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25 中編10:Dragonian’s Reversal




「邪魔をするな!」


 後ろ蹴りで吹っ飛ばし、手刀打ちで斬り裂き、回し蹴りで弾き飛ばし、鉄槌打ちで文字通り打ち砕く。

 4連撃で迫る触手を次々破壊していくが、更に追加で出現したものが一瞬でヴォルレウスを取り囲んだ。


「むんッ! 疾風ッ・星空脚ぅッ!!」


 暴風を伴う旋風脚が、彼に迫る全てを弾き飛ばし、粉砕した。

 しかし同時に、次弾を装填されるが如くに闇の集合体の表面で再生成されていく触手の量たるやまた凄まじい。ヴォルレウスをもってしても、数える気すら起こらぬほどだった。


(焦っているのか?)


 自問自答ではあるものの、己が、の問いではない。相手が、であった。


 明確な攻撃部位たる触手の苗床、且つ発端でもある敵表面に、前後だけでなく上下左右グルリと囲まれている状況で、今は集合体とはいえ内部に入り込んでいるのだから、先程までの一方向と量が桁違いであっても当然の話ではある。

 にもかかわらず、ヴォルレウスは違和感を抱く。突撃の際、事前に予測していた攻撃量と数が違い過ぎたためであった。


 ヴォルレウスは、受け継いだ龍の血が半分であるがゆえに、龍言語魔法の最終到達点である『可能性感知ポテンシャル・センシング』までは習得できていない。

 しかしながら、前提条件の『仮想領域作成クリエイション・イマジネーション・エリア』は高いレベルで使いこなせており、他の古龍に比べて演算能力が極端に劣るほどでもなかった。実際、現在のハークが、前述の最終到達点を使用して計算したものと数はそれほど大きくは違っていない。


「サイクロンッ! クローズラインッッ!!」


 確証を得るべく、ヴォルレウスは剛腕での竜巻を発生させ、再び周囲の触手を全滅させる。次いで改めて新しい触手の発生元に注視すれば、明らかに再作成速度、頻度が急上昇していた。


(やはり、焦っていやがるか! だとすれば、先程の妙な反応のあった場所が中枢部でまず間違いは無いな!)


 確信があった。場所的にも現在、ヴォルレウスが侵入している位置は闇の集合体のど真ん中、中心である。

 仮に弱点、例えばそこを傷つけられるまたは破壊されることで全体が長時間の機能不全に陥る、もしくは群生体としての結合が維持できなくなるなどの言わば心臓部に当たる部位が闇の集合体に存在するとして、その場所を自身の中心へと据えずに奇をてらう者は数少ない。よほど身の程知らずの愚か者か、或いは相当なブラフと小細工に長けた者であろう。


 ハマれば非常に有効、相手をするにとっては厄介であろうが、自身で己の大弱点を守り切る力が無いと認めているようなものでもある。バレてしまえば自衛も適わぬと悪手になりかねない。


 闇の集合体は当然のように自分で己の身を守る力を有し、群生体であるがゆえに積極的に小細工を弄する状況にもない。確信に至る条件は揃っていた。


「サイクローーーーン・チョップッ!! か、ら、のぉおおお!」


 判明したならば、もう迷う必要も無い。


「バァーーーーーニング・ナックルーーーーーー!!」


 一直線に進もうとするヴォルレウスの狙いに気づいたのか、阻もうとするも遅い。燃える拳が脆い防御の全てを打ち崩し、ひたすらに前進していく。


 言葉だけで通じないのなら、直接触れ合い伝えるまでだとばかりに間合いを急激に詰める。

 しかし、ここで明確な、来ないで、という拒絶の意思を感じた。次いでヴォルレウス正面の壁から、先端部が広げた手の平状に変化した触手、言うなれば触腕が大量に生成されていく。


「ぬうッ!?」


 自身を押し戻そうとするかのように突き出されるそれを、ヴォルレウスは躱しつつも先に進むが、さすがに全てを避けきることはできずに一本が直撃コースとなる。

 打ち払うべき、という考えも頭に浮かんだものの、彼はあろうことか己の顔面でその触腕を受け止めた。

 通常の生物ならば弾き飛ばされるどころか爆散する衝撃を受けようとも、彼は決して後には引かない。それどころか痛みすら表に出さず、優しく語りかけた。


「大丈夫だ。俺は君らを傷つけたりは、絶対にしない」


 声が届いたのか、はたまたヴォルレウスが放つ不退転の決意と気合に子供たちの魂が気圧されたのかは判らない。ハークが今現在の能力で探ってみても、完全には判然としないくらいであった。

 しかし確かにその時、前方の触腕たちは僅かに退き、ヴォルレウスに道を開ける形となった。

 時間的には瞬き1つにも満たぬ正に一瞬であろうとも、彼にとっては無人の荒野を行くが如し。目標地点の中枢中の中枢に到達する。指先で優しく触れながら、自らが胸襟を開いて心と心を通わせ合った。


 流れ込んでくる哀しくて重い記憶。


(くっ、これはツラいな……)


 百年をかけたタッチが伝えたもの。それは時代も国も地域も、大陸さえ別の、無数の小さな子供の魂と無念であった。

 その中でひときわ巨大かつ、物理的な重ささえ感じるほどの記憶が伝わってきた。


 遠い遠い、原初の昔。まだ言葉というものはもちろん、知恵や、心という概念すら存在もしない頃、動物、獣からヒトへの進化が少しだけ早く行われてしまった女の子が産まれた。

 彼女はその進歩性ゆえに、親からも気味悪がられ、疎まれ、住居である洞窟の奥に一人打ち捨てられることになる。


 空腹で寒く、喉の渇きが逆に焼ける痛みさえ伴った。同じく産まれた兄弟姉妹たちは可愛がられているのにどうして、と考える心と知恵を持って産まれたことが彼女最大の不運だったに違いない。自分の何が悪かったのか、と。


「何も悪くなどあるか!!」


 閉じこもった意識を斬り裂く声が届いた。

 耳も、それどころか肉体さえ無い彼女の意識が顔を上げる。その視界の先に、大きな手の平が突き出されていた。

 不思議な感覚だった。その手を見るたびにずっと彼女を苛み続けていた飢餓感や寂寥感、そして凍える寒さが薄まっていくのである。


 この手を取れ。こう言っているかのようだった。

 手を伸ばす。あたたかいほうへ。あんしんできるほうへ。


 掴んだ。

 引き上げようとして、ヴォルレウスの意識は急に現実へと戻される。

 自身の肉体を闇の集合体から突き出た触手が、巨大蛇が無数に絡まるかのように巻きついていた。


「邪魔をするなと、言っているだろうがこの怨念共がぁアアア!!」


 ただし、今更こうなったヴォルレウスを止める術など無かった。彼は右腕を中枢の中枢に突き入れた体勢のまま、残る左腕で強引に拘束を引き千切っていく。

 ブチブチと音を立ててヴォルレウスの身体から次々と引き剥がされていく触手。だが、ヴォルレウスの方も右の指先に確かに掴んだ感覚を失っていた。


「クソッ! もっと深層まで連れていきやがったな! だが、諦めねえぞ! 父親ってのはなァ、くどいんだよ! 濃いんだよ! 暑苦しいんだよ! そんでもってなァ、しつこいんだぁあああああ!!」


 引き離された右腕を再度突き入れようとした瞬間であった。まるで根負けしたように子供たちの意識を投影した触腕の一部が、人差し指に似た部位だけを突き出し、ある一点を指し示した。

 その箇所こそ、中枢部とその周りの怨念体を繋ぎ、支配下に置き、縛りつけるためのものであるとヴォルレウスは気づく。


「そ、こ、かぁああああああああああああああああああああ!!」


 ヴォルレウスは利き腕の右を力の限り引き絞った。


「シャアアアアアアァーーーーーーーーーーーイニング・ナッコーーーーーーーーーーーオオオオオオオオオオオオオオ!!」





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