27 中編12:バレット・モンスター
凄まじい速度で上昇している。無論、こちらに向かってきているのだ。
この時点で先の、半液体半固形物のような敵とは全くの別物であるとハークは悟る。速度だけなら一方向のみとはいえ、虎丸の最高時速にも迫る勢いであるからだ。
速度、というか加速度が一定の数値を超えると物体にかかる負荷も飛躍的に高まり、耐えられるだけの硬さ、則ちある程度以上の頑強度、硬度が必要となってくる。
ハークもただのエルフだった頃はかなり苦労させられたものだ。片方の眼が潰れ、失明しかけたこともあったくらいである。これと同じように、脆くては潰れて変形、果ては爆散してしまう。
故に、前回の柔らかい有機体混合物では、ここまで辿り着く前には自壊することだろう。
視界を一部拡大してみる。速度のせいでブレて詳細まではつかめないが、まるで槍の先端部かのような形状をしていた。
ハークは噴火の影響による津波が沿岸部に被害を及ぼさないようまたもや極小とし、全く同時に、全員が今足場としている空気断層の強度を上げる。
後者は簡単だった。分厚く、多層にしてやれば良い。比べて前者は面倒である。大小様々な波をぶつけて、相殺してやらねばならなかった。そのために幾つかの海底を隆起、或いは陥没させる。今よりも更に文明の進んだ後々の世で、未来の地質学者たちは不自然な浮き沈みの痕跡を発見したとしても原因が解らず、揃って首をひねることになるかも知れない。
行っておくべき下準備を終えると、ハークは自身の肉体を龍人のそれへと形態変化させる。まず成人の状態となり、それから髪飾りや籠手、脛当てなどの硬質なものの内に収容させてあった龍麟を展開。ただの金属とはまた別の硬質な音を奏でつつ、鎧を形成しハークの身体を包み込む。
視線を自身のすぐ左に移動させると、今まで話の邪魔にならぬようにとずっと無言に直立不動であった虎丸が、やっと自分の出番とばかりに可愛らしい顔に好戦的な笑みを浮かべて、右腕をぐるぐると回しつつ首をぐりぐりと捻っている。
どうやら記憶にあるフーゲインの行動を真似ているようだ。それか、獣の肉体と違い人間の身体は動かし方によって音が鳴るので単純に面白がっているのかも知れない。
右隣のヴォルレウスは龍人形態への変化が既に完了した。
ほぼ同時に形状変化を始めたにもかかわらずヴォルレウスの方が早いのには、ハークが成人への急速成長という一工程を間に挟むからだけではない。ヴォルレウスが自身の分厚い表皮を直接物質変換させて龍麟の鎧と変えるからである。
言わば、外皮がそのまま置き換わったということだ。ハークも展開が終わった龍麟鎧を表皮と癒着させ、その後一体化させるので結果では大差ないが。
「来たよ!」
ガナハの言葉が合図となって、龍族3人娘たちも戦闘形態である元の姿へと一斉に戻り始めた。
敵性存在の確認がハーク達よりも若干遅れたのは仕方が無い。ここは地球の大気外と言っても良い場所だ。自らの勢力圏内よりも広大な索敵範囲など必要ないであろう。
全員が戦闘形態へと変わったところで敵の第一陣が到着、一切減速することなく突っ込んできた。強固な外殻を活かし、虎丸の障壁を貫通してくる。
『わっ!? って、えっ!?』
『ハークの、空気断層?』
が、ハークがあらかじめ強化してあった足場に止められる。
『おおっ! ビクともせんとは、何たる強靭さ! 実に心強いものよ! さすがじゃ!』
「全くその通りッス! 龍族のおねーさん、気が合うッスね!」
微動だにしなかったのは、万一破られることの無いよう硬さよりも衝撃吸収面での柔らかさに重きを置いたからである。その証拠に超高速で突っ込んできた敵の躰も全くの無事だった。これぞ真なる空気袋といった様相ではあるが、今やこの程度の芸当はハークよりも虎丸の方が簡単にこなせるだろう。
〈何故に突然、アレクサンドリアと虎丸が意気投合しておるのだ?〉
片方が龍の姿に戻っていなければ、そのまま手を握り合うか、お互いの手と手を打ち合わせていたに違いなかった様子に、どこか懐かしい微笑ましさも想起させられる。
この無条件に近い全肯定感は、シアとヴィラデルのものよりもアルティナとリィズに近い感じがあった。
とはいえ、悠長に昔の記憶に浸っているばかりではいられない。敵の第2陣が到着しつつあった。
ハークは最も手前の断層を残し、それ以外を前に出すことで全てを受け止める。
下より撃ち出された全ての動きを一度止めたところで、更に前へと押し出して間合いを離した。
予想通り、先程の尖兵とはまるで違う姿をしている。流線形の強固な外殻に包まれているのが実に奇妙奇天烈だった。
「何だありゃあ。まるでデカい弾丸……弾丸の魔物だな」
『言い得て妙じゃのう。30体はおるな』
「よし、ヴォルの案を採用しよう。今から眼前の敵を『弾丸の魔物』と呼ぶことにする」
「え? 安直過ぎねえか?」
言った本人が自ら苦言を呈するが、後の祭りである。
『イイネ! 解り易さは大事だよ!』
『私もそれで良いわ』
彼以外の賛同によって採決が下る。
ヴォルレウスが如何にも「え~……」と言いたげな表情をしているのが見えた。本当に彼は龍人形態でも表情の変化が解り易い。顔面を包む甲殻が薄い、軟らかいといったことはない筈だが、パーツごとにハークのものよりもずっと細かく分かたれているのだろう。ハークの場合は両眼の部分や、口の開閉に連動するくらいである。
「お?」
すると、断層の向こうの30体もの弾丸の魔物たちの表面がピシリと、音こそ聴こえないが綺麗な8等分に亀裂が奔った。
次いで分割され、開かれていく。
「何だ? ……虫?」
ヴォルレウスの呟き通り、内部から出てきたのは虫のようなフォルムであった。翅と脚に当たる部分がそれぞれに独立したフレキシブル・アームのようになっており、先端部に巨大なツルハシにも似た爪を備えている。これを8つ寄り合わせることで、弾丸かのような外殻を築いていたのだ。
内から現れた本体だけを見ると、まるで蝗そっくりである。
『やっぱり別の名前が良かったかしらね。ヴォルレウス?』
無責任に尋ねたのはヴァージニアである。
「知らねえよ。しかし今度はイナゴの姿か。やっぱ終末戦争を模してやがるのかな、ハーク?」
「解らんな。だが、もしヴォルの予測が正しいとすれば、そ奴は相当、人間種に詳しい筈だ。古い歴史まで含めてもな」
『じゃあ……、敵の首魁は人間種?』
『いや、ガナハ。そうとは限らんぞ。今の人間種はごく一部を除き、旧世界の歴史までは憶えておらん。エルフでも伝承として伝わっておるのみで、終末思想にまで精通しておるのは本当に限られた者だけだ。我ら龍族の方がまだ詳しいだろう』
前の文明が滅び、直接的な子孫が生き延びていたとしても一万年が経てばこういうこともある。
特に人間種の多くは魔族に支配され、後にそこから脱した後も長期に渡る戦争で、度重なる彼らからの脅威につい近年まで対抗し続けていた。これら過程で形ある記録の全ては失われたのだろう。
もし口伝として残っていたとしても、証拠となる地表の遺跡群は当時の酸性雨を始めとした異常気象によって根こそぎ失われている。
以前にも述べたが、根拠のない歴史は伝説や神話の類として残れば良い方なのだ。運が悪ければ与太話として、誰からも忘れ去られてしまう。
『……だとすると……、大分絞られてくるかしらね』
『そうだね。って、うわっ!?』
ガナハが悲鳴を上げたのは、弾丸の魔物の頭部、その顔面をまじまじと見てしまったからであった。
気持ちは良くハークも解る。眼に当たる複眼の一つ一つが哺乳類と同様の眼球なのだ。それが動きもバラバラに、ギョロギョロと動いている。いや、蠢いていると表現する方が正しい。
恐らく自分らが何故に特攻を阻まれ、しかも押し戻されたかが解っていないのだろう。
〈あの8つの爪のような部分には感覚が無いのだな。だから解らないのだ〉
しかし、ハークの空気断層も高密度過ぎて隠匿性が無いに等しい。元から隠そうとも考えていなかった。阻むものを見つけた敵が、一斉に彼らからすると上を向く。
来るか、と思ったところで30体の弾丸の悪魔が急速上昇する。
山なりにハークの空気断層を超え、上から一気に襲いかかろうとする算段だ。
が、遅い。
いや、地上の生物群からしたら勿論速いのだが、つい先程の初撃と比べて随分と遅かった。
恐らくは最初の奇襲に全てを持ってきたと考えられる。倒せなくともそこで多大なダメージを与えられればということだろう。
ここで他に先んじて逸早く迎撃に飛び立つ姿があった。
紅蓮の龍。
アレクサンドリアである。
『さっきはよくぞ妾に手を出してくれたのう! 悪いが貴様らで意趣返しをさせてもらうぞ!』
加減の無い飛行が、在りし日のガナハに迫る速度を生み、見る間に攻撃範囲にまで肉薄していた。
『『龍爪斬』ー!!』
鋭利なる闘気をまとった爪が、触れずに敵を易々と斬り裂いた。




