58 帰還
「レイ、王都に戻ってきたのか」
先ぶれがあり、ユリウス様が王都のセレス家を訪れた。
「先程着きました。ユリウス様、お仕事はよろしいのですか?」
「少し抜けてきた。
聞いたよ、王立研究所から論文が表彰されると。学生としては初の快挙だと王宮でも噂になっている」
「ニール教授のご指導のおかげです」
学園の卒業式の後のパーティーで、ニール教授に挨拶した時のことを思い浮かべる。
教授は既にこのことを知っていたのだろう。
通常、学生の論文など学会で発表されない。卒論として作成したそれを、他ならぬニール教授が学会に出すよう強く推して下さったのだ。
領地に来た王立研究所からの手紙には「論文を元に実証実験を立ち上げるので、プロジェクトに参加しないか」との誘いだった。
「レイが以前言ってくれた『公爵様に入るまでは、自分のやり方で努力する』という件はこのことと関係があるのか?」
「ふふ、どうでしょうか?
ニール教授にはこれから話を伺うので、何かわかりましたらユリウス様にもお伝えします」
「何か企んでいる?レイが楽しそうに見える」
「企むというか……自分が今まで関わったことを整理して、他の方に託したいと思っています。領地のことや孤児院のことはユリウス様の元へ行く時に、持って行けませんから」
公爵家に入ると、個人的なことだとしても、特定の物事に関与できなくなる。
家としての影響力が大きいからだ。
だから孤児院には今の様に通うことができなくなるだろう。
セレス領のことは養父に引き継ぐように手配してある。
「俺と一緒になることを現実的に考えてくれて嬉しいよ。そういうことなら、我が家の家庭教師になる案は、しばらく保留にしておく」
「私が公爵家の家庭教師になることを、本気で考えて下さったのですか?」
「レイを身近におけるからな」
ユリウス様に手を取られる。
距離が近い。視線が甘い。
「これからは王都におりますから。
領地には引き継ぎの時に行くくらいです」
「次から領地に行く時は、俺も一緒に行く」
「わかりました。事前に相談します」
ユリウス様は満足そうに微笑んだ。
最近の彼は表情が良く変わるので、どうしても目が惹きつけられてしまう。
慌てて目を逸らして距離を取ろうとすると、それを察したのか抱き締められしまう。
ユリウス様に触れられるのはいいけど、いちいち自分の鼓動が高まる。
ドキドキとうるさいくらい。
この先こういうことが何度かあるとして、私の心臓はもつのだろうか?
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
明日明後日で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




