48 彼女のこと(ユリウス視点)
学園の卒業式の翌日、俺はセレス伯爵家に馬車で向かっていた。
今までは公務があっても、学生だからある程度の自由があった。しかし明日からは異なる。
ライオール殿下の側近としての王宮に上がり、しばらく自由に動けなくなるだろう。
だから自由になる最後の日を、レイと過ごしたいと思った。
彼女に興味を持ち、初めてセレス領で彼女と話してから、彼女にまた会いたいと思った。
だから進言した。
セレス子爵家を伯爵家に昇爵する件を。
もともとセレス子爵家は伯爵家に相当する力の家柄だった。
歴史は古く、王都から近い立地に領地を持ち、時の王家から貴重な宝石を下賜される貴族。
代々領地を守り、貴族として目立たず、領主一家は慎ましくいるような家風だと感じた。
しかし家の承継が上手くいかなければ、家門は弱体化する。
セレス前子爵夫妻が亡くなった後のセレス家を今のように盛り立てた現子爵は、並々ならぬ才覚だ。
結果として王家は、ブロウ伯爵家とドロール男爵家絡みの事件で空位が生じる歪みを、セレス家の昇爵で収めた。
オリバー上級騎士の活躍と、セレス家の税収増を理由に。
レイは平民になりたいようだが、これで彼女はしばらくは動けないはず。
昇爵で注目される中、娘が家出をしたら社交界で噂になるだろう。
彼女は家門を大切にしているから、軽々な行動は取らないはずだ。
また昇爵した貴族の後ろ盾に、高位貴族がつくことは予想していた。案の定、筆頭公爵家である我が家にその役目が回ってくる。
これで口実ができた。
彼女とまた会うことができる。
我ながら理由がないと会いに行けないのは情けないが、彼女に逃げられたら困るのだ。居場所がわかったとしても、捕まえられる自信がない。
レイと話して感じるのは、彼女は物事を俯瞰して考える傾向だということ。状況を読み、僅かな手掛かりから察する能力が高い。
しかも時には自分を盤石の駒のように扱い、盤面を把握しようとする。自分を捨て駒にしても厭わないのではないだろうか?
そう、彼女は自分が大事にしているものについては行動力を伴うが、それ以外についてはどうでも良いかのように思える。
例えばレイの元婚約者が彼女の友人と不貞を働いても、本人はあまり気にしていなかったようだ。蔑ろにされた自身のことも含めて。
つまり誰も彼女の『特別』ではないのだろう。
彼女自身でさえも。
だから彼女は自分のことに無頓着なのだ。
そう、誰も彼女の眼中に入らない。
彼女の頭には大事なものを守るという『目的』だけ。
その『目的』が果たされた今、彼女には空白ができるだろう。彼女が次の目的を定めるまでの僅かな時間に、彼女の視界に入るチャンスがある。
彼女の『特別』になれるのなら、俺の望みは叶うかもしれない。
だからあれこれ理由をつけて、一緒にいる機会を作った。彼女が断れない状況を作り、逃げられないようにして。
その甲斐あってレイとの距離は縮まったが、予想外のこともあった。
俺自身のコントロールができなくなる時があったのだ。
あれは王宮の夜会の時と、卒業式の後。
いつもは感情を制御できるのに、体が先に動いた。
自分がレイと一緒に居たいがために、彼女を予想外の状況に巻き込んでしまったという後悔。
さらに彼女の思いがけない行動への驚き。
加えて彼女と離れたくないという子供の様な感情……嫉妬、やきもち、独占欲。
俺の頭の中はとても混乱していた。
そして自分を取り戻した後は、激しく落ち込んだ。
自身にまだこんな子供のような未熟な一面があるなんて。感情を制御して一人前なのに、それすらできなかったことがショックだった。
その後のレイの行動は全く予想していなかったが、俺の中では嬉しい驚きだった。
色々悩んでいたことが一気になくなってしまうような、初めての衝撃。
自分らしくないことが自分らしいと思える、新しい感情。
やはり彼女と一緒にいたい。
願わくば、これからもずっと。
今日が俺にとって最後の機会なのだ。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




