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14 前編11終:分水嶺②




 ハークは人差し指と中指を包む甲殻を操作して、先端を鋭く尖ったものへと形を変えるとそのまま強く押し込んだ。眉間とて甲殻はある。だが、先端部は易々とそれを突破していく。


「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 思考と理性に侵食を受けて混乱しているものの、感覚、ひいては痛覚も無事なアレクサンドリアは当然な抵抗を見せた。

 火焔の勢いが増す。


『ハーク!?』


『だ、大丈夫なの!?』


 最早ガナハとヴァージニアからも、アレクサンドリアの『龍魔咆哮(ブレス)』の火焔に包まれたハークの姿が視認できないほどだ。

 とはいえ、炎の渦から突き出た蒼い右腕の位置は先程までと寸分変わりなく、未だブレもない。2柱の最古龍からすれば信じ難いにもかかわらず、ハークは全くの健在という証明であった。


 眉間の甲殻を突破したその指先は、更に突き進み、表皮である龍皮すら突き破る。

 アレクサンドリアは『龍魔咆哮(ブレス)』以外の、次なる抵抗を行おうとするもハークが左手で四方八方から彼女に対して圧力をかけることで、一瞬だけその動きを阻害した。


 一瞬だけで充分である。既に最も厄介な龍麟と龍皮は超えているのだから。ハークは指先に、自身の操れる全ての属性を流した。


『ウッ!? グウッ、グアアッ! はっ!?』


 アレクサンドリアは視界と意識が急に晴れるのを感じた。

 龍麟と龍皮は非常に高い物理防御力と共に、強い魔法力遮断能力も持つ。どんな魔法効果であろうとその働きの大半を弾き返してしまうのだ。

 光の、拡散の属性はほとんど全ての生命体にとっては無害である。

 正に毒にも薬にもならない。本当に何の効果ももたらさないのだ。ただし、集約、凝縮の属性である闇の精霊のみ、劇的な変化を与える。その結合を解き、分散させてしまうのだ。


 闇の精霊は本能的に前述の効果と、己を唯一滅するものへの恐怖を知っていた。外側で発動したりすれば、鱗と皮に影響の大部分を阻まれて分散の効果が上手く発揮する前に、光を避けて肉体の奥へ奥へと侵入していき、その過程でアレクサンドリアの内部に更なる壊滅的な損害を与えてしまう。


 だから、わざわざ突き破ってから内部で行った。

 存在の危機を感じた漆黒のそれらが、外へと飛び出していく。


「はァッ!」


 ハークは右手、その人差し指と中指の先端部のみがアレクサンドリアの眉間に突き刺さっていたものを瞬時に引き抜き、宿っていた光を右手全体にまで行き渡らせてから拳を作ると、裏拳を放った。


 正常な思考を取り戻したアレクサンドリアを始め、横で成り行きを見守るしかなかったガナハやヴァージニアも、この時点で正確な状況把握はできていない。それでも彼女らはハークから眼を離せなかった。


(何かを消滅させた!?)


 ガナハにはそこまでしか解らない。

 一方で、ヴァージニアは別に着目していた。


(なんて美しくて……、完璧な(フォーム)なの!?)


 己が見とれていることに、彼女自身も気づいていない。この時点では、先ほど見たハークの動きこそが、自分の描き続けてきた人型での武の理想であると理解しきっていなかったからである。

 そしてアレクサンドリアも、眼の前の蒼い鎧に身を包んだ人物から視線を外せない理由が自分自身で解らなかった。


 虎丸もハークから眼を離していないが、彼女の場合は普段からの一挙手一投足であり、今は理由もある。


「虎丸殿、ああやるんだ」


「了解! せいっ、はっ! おりゃっ!」


 ヴォルレウスからのアドバイスも受けて、遂に虎丸も攻撃に光の属性を宿らせ始めた。正拳突き、後ろ回し蹴り、手刀打ちが次々と決まり、受けた敵が構成を維持できなくなってバラバラに分解して消えていく。


 危機を感じたのか、残りの闇の精霊群は虎丸から距離を取ろうとする。が、今の虎丸が全力で張った障壁を抜けられるものは皆無だった。


『打ち砕け、虎丸!』


「これで終わらせるッスよォーーー!!」


 宣言と同時に、虎丸は自らが生み出した大気の全てを操作する。つまりは、障壁内に存在する全ての大気だ。

 虎丸はそこに一方向の力を加え、巨大な大気の渦を発生させた。


「『轟転・裂神脚襲ランペイジ・ディザスター』アアアア――――――!!」


 少なくとも地球上では発生しない強烈過ぎる渦に身を任せるようにして、虎丸はこれらを発射台とし、射出が如くに回転を伴い突撃していく。そこに更なる自身での加速まで加えて、光の属性を携えた飛び蹴りを繰り出した。


 完全なる『ランペイジ・タイガー』の上位互換技。

 最古龍中の最古龍たちであっても、何が起きたのか、何がどうなったのか理解できない一撃が決まっていた。体積にして、自分たち3体の倍以上の敵が一瞬にして打ち砕かれ、消滅していったのだから。

 ただし約1柱のみ、インパクトの瞬間だけは見逃していたが。


『アレクサンドリア殿でございましたな、ご無事か?』


 状況が一段落したと判断し、ハークが問いかけた。


『…………』


 しかし、顔の向きと同時に視線も目前の蒼い鎧を着た人物へと向けるものの、赤き巨龍アレクサンドリアはハークに対して何も答えてはくれない。


『ぬ? 指を引き抜いた時に、傷つけた部分と共に闇の精霊から浸食を受けて破壊されてしまっていた脳細胞も元の状態へと戻しておいた筈なのだが……、どこかおかしいか? アレクサンドリア殿?』


 再度問いかけられた彼女は、まるで夢から醒めたかのようにブルリと頭を振った。


『い! いや、おかしくはない! おかしくは、全く! とっ、ところで、何故妾の名を……、い、いや、それより! 貴殿の名を教えてはくれまいか!?』


 ハークからすると、おかしくはないようだが違和感がある。エルザルドから得ていたアレクサンドリアの様子と全然違うからだった。

 数千年を生きたアレクサンドリアは誇り高く、尊大でありながらも理知的な筈である。とはいえ、意識と理性を破壊されかけて、そこから急に元の状態へと引き戻されれば多少混乱するのも無理はないと思い直した。


『ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーと申す。長いのでハークと呼んでくださるとありがたい』


『ハーク!?』


『やっぱり!?』


 後ろの方で、既にガナハとヴァージニアは事態を粗方把握したようである。

 だが、アレクサンドリアはまだまだのようで、未だぼうっとした表情のままのように見えた。事前にハークと一度も実際には会ったことが無いことが影響していると思える。


『ハーク……、雄々しくも美しき貴殿に相応しき名であるな……。不幸にして妾は、貴殿のような素晴らしい龍人の名は初耳であるのだが……』


『何言ってるの、アレクサンドリア!?』


『帝国に潜入したモーデル王国側の最重要人物がハークだって教えたじゃない!?』


『はっ!? そうじゃったそうじゃった! いや待て、亜人ではあったが龍人とは聞いておらぬぞ! エルフ族ではなかったのか!?』


 ヴァージニアとガナハに促され、漸くアレクサンドリアが冷静な判断力を取り戻すと同時に、一仕事終えた態のヴォルレウスが虎丸と共にハーク達のすぐ近くまで寄って来ていた。

 アレクサンドリアは、ヴォルレウスをギロリとひと睨みすると念話を放った。


『漸くと見つけたぞ、ヴォルレウス。さあ、この状況を説明してもらおうか』


『そんなに睨まなくても、逃げやしませんよ。ただし、俺だけじゃあ説明しきれない部分もあるんで、ハークも頼むぜ?』


『無論だよ』


 ハークが了承すると、何故かアレクサンドリアは若干畏まったかのように見えた。




   ◇ ◇ ◇




 年経た龍族は察しが非常に良いため、念話ということも手伝い、経緯の説明は実に短時間の内に済んだ。

 ハークが龍族の肉体と融合したこと、エルザルドが新たな頭脳を得たことに関しては少なくない混乱があったものの、全体としてはスムーズに進行していた。


『ふうむ……。多少は納得のいかん事項もあるにはあるが、事実が眼の前にある以上、納得するしかない状況かの』


 アレクサンドリアがガナハとヴァージニアに顔を向けると、彼女たちも肯いて同意を示した。


『その通りだね。受け入れざるを得ない感じ、かな?』


『ウン。それにしてもさ、ハーク! 前回会った時のボクの予感が当たったね!』


『予感? ……ああ、去り際にガナハ殿が言ったことか』


 言われてハークも思い出した。前回、というより最初に会った時である。


『今度会う時はガナハ殿が儂らに力を借りに来ることになるのではないか、と仰っていたな。儂は逆なら充分考えられると返した憶えがあるよ。さすがだな、ガナハ殿』


『えへへー!』


 ガナハは得意気に笑顔を見せる。

 龍族の顔の形はハークから視ると、爬虫類だけでなく熊や獅子、狼など旧世界での哺乳類の特徴も色濃く受け継いでいるように感じられる時があるが、ガナハは特にそれが強かった。ゆえに、笑顔という表情が良く解る。


『何の根拠も無いにもかかわらず、こやつの勘は何故か良く当たるからのう。そんな事よりヴォルレウスよ』


 アレクサンドリアはまたもキツイ眼つきでヴォルレウスを見る。


『何だい?』


『闇の精霊、であったか。妾に襲いかかってきた敵の正体をお主が知っているということは、200年前のお主の戦いにも直接的に繋がっておるのじゃろう? あの時、ここにいる妾らも世界のためという名目の元、エルザルドからの要請によりお主の戦いにも間接的にだが助力したな』


『そうだね。あの時は本当に助かったよ』


『じゃが、妾らはその戦いも、お主が何と戦っているかでさえ漠然としか聞いておらぬ』


『ボクもだよ』


『私もね』


 ガナハだけはあっけらかんとした感じであったが、アレクサンドリアとヴァージニアは明らかに真剣な眼差しだった。


『ヴォルレウス。攻撃を受けた以上、妾も最早見逃す訳にはいかぬ。お主らの戦いに、完全に参戦して協力することを誓う。だから詳細を申せ』


『ボクも!』


『私もよ、ヴォルレウス』


 真摯な視線を3方向から一身に浴びて、ヴォルレウスは観念したように首を縦に振るしかなかった。


『解った。全て話すしかないか』




前編:Leave it to me完

中編に続く

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