20. 悪役令嬢はお年頃です⑧
「同じような景色なのね……」
馬車の中から見える風景は常に流れ一つとして同じものはないのに、似たような同じところをグルグルと周っているような錯覚を覚えます。
人もまた歳を重ね経験を積んで変わって見えても、その本質は何も変わることがないのかもしれません。
ガルゼバへと向かう馬車の中で、私は失意に何もする気力がなく、窓から景色が流れていくのをばんやりと眺めていました。
私はこれからガルゼバの修道院でシスター・ジェラとして生きていくことが決まりました。侯爵令嬢ジェラミナ・バークレイからただの修道女シスター・ジェラになるのです。
ですが、だからと言って私という人物に変わりはなく、私の犯した罪が消えるはずもないのです。
川の畔で馬車が停まると御者が窓から顔を覗かせました。
「お嬢様、ここで小休止を致します」
「私はもうお嬢様ではないわ」
昔馴染の御者の呼び方に苦笑いすると、彼はポリポリと頬を掻いて困ったような表情になりました。
「他の呼び方はどうにも……それに旦那さまからガルゼバの修道院に到着するまではお嬢様の貴族籍はそのままだと伺っております」
「お父様が……そうですか」
馬車を降りると御者が木陰に敷物を用意してくれたので、私はそこに腰を下ろし差し出された水を口に含んで一息つきながら思いました。
平民だったらこのように待遇は良くなかっただろう、と。
お父様はやはり……
しばらく、涼しい風に吹かれて休んでいると、馬車の点検をしていた御者が慌ただしく私の下へ走ってきました。
「お嬢様お休みのところ申し訳ありませんが馬車へお戻りください」
「どうしたの?」
「王都の方角から土煙が……何かが近づいております」
御者の指摘した通り、街道をこちらへ向けて何か……おそらく馬を走らせて向かってくる者がいます。
野盗か何かでしょうか?
「馬車では逃げきれないわ。ここで迎え撃ちましょう」
「大丈夫でございますか?」
「問題はないわ。あなたは隠れていて」
仁王立ちで腕を組み向かってくる土煙を見据えていると、それは次第に輪郭がはっきりしてきて一人が騎馬で駆けてきているのだと分かりました。
野盗ではないよう、と言うより……
「ウェイン!」
「義姉さん、やっと追いついた」
騎馬に跨り駆けてきたのは義弟のウェインでした。
「あなた傷はもういいの?」
この子は私のせいで大怪我を負ったのです。
大丈夫なのでしょうか?
「ぴんぴんしてるよ」
「それは良かったけれど……どうしてここに?」
「そ、それは……義姉さん一人に行かせるのは、その……心配だろ?」
ああ、私が何をするか分からないから監視が必要ということね。
私ごときに将来を嘱望されているウェインを寄越すなんて……
「だけど義父上は酷いよ。いくら降爵されたからって、義姉さんを勘当して僻地に飛ばすなんてあんまりだ」
「それは違うわ。順番が逆なの」
憤るウェインを私は宥めました。
「本来なら私は自裁するところだったはずよ。おそらく、お父様は降爵を条件に私を救ってくださったのよ」
私など切り捨ててしまえばバークレイ家の爵位と名誉は守られたでしょうに。
お父様はそれらよりも私を優先された。
「私は本当に取り返しのつかないことをしました」
何と罪深いことでしょう。
私は多くの人を傷つけてしまったのです。
「ウェイン、あなたにも……本当は騎士になりたかったはずなのに、私のせいで僻地に追いやられることになるなんて」
いったいどれほどの人に私は迷惑をかけてしまったのでしょう?
「そんなのはどうだっていいんだ……僕が騎士になりたかったのは義姉さんのためだし」
「私のため?」
どうして騎士になるのが私のためなのでしょう?
「それは、ね、義姉さんを……守……と、とにかく騎士の件はもう僕にはどうでもいいんだよ!」
「でも、エリス様との仲も……」
「だから僕と彼女はそんな関係じゃないって!」
「本当に?」
「本当に本当!」
必死に否定するウェインの姿を見ながら、私は何故かホッとする自分がいるのにきがつきました。
どうして私はこんなに安堵するのでしょう?
「僕と彼女とレオルド殿下の三人はある事情で利害が一致して手を組んでいただけなんだ」
「事情?」
「その……ある意味これは陰謀かも……いや陰謀なんて高尚なものでもないか、アルベルト殿下は自滅したんだから」
え?
アルベルト殿下が自滅?
「そうだよ。アルベルト殿下はもう……」
その後ウェインから聞かされたエリス様を中心としたレオルド殿下を巻き込んだ企みを聞かされた私は絶句したのでした……




