23 中編08:Reversal②
「こうして、妾らの元にも協力の要請が届いた訳じゃな」
「ようやく、ね」
ヴァージニアから、やや辛辣な眼差しがヴォルレウスに向かって送られる。
恐らくは助力を求める判断が遅い、または求めるなら求めるで何故自分が最初ではなかったのかという不満の表れだろう。肝心のヴォルレウスは明後日の方向を向き、無視を決め込んでいる。
実は当時のヴォルレウスは、まだ彼女のことを知らなかった。
正確に言えば、理性の無い暴れ龍であった頃より復活して以来会っていない。ヴァージニアが自身の生みの親であることさえ、知る由も無かった。
従って、ヴォルレウスが責められる謂れも在りはしない。が、ヴァージニアからすれば、言い分の一つも無くもなかった。
というのも、龍族は成体を超えてからもなお成長し、やがては龍言語魔法の究極である『可能性感知』を習得する。そうすれば自ずから、自身の出生を検知することができる。
独力で答えに辿り着くのは重要だ。例えば他者に教わるものと違って、騙されているのかなどと疑ってみるような余地もない。無駄な時間に心を苛まれる必要も無いから健全でもあるし、成長にも繋がるだろう。
しかし、ヴォルレウスは遂に『可能性感知』を習得できなかった。それこそ半分ほど混ざった鬼族の血が所以なのだが、ヴァージニアにとっては些か不条理な誤算であったのだ。人の世に生きたヴォルレウスに対し、既に成体のドラゴンであった彼女の干渉は逆に邪魔になると考えた末の行動だった。お陰で我が子に対する自身の役割を、エルザルドに完全に奪われた形となっていたとも言える。
「それにしても、地球が太陽の周りを50回まわる間、ずっと戦い続けるなんてスゴイよね。ボクなんかだと絶対無理だよ」
ガナハが漂う微妙な空気を察知したのか、或いは単純に己の語りたいことを語り出しただけなのかは表情からも判別できないが、彼女の発言のおかげで話の流れが変わった。
「まぁの、妾も無理じゃ。精々が一週間といったところじゃろうな。その前に飽きるかも知れん」
アレクサンドリアの忌憚のない意見に、ヴァージニアの拗ねたような表情も元の和やかなものに戻る。
「フフッ、そうね。私では3日かな。飽きるという意味でもね」
「飽きる飽きないは別として……」
総評するかのような口調で話し始めたハークに、ドラゴン娘たちの視線が再び集まる。彼女たちの眼差しには程度の違いこそあれ、一様に期待感が籠められていた。
「……ヴォルレウスが常軌を逸した年月を戦い続けられたのは、龍族と鬼族、この2種の血が効果的に混ざり合った結果なのは明白だ。が、中でも有効に働いたのは鬼族側の、魔法が一切飛ばないという特性の部分であろうな」
「え……?」
「巨大な敵に対し一番の不利な要素かとも思ったけれど、違うの?」
不思議そうな声を上げたガナハとヴァージニア。一方でアレクサンドリアの視線はより真剣みを増す。
ハークは肯いた。
「ああ。力を放出できないということは、広範囲の攻撃を行えないということになるが、これ則ち、力を無駄にバラまかないことにも繋がるものだよ」
「ほう、なるほど……。広範囲を、または離れたところを攻撃しようとすれば、威力は加速度的に伸ばせるとしても、さすがに直接攻撃には効率的に劣るということじゃな」
「うむ。距離によっては空気抵抗などで減衰し、目標到達前に拡散もする。更に全てが当たる訳でもござらん。逆に当然、近寄れば近寄るほどに被弾率も増えることになりまする」
「確かに。危険度を度外視することのできるヴォルレウスの異常な頑強さがあればこそか。妾であれば決着を早めようと最大火力を連発しかねんが、そういった力押しの手合が元から取れぬというのも、ひいては継戦能力に直結することに繋がるのじゃな。放てぬ、というのもそこまで考えれば存外悪い面だけではない、か」
自身の解説を完璧に近く補足できるアレクサンドリアの察しの良さに、ハークは内心で感心しつつも続きを述べる。
「あくまでも多角的に考えれば、ですがの。大火力の広範囲攻撃で押し切れるのであれば押し切ってしまえば良いこともありまする。ヴォルレウスの場合、攻撃を受けてもある程度耐え切れる、或いは躱すことのできる前提があればこそ。もう一つ付け加えれば、これは鬼の特性の一部というか、近接攻撃スキルの隠れた特性も関係してくる」
「近接攻撃スキルの?」
今の世界で近接攻撃の源流の一つを造り上げたヴァージニアが、中でも興味深げに鸚鵡返した。
「エルフ族の先天スキルである『精霊視』があると解るのだが、近接攻撃スキルは放った直後に、本当にわずかながら威力に変換し切れなかった余剰魔法力が空間に漂う。これは再吸収することも可能であるのだが、鬼族はこの割合が高い」
「え? そうだったの?」
「本当に微々たる量であるから、気づかぬのも無理はない。だが、長期戦と頻度によっては馬鹿にならぬ影響がある。これは魔法には無い特性だ」
「魔法には無い? どうして?」
首を傾げて質問するガナハに対し、答えを返したのはハークではなくヴァージニアだった。
「そっか! 元々が自分の魔法力だからね!」
ご明察、とばかりにハークはにこやかに肯く。
「む? 待つのじゃ。それだと魔法の場合でも、条件は同じではないか?」
「それが違うのよ、アレクサンドリア。魔法は発動の際に、周囲の精霊に対し魔法力を供給することで意思と共に事象改変を促しているわ。言わば、スターターの役割しか果たしていないの」
「おお、そうであったな。つまり魔法で放たれた魔力は、余剰分が発生しようとも術者由来の魔法力とは別のものへと変化しており、再び戻る条件に無いということか」
「魔法なら距離的にも離れているだろうしね」
次々と正答を言い当てられて、ハークも舌を巻く思いだ。
3人寄れば文殊の言葉が脳裏に自然と浮かびつつ、最後の補足を行う。
「ガナハの言う通り、物理的に離れていれば再吸収もし難い。その点で言うと鬼族の血をひいているヴォルレウスの攻撃は至近距離のみだ。そして、鬼族の飛ばせぬ魔法力は肉体強化との強烈な親和性を表してもいる」
「つまり、強く引かれ合っていると?」
「そうだ。ヴァージニア」
「なるほど、ね。ありがと。ハークのおかげヴォルレウスの理不尽なタフネスさの秘密の一端が解けた気がするわ」
「そうじゃのお」
今度は龍族3人娘の視線が、一様にヴォルレウスへと向かった。
遂にはヴォルレウスも我関せずと無視し続ける訳にもいかず、不精不精口を開く。
「俺のことはもういいじゃあないか。そろそろ話を先に進めてくれよ、エルザルド、ハーク」
頼まれては仕方ない、とハークは己の分身へと話を振る。
「だ、そうだぞ、エルザルド」
『了解した。我の呼びかけに応じ、事情を理解して次々と同族たちも協力を了承してくれた。今ここにいるアレクサンドリア、ガナハ、ヴァージニアも、最初期に協力を表明してくれた者たちだ』
「ボクたち龍族も、回数は少ないながらも何度か協力してことに当たることもあったけれど、あの時ほど大規模だったこともないよね」
「そうじゃな。結果的にはほぼ全ての古龍が参加することになったからのう。最後まで協力を拒んだのは、ガルダイアやロンドニアなど逆に数えるほどしかいなかったくらいじゃ。ま、ロンドニアの場合は仕方ないがの」
「あら、それでも混乱する周辺国の状勢に対し、それとなく神託を使って軍を押し留めて、参戦しないよう促してくれたわ。影響は少ないけれど、何もしていなかった訳でもないと思うわよ」
「イロイロやったよね。睨み合う両軍の間に地形をいじって川を流したり、谷を作ったり……」
ガナハが過激な告白をする。
「妾は国と国の争いの元となる砦を、一晩のうちに消し飛ばしてやったこともあったわ」
「果ては火山を噴火させて内乱を止めたこともあったわね。溶岩を調節するのが手間だったわ」




