31 中編16:サージェス
「ぉおおおぉおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアア!!」
ゴッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
再び光の炎柱が発生した。
ハークの喉元の逆鱗装甲内部で魔力が破壊の力へと変換され、全ての弾丸の魔物たちを包む。
が、30体近い弾丸の魔物たちはそんなプロセスなど理解することもなく分解されていき、塵以下の原子へと還っていった。精々が、ハークの仮面にも似た龍人の口元が、バクンと勢い良く上下に開かれた瞬間までしか認識できてはいなかったであろう。
『すっ、すっごーーーーい!! 一発だよ、一瞬だよォ! 今のがハークの『龍魔咆哮』なんだね!?』
ガナハは興奮を隠そうともしていない。
『ここを戦地に選ぶ必要があった訳よね……。あんなもの地上で放った日には、大地の形がまるごと変わるどころか、環境の激変を招きかねないわ』
『待て。宇宙空間でも危険ではないか!? あの方向に星でもなければ良いが……』
アレクサンドリアの懸念通り、1光年分くらいは影響を及ぼしてしまう。とりあえず太陽系内くらいまでは進路上に何も無いことを確認している。
「大丈夫だ。心配の必要はござら……」
「来たぜぇ!」
ハークの言葉を途中で遮って、ヴォルレウスの声が響く。後ろの巨大集合体が4本腕のひとつを振り上げたところであった。
そして振り下ろされる。通常の感覚であれば速いと感じるだろう。中身がスカスカで質量が伴っていないからだ。ただし、軟らかいなどということはなく表面は鉄より硬い。キロ単位の長さの腕の先についた拳が、それ以上の高さから落ちてくる。
どうやら配下を一瞬で全滅させようとも、意に介す精神など持ち合わせてはいないようだ。
『ヴォルレウス、大丈夫なの!?』
「おうよォ! 『昇・星・拳』んん!!」
ヴァージニアは、『避けなくて』、或いは『逃げなくて』大丈夫なのかと聞いたのだが、ヴォルレウスは身体ごと突き上げたアッパーカットで自身のおよそ100倍近い体積を吹き飛ばした。
拳を消失し、それだけではなく腕も元の位置へと押し戻されるが、100年以上前に一度ヴォルレウスと戦った経験を活かしているのか、反動を使って反対側の腕を突き出してくる。
部分的にとはいえ既存の生物と同様の構造を活かしているようだ。
が、迫る全長200メートルの拳に対して立ちはだかる人影がある。
「よっしゃー! 来てみろッスー!」
先程までハークが佇んでいた場所にいたのは虎丸であった。主人の動きに呼応して以心伝心、いつの間にやらポジションチェンジを実行していたのだ。ヴォルレウスを援護しやすい位置に。
「ほいっ!」
虎丸は拳に対して自ら迎え入れるように飛び越し、上を取る。
そして、両の拳を振り被った。
「正中線、七段突きィーーー!!」
一瞬にして、光を伴った七発の連撃が打ち込まれる。
正中線とは人間の身体の真ン中、中央部のことで、則ちそこに集まる急所群をまとめて狙い打ちする空手の技だ。剣術も狙うし狙われるから、ハークも場所は当然に熟知している。
とはいえ、相手は似ているだけで人間体ではないし、そもそも腕は正中線ですらない。単純に手首の辺り、その中心部へ拳を集めただけだろう。
ただし、奇しくも急所であるし、構造的な弱点でもあった。攻撃を受けた個所が弾け飛び、大穴と化して拳が千切れかけ、集合体は慌てたように右前腕を引っ込めた。
だが、左拳、右の拳のつけ根ともに球体型の胴体部より液状のヘドロにしか見えぬ、実際には粒子状の有機体混合物が吹きかけられ、100メートル以上に及ぶそれぞれの欠損部位がすぐさま修復される。見事な速度であった。
『見たか皆の者?』
アレクサンドリアからの『通信』である。まず答えたのはヴァージニアで、次がガナハだった。
『ええ、見たわ』
『大穴開いてたよね』
『どうやら中身は意外にがらんどうのようだな。フン、何とも見かけ倒しではないか。厳めしき言葉を紡いで無理に己を飾り立てようとするところと似て、如何にもあやつらしいわ』
精神に直接届いてくるその言葉は吐き捨てるような調子である。
『そう言えば、どことなくハークに似た言葉遣いよね。……なんか思い出したらイライラしてきたわ』
『ボクも』
何故か、彼女らの内々で勝手に盛り上がってきているのをハークは感じる。
敵意とでも受け取ったのか、ガルダイアを内包する巨大集合体の意識がわずかにアレクサンドリアたちの側へ移動したようであった。
「ふ~~ん。攻撃部位とそれ以外を、明確に分けているんッスね? かなり効率的な構造してるじゃあないッスか」
虎丸が別方向から客観的な評価を下した。攻撃部位とは計4本の腕ということになる。
〈本当に成長したな。……いや、現在もか〉
と、ハークは思う。頼もしく、誇らしい。
「本能と衝動で襲ってきた前回とは違うってコトか。それでよ、ハークどうすんだ?」
「ン?」
急に話が自分へと向けられて、ハークはすぐに反応ができない。別の方向に意識を向けていたからであった。
「さっきの話の続きだよ。結局、ハークとしてはどうしたいんだい?」
「ふむ、そうだな……」
その時、巨大集合体がアクションを起こす。修復したばかりの左手を伸ばしてきたのである。ハークか、その前にいるアレクサンドリアたちをその手に掴もうとしてくるかのようだった。
『ええい! 鬱陶しいわぁっ!!』
加減無く突然アレクサンドリアが『龍魔咆哮』を吐く。続けて、ヴァージニアとガナハも呼応して炎を口内より放射した。
『そういうとこなのよ!』
『邪魔しない!』
3体が放った文句、もとい爆炎が迫る左前腕の掌を包み込んだ。明らかなダメージを与えたようであり、炭化して崩れ去るそれが押し返されていった。
『ハーク殿が今から話そうとするところであろうが! 毎度毎度、話の腰を折るでない!』
『闇の精霊に取り込まれても、そういうとこはホンッッット変わんないのね!』
『ウザイ! ちょっとは落ち着いてよ!』
踏んだり蹴ったりの言われような気がする。
『では、ハーク殿、どうぞ』
アレクサンドリアが促してくれるが、何となく発言し難い。が、それを表に出すのも憚れる雰囲気だ。
「う、うむ。そうだな。まず、儂としては、このまま眼の前の存在を滅するのはいかんと思うておる」
『『え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』』
不満たらたらの、抗議の声がヴァージニアとガナハから発せられた。
どうやらガルダイアという龍はこの2者から実はかなり嫌われていたことが判る。殺さずに、というのはつまり、彼をひとまずは件の首魁であるとは認定することはなく、白か黒かもとりあえずは置いておいて、闇の集合体に囚われた憐れな対象であると仮定し、その身と魂をわざわざ救い出すということを示していた。
要するに、これが面倒だという表明だった。
何だかガルダイアなる龍が、ハークの中で急に気の毒に感じられてきてしまう。
『ガナハもヴァージニアも我慢しておくれ。殺してしまっては事情を聞くこともできぬ。詳細も知らずに幕引きを行うだけでは、どんな禍根を後に残すかも知れぬ、とハーク殿は言っているのだよ』
エルザルドがそう取り成してくれる。が、彼から流れ込んでくる感情もあまり良いものでもない。
『成程。ハーク殿がそういう考えであるならば、妾としては従うのみじゃ。あの愚か者を我が爪でバラバラに引き裂いてやるのは今少し待つとしよう!』
アレクサンドリアまでもがこんなことを言っている。ひょっとしなくとも、ガルダイア=ワジとは龍族一の鼻つまみ者なのではないか、という考えが頭にどうしようもなく浮かんでくるのであった。
『仕方ないね、ヴァージニア』
『そうね。ま、どう転んでも一発くらいは殴っても良いかしら?』
「その辺は任せるよ。……ったく、怖え怖え。しかしよ、ハーク、できるのかい?」
表情を引き締めて訊いてくるヴォルレウスに、ハークは左の口角を上げる。
「やってみせるさ。五体無事は、保証しかねるがな」
この返答に、ヴォルレウスもニヤリと返した。




