19 中編04:元凶
それから更に同じようなことが4、5回あった。結果は大同小異とはいかなかったが。王朝が入れ替わっただけだったり、国が分裂、或いは他者や他国に丸ごと支配されてしまったところもあった。
しかし、収穫もあった。3度目か4度目の頃だ。
黒い靄に似た不可思議な集合体。闇の精霊の姿がハッキリと眼に見えるようになったのである。
◇ ◇ ◇
「ほう」
ハークのゆるりとした声音が虎丸の限定空間内部に響いた。
話の邪魔をするような大きさでもないが、次の瞬間にはその場にいる全員の視線がハークに向けられる。
「何ぞ、ございましたかの? ハーク殿?」
皆を代表するような形でアレクサンドリアが尋ねる。
「いや、話の腰を折るつもりは無かったのだが……。仮説が1つ、浮かんでしもうてな。ヴォルの話が終わってからで構わん。済まぬ、続けてくれ」
ヴォルレウスを抜かした龍族の女性陣が、全員顔を見合わせた。
「そう言われても、気になっちゃうなー」
「仮説とはいっても、私たちと完全に実力が逆転したハークの導き出したものなのだから、半端なものではないのでしょう? かなり重要な事柄なのではないかしら?」
「ほんに、そうじゃの。同意じゃ。今聞かせていただいた方がよろしかろう。後々聞く時間が無かった、などという目には遭いとうない。構わぬな、ヴォルレウス?」
視線を受け、ヴォルレウスが首肯する。
「モチロンさ。むしろ、お願いするぜ」
こうまで全員一致で促されては、恐縮ばかりしているのもまた違う。
「……承知した。先程ヴォルが、闇の精霊をはっきりと視認できるようになった、というのは、恐らく対象との幾度かの邂逅が直接的な要因となったのであろう。闇の精霊は極端に凝縮した存在だ。並みのものとは経験の厚みが違う。龍族全体の特性なのか、或いは個々の特性なのかはまだ判別がつかぬが、ヴォルレウスは世代を跨ぐこともなく進化、または退化する可能性を備えていたようだ。このことによって、本来は精霊との高い親和性を持つエルフの中でも、そこに在るものを疑いなく存在していると信じられる感性を受け継いだ者だけが生来持つ能力によく似た、言わば疑似『精霊視』とも表現すべき能力を得たのだろう」
「っていうコトはつまり……、ボクたちも頑張れば今回の戦いで精霊が見えるようになる、ってコト?」
「そういうことね。比較対象が少な過ぎるから、現時点ではあくまでも可能性の話で、かも知れないという感じなのでしょうけど」
「うむ。そういうことならば、我らの中で最も可能性が高いのはヴァージニアであろうな。お主の半分はヴォルレウスと同じであるが故にの」
〈頼もしい限りだな〉
ハークはそう思った。
さすがは龍族である。理解が常軌を逸して早い。おまけに知識も豊富だ。『精霊視』の何たるかを今更語って聞かせるまでもない。
ただし、注意点もある。これは逸早くヴォルレウスが説明に移ってくれた。
「だからといって、無理して接近戦で相手をする必要はないからね? 闇の精霊はほんの少しの光でも、単体ではまともに活動することはできない。だから、常に有機体の混合物を身にまとっている必要があるんだ」
「あの、どう見てもヘドロのようなヤツか。先程は不意を突かれたが、眼を凝らせば見えぬこともない。近づかれる前に『龍魔咆哮』などの火で灼いてやれば良い訳じゃな?」
「そういうこと。後の対処は俺とハークに任せてくれ」
「了解した。ガナハ、今の内に『龍魔咆哮』を炎に切り換えておくのじゃぞ」
「ウン!」
ドラゴンの中には複数の属性ブレスを放てる存在もいる。
当然に本来の得意属性、ガナハの場合は風による爆裂という完全な物理攻撃に比べると威力は減衰するが、元々がレベル限界間近のドラゴンだ。焼き払うだけならば問題は無いに違いない。
「儂からは以上だよ。続きを頼む、ヴォル」
「おう。精霊の姿が見えるようになったことで、俺は奴らの動向を追えるようになったんでな……」
◇ ◇ ◇
期せずしてヴォルレウスが獲得した副次効果は、劇的な状況の変化を彼に与えた。
いや、その後の推移を考慮に入れるならば、世界にすら莫大な恩恵をもたらしたとすら言えるくらいである。
その能力はヴォルレウスを、混沌を振り撒く存在、言うなれば闇の精霊の巣窟へと導くことになった。
一片の光さえ届くことの無い洞窟の先、奥の奥、旧世界にて地球空洞説の元となったかも知れない長大で広大過ぎる空間、その奥にそれは居た。
(何て大きさ……、いや、量か!?)
集合体であるがゆえに、1つの生命体と定義し比べるのはおかしいのかも知れないが、その範囲は現世界で最も巨大であるドラゴン、ロンドニア=リオの少なくとも倍以上はあるようであった。
断定ではないのは、全てを見通すことのできる龍眼をもってしてもなお広すぎて、視界に全てを収めきれなかったからである。
「うおッ!?」
突然、闇の精霊の群体の一部がヴォルレウスに向かって襲いかかってきた。
その動きは自身のテリトリーに無断で侵入した異物に対する排除行動にも似ていた。尤も、目的は排除ではなく浸食であろうが。
「悪いがッ、対処法はもう知っているんでなァッ!」
ヴォルレウスは光の属性を籠めた拳で殴りつける。途端に攻撃を受けた端から雲散霧消消し、消滅していった。残りは恐れ慄くかのように、ヴォルレウスの光の拳から距離を取る。
だが、対処法を知っていたのはヴォルレウスの側だけではなかった。
「むッ!?」
天井の一部が崩落し、その崩れた内より大量の有機体が出現する。どろりと垂れるヘドロにしか見えないそれを、次々と闇の精霊が纏っていく。
やがて、数える気にもならぬくらいの巨大なる無数の触手を携えた真っ黒な球体が、ヴォルレウスの眼前に出現した。
そして、早速と触手のうちの一本が襲いかかってきた。
「おおッ! 『ドラゴン・ニー』ッ!」
迎撃の、光を伴った飛び膝二段蹴りが決まる。受肉したとて、打ち砕いてからであれば問題は無いことを確認する。
とはいえ、本来は自身の意思を持たぬ筈の精霊が、集合体といえども明確な攻撃の意思をもって他者に襲いかかってくることに対しては違和感が拭えなかった。
「俺たちの夢の邪魔をする元凶めッ! 打ち砕いてやるぜッ!」
だが、状況証拠としては既に充分であった。他者の意識を操り、混沌と戦乱を疫病かの如くに振り撒き続けた存在は、眼の前の物体以外に在り得なかった。
確信し、ヴォルレウスは挑む。
この時のヴォルレウスは、精霊が他者の意識に寄り添う寄生体であることを失念しており、また、その後の壮絶な両者の削り合いが、凡そ100年に及ぶことになろうとは想像もしていなかった。




