無いわね』


 やや辛辣過ぎるものの、ヴァージニアの意見にハークも賛成であった。位置的に離れ合っていた先程よりも互いの距離が近く、いつでも力を合わせ束ねられる状況にある。各個撃破できるかも知れなかった状況をみすみす見逃したとも言える状況だ。


 尤も、一方向に全員が揃っている今こそまとめて撃破できる好機ととらえたのかも知れなかった。

 実際に迫る4つの拳の進路は、一塊となるほどに隣り合っても、ましてや密着などしていないにもかかわらず、ハーク達全員を網羅している。一つ一つの拳が200メートルあるので片面400×400の立方体が迫ってくる感じだ。


『ガナハ! ヴァージニア! 放つぞ!!』


『うん!』


『了解!』


 3つの『龍魔咆哮(ブレス)』が同時に発射された。凄まじい光と熱が周囲を包む。

 が、対象の表面積が単純に4倍、更には密かに分厚くされてもいたのだろう。4つの拳の表面を炭化させるのみで、先程のように押し戻すことはできない。


 さりとて勢いを止め、速度を減衰させただけでも実は充分なのである。


「拳には拳! 行っくぜぇえええーーーーー!!」


 躊躇なくヴォルレウスはアレクサンドリアたちの爆炎の中へと飛び込んだ。

 他の者であれば間違いなく自殺行為だが、ヴォルレウスの頑強さは常識外れの規格外。肉体を包み込む龍皮と龍麟の耐熱防御性能は今のハークにですら余裕で上回っている。また、高度な自動回復機能も持っていることから、意に介す必要が無いとまではさすがに言えないものの、多少の損傷程度など恐れることもない。


「『シャーーーーイニング・ナックゥーーーーーーー』!!」


 ヴォルレウス本気の一撃が、実に簡単に拳の表面を粉砕する。触れた個所から細かなヒビが奔り、触れぬ箇所には衝撃が伝播し、籠められた光の属性にて更に分解されていく。


「おぉおおおーーーーーーー!!」


 止まらぬ龍人の拳が前へ前へと進む。既に4腕の肘辺りにまで到達。そして空虚な中身にアレクサンドリアたちが吐いたブレスの炎が充満し、破壊を助長する。

 腕部のほぼ全てが、攻撃の用途に適さぬ状態と化した。


「今だぜ、ハーク!」


「応!!」


 最後尾からハークが一瞬で追いつく。そして傍らには相棒である虎丸の姿があった。

 一方でアレクサンドリアらはブレスを止めている。それでも背中が少し焦げてしまったが。


「あっちちちちち! ちょっと背中が焼けたッスよ!」


「うむ、儂もだ! だがまァ、仕方が無い! 本気というのはそういうものだ!」


 ハーク達の作戦とも言えぬ即興の計画は実に単純なものであった。

 敵は集合体という利点を生かし、それぞれの役割に分かれている。その内の攻撃を担当とする腕部を龍族3人娘とヴォルレウスが破壊し、ハーク達が中枢部を何とかするという流れだ。


 即興過ぎて少々雑である。当然に綻びも生まれる。

 4本腕の内、右の前腕だけがすぐさま復活した。


「うおっ!? 早え!」


『修復能力を1本だけに集中させたか! 危機に瀕して正しい判断ができるとは、増々生き汚いあやつらしいな! ハーク殿!』


「奥義・『俱利伽羅(くりから)大日輪』!!」


 まだ数百メートルは離れていても、ハークは構わず刀技を繰り出した。当然に刃が直接当たりはしないが、刃風が接触して再生されたばかりの右前腕が崩壊する。


『わっ! また一撃!?』


『凄いわね、あんな簡単に!』


 ガナハとヴァージニアがそう囃し立ててくれるが、ハークとしては些か簡単過ぎた。


「虎丸、フォローを頼む!」


「了解ッス!」


 虎丸は片手をかざした。すると眼には解らぬくらいにまで凝縮された空気の塊が無数に作成され、一斉に次から次へとハークが放った斬撃の余波に向かい、次々にぶつかっては結果的に相殺する。


 ハークが虎丸に頼んだのは、敵に対するものではなかった。己が放った攻撃についてであったのだ。

 要因としてはハークの奥義・『倶利伽羅大日輪』の威力に比べて敵の装甲、右腕部が弱過ぎたことによる。瞬間的に再生されたので、外見上は変わっていなかったが、内部の空洞率は上がり、表面の厚さは減少していたのだろう。簡単に貫いてしまったのだ。放っておけば虎丸の障壁も貫通して、月を掠めるところであった。


「よし! 本丸を崩すぞ、虎丸!」


「はいッス!」


 一作業を終えて虎丸は更にぐんっとスピードアップする。

 自身が疾走するための風道を伸ばし、そして強度を高めて走り抜けつつ周囲の空気を操作。次第に渦を巻き、一方向に圧力が高められたそれが虎丸専用のカタパルトとなる。


「おりゃーーーーーーーーーー! 『轟転・烈神脚襲ランペイジ・ディザスター』ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 音速を超えた蹴りが叩き込まれた。

 感触は柔らかい。オマケに沈む。

 巨大集合体の中枢である胴体部は、腕部とは構造がまるで違っていた。

 腕部は表面こそ硬いが、中身は空洞でスカスカ。これに対し胴体部は隙間など全く無いほどギチギチに中身の詰まった高密度でありながら、表面は柔らかい弾力を持っていた。


 砕けば割れるのではなく、衝撃を分散し吸収する半液体のような構造であったのだ。

 これは、胴体部を一切攻撃に使う意図が皆無であるからこそである。そして内部の中枢中の中枢を万が一にも守れるように考えられていた。


 粘液のような強い伸縮性を持ったクッション材が数百メートルに渡って弱点を包み込んでいるようなものだ。

 しかし、ハークが敵のそういった性質を正確に把握もせずに必殺の間合にまで踏み込む筈がなく、それは相棒の虎丸も全く同じである。


 虎丸の蹴りの衝撃と、引き連れた爆風が胴体部前面、中枢中の中枢を守る有機体混合物を弾き飛ばしていった。

 そして目的を達した虎丸は、後に続く者に道を開けるが如く横に退()く。自らの主人、ハークの為の道である。


 胴体部の球体はその前面50パーセント程が吹き飛ばされており、中心部のガルダイアの頭部から胸元くらいまでが露出していた。

 瞳は上を向いてほとんど白眼で、虎丸が巻き起こした爆風の余波を受けて首は折れそうなほどに後ろの残った有機体混合物へと押しつけられて、めり込みかけている。最弱に位置していても、古龍中の古龍でなくてはこの時点で相当数の骨が砕けていたに違いない。


 とはいえ、悠長にしていれば同じ結果と成りかねない。

 背面の噴射機構で滑るように進みながら、ハークは速度を一切緩めることなく左手を前に突き出し、『天青の太刀』を握る右手を引き絞る。さながら弓を構えるかのような動作は、かつてのハーク抜刀状態最高の一撃の前段階であった。


 現在の持てる力に見合うよう、ハークは新たに得た知識の中から、より相応しき祈りの力を選び出す。


〈ヴァースキ。かつて世界を撹拌したその力を、今こそ我が太刀に宿らせ給え!〉


 祈りは時に力となる。それは、自身が既に人知を超えた存在となっても変わらぬものだ、意外なほどに。


「奥義・『九頭龍(くずりゅう)叢雲穿(むらくもうがち)』!!」


 うねる光をまといし蒼き刃が解き放たれていた。




   ◇ ◇ ◇




 頬に当たる小さな感触に、ガルダイアの意識は僅かながら微睡みより覚醒へと近づいた。しかしまだ、まったく完全ではない。近づいたというだけで目覚めには程遠い状態である。


「あれー? まだ起きないかな?」


「人間形態だと力加減も慣れないでしょ。本気でやっちゃって良いんじゃあない?」


「妾がやろう。代わるのじゃ」


 耳元で騒がしい。

 どれも聞き覚えのある声だった。その内のひとつは、聞いているとどうにも恐怖心を呼び起こされる。何故に眼も醒めぬ内から嫌な気分にさせられなければならないのか、とガルダイアは急速に機嫌を傾けた時であった。


「そろそろ起きぬか、この糞餓鬼め!」


 ブアチーーーン! と、凄まじい衝撃が頬の辺りより伝わった。




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