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30 中編15:Surges②




『そんな……』


『中身がもしドラゴンだったら、って予想してたけれど、当たるのも嫌なものね』


『妾は寧ろ感心したぞ、ガルダイア! 随分と成長したものだな、自らの手を汚す度胸すら無かった貴様が! 遂に自分で動く覚悟を決めたか!? 偉いぞ褒めて進ぜよう! しかし、我らが前にのこのこ出てくるとは不遜が過ぎるな! その慢心、貴様の命でもって償わせてやろう!』


 ガナハは同じ龍族が黒幕であることにショックを受けているようだ。ある意味当然だろう。敵の首魁であるということは則ち、エルザルドを弑した主犯、或いは共犯以上であるからだ。彼女にとっては相当受け容れ難い事実に違いない。


 一方でヴァージニアとアレクサンドリアには強い衝撃を受けた様子も、躊躇もそれ程感じたようにも視られない。この状況と事態を予測していたに違いない。

 アレクサンドリアなどは、既に闘志を(たぎ)らせている。


 ヴォルレウスは、逆に予測はしていたものの実際の結果に落胆を覚えたのか、一人溜息を吐いていた。


「……ちぇっ。せっかく人間を卒業したってぇのに、結局は同族と相争い合うのか。進歩しねえなァ」


 ハークにもその気持ちは分かった。深く考えると気が滅入るような事実である。しかし、別に考えることもあった。


 残り半数以下となった弾丸の魔物は動きを止めている。

 本体とも目される古龍を内包した超巨大集合体が、ハークとヴォルレウスの背後に現れたお陰で挟み撃ちを受ける形となったが、気に留める者は誰もいない。片側は既に総崩れに近く、脅威度は特に生命の域を超えた者たちからすればほぼゼロであるからだ。かと言って、侮り存在を無視する者もまたいない。


 ヴォルレウスが、ハークの魔力で維持され続けている足場を踏みしめて一歩踏み出す。


「さて、と。まずは俺からやらせてくれないかい? ぶん殴るべき場所は、ちゃあんと残しておくからさ?」


 そして、ブン、と右手を思いっ切り振るう。本気ではないにしても、7~8割の力は籠っているだろう。微風が舞い上がった。


『仕方が無いのう。どちらにせよ、こちらを放ったままというワケにもいかぬか。おい、ヴァージニア。お主の息子は存外、かなり我儘であったのだなぁ?』


『ふふ、確かにそうかもね。私の育て方が悪かった所為かしら?』


 冗談を発するアレクサンドリアと、冗談を冗談で返すヴァージニア。気に逸るかとも思いきや、意外なまでに冷静な2体の様子にハークは改めて心の中で評価する。


「ちぇっ、こっちは育てられた憶えなんぞないっつーの。じゃあ、良いんだね?」


 再度の確認に、ガナハが肯定で返す。


『ウン。気をつけてね、ヴォルレウス』


「ガナハさんもな」


『言った以上、必ず妾たちの分も寄越すのじゃぞ? 同じ冥府に送るとしても、手ずから送ってやらねば気が済まぬわ』


『右に同じくよ。さァ、ガナハ、私たちも行くわよ。とっとと雑魚共を片付けて、エルザルド老の仇を討たなきゃあね』


『……そ、そうだね! 迷ってる場合じゃあない! よし、やろ……』


「待ってくれ」


 ヴァージニアの指摘によってガナハが闘志を取り戻したタイミングに、ハークがそれを邪魔するかのように止める。不可解な言動に皆の視線が集まった。


「どうした、ハーク? 大丈夫だ、最初だけだぜ? 小手調べしてくるだけだよ」


「そっちじゃあない。皆、あれ(・・)が敵の本体で、奴さえ倒せば戦いは終わると考えているようだが、本当にそうと確信しておるのか?」


『む? 確かに。常軌を逸して巨大であるからと、検証を怠っておったな。どうなのだ、ヴォルレウス? あれはお主が考えるところ、敵の首魁たる本体であるのと思っておるのか?』


「ああ、思ってるよ。理由としちゃあ俺も大きさだ。加えて、俺が100年以上前に討ち漏らした闇の集合体、その残りを全て一つにまとめたとすればサイズ的にあれくらいだから、ってのもある」


『ほう。成程、根拠としては強いな』


「そうなんだ。けど、俺には『可能性感知ポテンシャル・センシング』が無い。記憶に頼った普通の推測なんで、精度は保証できないんだよ」


『で、あろうの。逆に妾たちには推測の元となる記憶が無い。と、なると、我らよりも高い次元で『可能性感知ポテンシャル・センシング』を扱えるハーク殿が頼りとなる訳だが、そのハーク殿が懸念を申されておる、ということだな。ハーク殿、どこに疑問が生じたのか仔細を教えてもらえぬか?』


 疑問は当然、とばかりにハークは頷き、返答を開始する。


「うむ。まず疑問に浮かんだのは、何故今の段階で戦力の小出しを止め、本体としてこの場に現れたのかということですな。正直言ってあまりにも実りが無い」


『変わらぬ展開に焦れた、と妾は考えたが、ハーク殿はそうではないと?』


「無論、アレクサンドリア殿がお考えの通りであるのかも知れませぬ。が、これでは下策も下策。無意味に過ぎまする」


『ガルダイアは頭は良いのだけれど、ひどく感情的で短絡的な面があるわ。それを知っているから、特に違和感は抱かなかったのだけれど……』


 ヴァージニアに対して答えるのはエルザルドである。ハークもガルダイアという龍の記憶を得ているが、実体験が伴わない特徴と特色への知識でしかない。

 直接的な接触を経験した者の方が、言葉としても説得力があるに決まっていた。


『ヴァージニアらの考え、至極尤もであろう。我の知るガルダイアの印象も、実に同じようなものよ。だが、地中深く潜む敵の本体と首魁の探知は、今の我とハークであっても困難である。相手方もそれが解っていたからこそ戦力の小出しという下手を、敢えて打っていたと我らは考えているのだよ』


 この言葉には一つ、明確な嘘が紛れ込ませてあったが、ハークは指摘しない。エルザルドがそのまま続けるに任せた。


『更に言えば、戦力の小出しというのは戦略上の下策も下策であれど、他に別の目的がある場合にはまったく別の評価に覆ることもある』


『つまりエルザルド爺ちゃんからすると、どうにもちぐはぐ(・・・・)でしっくりこないんだね?』


『そうじゃ、ガナハ。納得がいかん。そもそも黒幕と目される存在は、今日この日まで人間種の国同士の小さな争いとして我らに誤った認識と印象を与え、それを隠れ蓑としてずっと我ら龍族の関心が寄らぬように、特にヴォルレウスの眼に留まらぬよう暗躍を続けてきた経緯がある。この期間は最短でも30年、最長ならばヴォルレウスが世間から己が姿を隠した頃より100年以上の長期に及ぶ。これだけの長期間、順調に、慎重に事を進めてきた手腕に、感情的や短絡的、堪え性が無いなどのガルダイアの特徴が、果たして当て嵌まるであろうか? 我が感じるのは、恐ろしいほどの頭脳明晰さ、計算高さ、そして冷徹さだ』


『確かに、そうじゃな。執念すら感じそうじゃわい』


「だが、眼の前の龍から、儂はそれらを感じない。感じるのは、痛み、苦しみ、恐怖と悲しみ、そして絶望だ」


 ハークは再び赤銅色の龍首に注視する。

 他の者たちには狂気に捉われ、これから自らが起こす嗜虐と惨劇に心躍らせる獣の笑みと視えているのだろう。


 だが、根が人間であるハークには別の表情と感じられて仕方がない。

 具体的に言うならば絶望し、諦めの極致に達した者が見せる泣き笑いの表情であった。

 人は、最早自分ではどうにもならぬ状況に追い詰められ、破滅を覚悟するしかない状況で、あのような獣の表情を晒す時がある。


『痛み苦しみはともかく、恐怖とか絶望とかは、自分が思ったようにはいかずに取りこむつもりが逆に取りこまれようとしているからじゃあない?』


「だとしたら、悲しむのはおかしいであろう?」


『自分のあまりの浅はかさに、自分で自分を哀れんでいるんじゃあないのかしら?』


 どうにもヴァージニアはガルダイアに対して辛辣だ。元から嫌っていることが関係しているのだろう。

 彼女の言い様に軽く吹き出しそうになったが、時を同じくしてガルダイアの眼がぐるんと上に向いて白眼となり、再度、闇の集合体の内部へと収まっていく。

 戦闘態勢への移行と思われた。


「お話の時間は終わりか。では、儂らも遊びの時間は終わりとしよう。まずは後顧の憂いを断たせていただく!」


 ハークはそう言うと、ちょこんと足を出すように跳ぶ。たったそれだけで、彼の身体は龍族3人娘の先頭に位置取るアレクサンドリアの更に前方、残りの弾丸の魔物たちの眼前へと移動していた。





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