65 クローディア公爵邸へ
ユリウス様からの求婚後、クローディア公爵閣下のお誘いでクローディア公爵邸に招かれた。家族全員を招待してもらうのはこれが初めてだ。
クローディア公爵家を良く行き来しているクリスは慣れたそうだが、私は初めて公爵邸を訪れたので、屋敷のスケールの大きさに驚いた。
確かクローディア領の屋敷も大きくて迷子になったな。さすが筆頭公爵家。
改めてユリウス様は雲の上のお人だったのだと思い知る。
クローディア公爵家勢揃いで歓迎してくれ、これまた迫力があった。
貫禄ある公爵夫妻と夫人似の美形揃い子供達。末は三歳の御息女サラ様、エリザベス様の妹君で人見知りしてる様子が可愛いらしい。
一同席に着いた後、クローディア公爵閣下から当家に縁談の申込があり、ユリウス様と私の婚約が決まった。
家族は驚いていたがある程度察していたらしく、すんなり話が進む。
「婚約披露は時期を見て」という説明に家族は心配そうな顔をしていたが、私が了承したので納得してくれたようだ。公爵家の意向には逆らえないし。
婚約の書類を整えたら、昼食会となった。
珍しいことにサラ様が私に懐いてくれ、急遽私の隣で食事を取ることに。懸命にテーブルマナーに励む姿が可愛らしくて、私もつい世話を焼いてしまう。
その結果ますます懐かれ、昼食後も終始抱っこ状態。昼食後は公爵邸を色々案内してもらうことになっていたが、私は途中離脱してサラ様と部屋で過ごした。
うとうとしているサラ様を寝かしつけていると、公爵閣下がお見えになる。閣下は乳母にサラ様を寝かす指示を出し、私はやっとお役御免になった。
「サラが君にこれほど懐くとは驚いたよ」
「初めて会う人が珍しかったのではないでしょうか」
公爵邸を案内されている家族が戻ってくるまで、公爵閣下とお茶をして待つことになる。
「以前ユリウスから、君をサラの家庭教師にどうかと言われたことがあるが、本当に惜しい事をした」
「閣下も冗談を仰るのですね。私ではサラ様の教師は務まりません」
「そうかね?まあ、子供に慣れているのはさすがだな。君の働きはいつも聞いているよ」
「いつもお気遣い頂きありがとうございます。皆様に良くして頂いております」
「先日の合議で、王弟殿下が下級官吏の登用枠を増やす進言をされてな。王弟殿下とはこれまで度々対立してきたが、最近は革新的な施策に理解を示してくれるようになったと思う」
「左様ですか」
「誰の影響かな?」
「……私には分かりかねます」
私は少し首を傾げて微笑む。
「ふはははっ」
公爵閣下は楽しそうに笑う。ご機嫌の様だ。
「……官吏の件、ユリウスには話すのか?」
「婚約も成りましたから、これから話そうと思います」
婚約したからには、ユリウス様にきちんと話をしようと思う。反対されるかもしれないけれど、きっと分かってくれるだろう。
「あやつが気付くまで黙っておくといい」
公爵閣下が悪戯を思い付いた様な顔をした。
「宜しいのですか?閣下も怒られますよ」
私は思わずクスクス笑う。
「あやつがどれだけ王宮の事情に通じているか、試す良い機会だ」
「まぁ、厳しくていらっしゃる」
「二人して、楽しそうに何を話しているのですか?」
ユリウス様が部屋に入ってくる。
なんだか不機嫌そうだ。
「どうした?ユリウス。彼女は我が娘になるのだ。仲良くするのはお前にとって喜ばしいことだろう」
「父上、何の話をしていたのですか?」
「我が息子ながら余裕ないのぅ」
公爵閣下はとても楽しそうだ。
対してユリウス様は苦々しい顔。
「父上、後のことは頼みます。レイは私が屋敷まで送りますので」
ユリウス様はそう言って、私の手を引いて部屋を出ていく。公爵閣下はやれやれという顔をしていた。
ユリウス様は早足にどんどん歩いて行く。
手を引かれていても、私は付いていくのに精一杯だ。
ユリウス様は奥の部屋の一つに入り、素早く扉を閉める。
シンプルながら品の良い部屋で立派な本棚が印象的だ。ここは書庫ではないだろう。寝台があるから客間だろうか?
「ユリウス様、ここは?」
私はユリウス様の方を向いて尋ねる。
「俺の部屋」
ユリウス様が言うか早いか、私はユリウス様の腕の中に捕らえられる。いつもより引き寄せる力が強い。
「ユリウス様?」
ユリウス様が抱き締める力が強くて、身動きできない。
「……婚約の事、直ぐに公表できなくてすまない」
ユリウス様はずっと気にして下さっていたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「気にしないでください」
婚約を伏せる件は、たぶん私の状況を慮って公爵閣下が提案したのだろう。
今はユリウス様に官吏の件を話す良いタイミングなのだが、公爵閣下には何か狙いがある様だし……。
少し考えて、ユリウス様に話すのは様子を見てからにしようと思った。
「でも成婚は伸ばさないから」
「ライオール殿下の成婚が先になるでしょうから、急がなくて良いかと思います」
「俺は急ぎたい」
抱き締める力がさらに強まる。
何か我慢している様だ。
「ユリウス様とこの先ずっと一緒ですから、焦らずとも良いのではないですか?」
私がそう言うと、ユリウス様は腕を緩めた。
少し落ち着いてくれたなら良かった。
私はユリウス様の腕の中から、何とか顔を上げる。
ユリウス様と目が合ったので微笑んだ。
「やっとレイと婚約できたのに……レイはサラや父上ばかりと一緒にいるから」
アイスブルーの瞳が少し悲しげに言う。
いつもは大人びた顔が、いまは少し幼く見えた。なんだか愛おしい。
「以前ユリウス様がご提案下さったのは、サラ様の家庭教師の件だったのですね。公爵閣下より伺いました」
「俺は今もレイにサラの家庭教師になってほしいと思っているよ。そうすれば公爵家にずっといられる」
「成婚すれば公爵家にずっと居ます」
「俺は待てない」
「どうすれば、待ってもらえますか?」
「レイに触れさせて」
「もう触れています」
私は目を閉じる。
唇が重ねられる。長く、何度も。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
あと3話で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




