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26 中編11:Strength Of Strings




 眩い光を伴う拳が一直線に向かって進んでいく。阻む全てを粉と変えつつ。

 目標に辿り着いた瞬間、ヴォルレウスは右腕に宿る光を爆裂させた。


「この子たちにへばりつき、寄生する怨念よ! 消え去れ! そして二度とこの子たちに近づくなぁ!」


 ヴォルレウスの渾身の一撃によって、闇の精霊、集合体との結合が消滅する。


 繋がりを解かれた幼子たちの魂は、最も巨大な中心を元にして身を寄せ合う。そして一つへ溶け合い、融合し、最後には一人の少女に変化した。




   ◇ ◇ ◇




「ところでサ」


 最早すべてを語り終えた態の感じを、全面に醸し出すハークにヴァージニアが多少遠慮がちに声をかけた。

 ちなみにだが、ハークは先程まで詳細、己の能力で導き出したシミュレートの結果を、何一つ彼女たちに伝えてはいない。


「いくつか疑問があるのだけれど……」


 まぁ、そうだろうなとハークも思う。当然の話だ。


「妾もじゃ」


「ボクも」


 アレクサンドリアとガナハもヴァージニアにすぐさま同調してきた。

 内心、ハークはこれも当たり前のことだと納得している。順にどうぞ、と言わんばかりに顎を引いて頷いた。


「百年以上前にヴォルレウスが討伐したっていうのに、何故未だに、あんな大量な数の敵が残っているの?」


 アレクサンドリアとガナハも、我が意を得たとばかりに首を縦に振った。どうやら第一の疑問は皆同じようだ。


「答えよう。原因は、敵が単体ではなく、群生体だからだ」


 我ながら言葉足らずと思ったが、さすがに龍族である。無用な気遣いでもあったようで、三者三様の、あーなるほど言われてみれば、という表情へと順々に変わっていく。


「そっか。一度討滅して終わりじゃあなかったってことだね」


「そういうことだよ、ガナハ殿。ヴォルレウスによって打倒された闇の集合体だが、実際に最後の最後で消滅させれたのは、その中枢部のみ。全てを滅した訳じゃあない」


 闇の集合体の性質、生態を簡潔に説明しようとすれば、ハークなら(ハチ)(アリ)を例に挙げるだろう。

 特に蜂は、一つの巣で一個の生命体のような種である。群れの中心である女王蜂が繁殖と移動などの意思決定を担い、働き蜂たちは手足に徹する。女王蜂が死に、もし更に次代の女王候補の幼虫も死滅してしまった場合、働き蜂たちがどれだけ生き残っていてもその巣に存在する群れの未来は無くなってしまう。全滅確定と言える。


 群生としての闇の集合体は、これにそっくりだ。中枢を失うと、互いの存在と存在を融合させることができなくなる。認識し合い、集団的な意思決定が不可能となってしまうからだった。


 こうなると、闇の精霊であろうと集合体であろうと脅威はほぼ無いに等しい。個々にできることなど、本当に限られているからである。


「ん? と、すると、ヴォルレウスは今回の事態を見越しておったのか?」


 アレクサンドリアからこういう疑問が出るのも無理からぬものと言えよう。が、実際には必要無い懸念の筈である。


「いや、そんなことは……」


 きちんと説明しようとして、言葉を紡ぎかけたハークの右肩に優しく手が置かれた。ヴォルレウスである。


「ここまで説明代わってくれてありがとよ、ハーク。けど、こっから先は自分で話すぜ」


「む、そうか」


 ハークに否やは無い。大人しく譲る。ここからは、他人が話すとどうしても擁護のように聞こえてしまうからであった。


「確かに、今回の事態は俺の所為かも知れない。だが、俺が見る限り、あの時点でもう奴らに脅威は感じなかった。中枢を失い、細かく分裂し過ぎちまって、もう何か事を起こせるサイズじゃあなくなったからさ」


「確かに精霊は単体では何もできん。複数が寄り集まってこそ、であったな。しかし、時が経てば再び元の集合体へと戻ることは、その時点でも予測しなかったのか?」


 ヴォルレウスは首を横に強く振る。


「しなかったですね。早い話が、そもそも他者を拒否して全てを己のモノに、っていう性質を持った連中が一つの群生体として寄り合っていること自体が、俺の眼から視りゃあおかしかったですから。長い時間交戦してみて解りましたが、中枢という部位が形成されたことすら、どうやら偶然中の偶然。そいつを奪っちまえば、二度と同じ状況にはならないと判断しましたよ」


「なるほど、そういうことか」


 アレクサンドリアがヴォルレウスの主張に納得を表し頷く。


「ねぇ、でもさ、精霊は寿命の無い存在でしょ? いつかは、って思わなかったの?」


 次の疑問を呈したのはガナハである。


「いや、確かに精霊に寿命は無いが、そのエネルギー源である魂には、寿命……じゃあないな。何て言ったら良いのかな……」


『消費期限で良かろう』


 エルザルドが助け舟を出す。


「おお、それそれ! それがあるんだよ!」


「ショウヒキゲン?」


 上手いたとえだとヴォルレウスは評価したが、ガナハにはイマイチぴんときていないようで彼女は首を傾げた。

 見かねて、というほどでもないが、ここでハークも助け舟に加わる。


「激しい怒りがあまり長続きせぬように、強過ぎる怨念もやがては薄れる。魂だけとなれば、尚更なのだよ。記憶を保有する器官である肉体を既に失っているのだから、そのうち何に対して怨みを抱いていたのかさえも忘れゆく」


「へ~、そういうものなんだね」


「うむ。それに、儂が前世に生まれ育った国では、強い怨みを抱き都に祟りをもたらした存在さえ、時を経れば学問の神として祀られるし、遠い地で悪神とされた神がいつのまにやら仏という人間にとって善なる存在の将へと裏返ることもある」


「ほう。面白い思想じゃな」


 アレクサンドリアが興味深げである。確かに、善なる神が悪魔や病を象徴する存在へと堕とされるのは山ほど聞くが、逆は少ない。地域で考えると微々たるものだ。


「つまり、時間と共に闇の精霊の脅威も完全に無くなる。ヴォルレウスはそう考えていたのね?」


 最後にまとめたのは、ヴォルレウスの母であるヴァージニアであった。


「そうだよ。けど、さっきのが現れたってことは……」


「ヴォルレウスの予測が外れたってコト? それとも……」


 ヴァージニアの視線がハークに向かう。正確にはハークと彼の一部であるエルザルドに、である。他の面々も彼女に続く。

 視線が一点に集まったところで、ハークは否定の意味で首を横に振った。


「ヴォルレウスの予測は間違っていない」


『普通に状況が推移すれば、闇の精霊の脅威は数百年後にこの世から消え去る筈であった』


「っていうコトは、何かイレギュラーな事態が生じたか……」


「……何者かが発生させたか、だよね」


「うむ。十中八九、後者であろう」


 アレクサンドリアがそのまま続ける。


「しかし、何者かが中枢の代わりとなって、闇の集合体とやらに意思を植えつけているとしても、既にマトモな状態とはとても思えん。先程、妾も取りこまれかけて解ったが、人間種では入れ物の肉体ごと崩壊するであろう。妾たちのような龍族であっても精神が到底持たぬ。数時間後には精神に異常をきたすに違いない」


「アレクサンドリアでもそうなのね」


「うむ。絶え間なく、洪水のような感情に襲われて、脳が焼かれるかのようであった」


 アレクサンドリアの感想は正しいものであろうとハークは思う。実際、彼女が闇の精霊からの浸食を受けた際に多くの脳細胞が破壊されていた。人間種の、龍族に比べれば遥かに脆弱な肉体では受け止め切れまい。


「ぬ」


 ここでハークは視線を足下の方向に、眼下に広がる地球の大地に顔ごと視線を向けた。


「おっ」


 時を同じくして、ヴォルレウスも同様の方向へと視線と顔を向ける。


「どうしたの? ハーク、ヴォルレウス?」


 ガナハが尋ねる。


「どうやら、ゆったりと話し合うには、ここまでが限界のようだな」


「新手か」


 理知的で穏やかそうであったアレクサンドリアの表情が、野性的なそれへと瞬く間に変化していった。牙を剥くような印象を受ける。


「ちっ。ま、しょうがねえ。ここまで話し合えただけでも上々か」


 ヴォルレウスが、太い右腕をぶるんと振るった。


「そうだね、随分とかかったよね。もしかして敵さん、話が一段落つくまで待っていてくれたのかな?」


「それこそまさかでしょ。用意に時間が必要だった、とかじゃない?」


 ハークも、ガナハの後に続いたヴァージニアの説に内心同意する。

 真下の地球からは、先程と全く同じく孤島の火山が噴火するものの、何かが伸びて来るのではなく、射出されていた。





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