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「やあ、調子はどうですか」
「そうね、少し部屋が暗いわ。それになんだか息苦しいの。レイチェルったらカーテンも開けられないの?」
「そうですか、レイチェルには私から言っておきましょう」
「今日はいい天気ね、テラスにお茶の準備をしていてレイチェル」
気味が悪いほどに爛々と無邪気に笑うフィルメリア様にぞくりとした。
レイチェルというのは、侍女かメイドかなにかなのだろうか、そんな者がこんなところにいるとは思えない。
それにまず、ここにはカーテンはおろか窓すらないのだ。
彼女は一体おいくつなのだろうか、少女のようなその顔はまっすぐ陛下へと向かっている。
そして、漸く気がついたようにして陛下の後ろ…つまり、僕と父様へと視線が遷移した。
「まあ、ヴィクターお客様なの?早く言ってちょうだい」
フィルメリア様の顔は僕に向かいそれからすぐに父様へと移り、止まる。
タレ目がちな大きな瞳が見開かれて口がわなわなと震えた。
「……貴方は」
隣にいる父様を見ると今までに見たことの無いような虚ろな瞳で真っ直ぐにフィルメリア様を射抜く父様がいた。
剣を持っていれば今直ぐにでも斬りかかりそうな雰囲気を纏い、瞬きすらしない。
一文字に引き結ばれた唇からギリ、と鈍い音がした。
「わたくしに、逢いに来てくださったのね」
「……悪いね、もう正気を保ってないんだよ」
明らかに殺気立った父様にかたい表情で陛下が告げる。
正気を保ってない…。なるほど、無邪気にころころと表情を変えるフィルメリア様はこの地下牢において気持ちの悪いほどに異質でそして不気味だった。
普通に言葉を理解して会話をしているかのようにも見えるが、そうか、この人はもう正気ではないのか…。
姉さんの命を狙い続けていた、その人は。
「アルバ」
「私の名をその穢れた口で呼ぶな、虫酸が走る」
低い声で明らかな、滾る憤怒を孕んだ父様の言葉が届いたのか、そうでないのか、フィルメリア様は少女のような表情で「王子様」だの、「愛しています」だの呟いている。
気味の悪さに自然と歩が下がった。
「アルテンリッヒ、君の知りたがっていた真実を教えてあげよう」
感情の読めない淀み切った瞳で一点を見つめ続ける父様の手袋に包まれた左手からポタリと液体が落ちた。
封を切ったかのようにぽたりぽたりと音を立てるそれが、一体何なのか。
色もなにもわかったものでは無いが、微かに鼻腔に鉄のような香りが交じる。
僕は正直に言って、動揺を隠しきれないまま低い声を出した陛下を仰ぎみた。
下からのオレンジ色の光に照らされた陰った表情は雰囲気のせいか、そうでないのか。
乾き切った喉は音を発することが出来ず、代わりにゴクリと空気を飲み込む音がした。
「11年前、フィルメリア…私の母は嫉妬に駆られ君の両親と親族を殺し、そしてハーディスト邸に火を放った。
君の誕生日会でのことだ。ハーディスト夫妻とセティシラ夫人を含む5人が帰らぬ人となった。
当時5歳の君だけが息のある状態でセティシラ夫人の亡骸の下から見つかったらしい。
まるで夫人が庇ったようだったと聞いている。
偶然、アルバーノンは城に上がっていたしアルトステラ嬢は王妃教育のため到着が遅れていた為事なきを得た。
…まあ今思えばそれが偶然だったのか怪しいけどね」
「…………え?」
セティシラ夫人というのは姉さんの母親の名前だ。
つまり、父様の奥さんである。
彼女は、僕の両親と一緒に、死んでいた?
それも、僕を……庇って?
身体中から血液が抜けるようだ。
ひどい脱力感の中、僕はなんとか父様へ顔を向けた。
しかし、彼は依然として虚空を見つめるだけでただ、ひたひたと硬い床に液体が滴る音だけがする。
「当時、これは不幸な事故だと思われていた。
不幸な火事によるものだと。不自然な程にすぐさま事故として処理されたからね。
随分と長い間そうされていたよ。
真相が明らかになったのはエルが王家を抜けてからだ。
エルはフィルメリアと対峙しつつひっそりとフィルメリアの余罪についても調べていたらしいね。
そのうち、エルとアルバーノンは協力関係と相成った。
彼の地に近づくことすら出来ないアルバーノンの代わりにエルが動いていたようだ。
フィルメリアが首謀者だとされているが、まあ、それはそれは幾人もの貴族がね、関わっていたんだよ。
あんな辺境の地の田舎貴族がどんどんルーファス公爵家と繋がりを強くしていくのが気に食わない連中がね。
あれ程の貴族連中が関わっているとなれば、それは前陛下も事故で終わらせておきたかったはずだよ。」
「……だから呪われていると?」
「そうだね、理由は幾つかあるよ。
1つ目はその火事から領主が3度変わっているがその全てでなんらかの不幸が起こり領主が亡くなっていること。
これは本当に単なる偶然で……いや、呪いという思い込みがそうしているのかもしれないけど……。
まあ、大抵の人間はこれを理由に呪われていると思っているね。
2つ目に、一部の貴族なんかは知っているんだよ、ハーディストに関わると厄介な貴族達に目をつけられるとね。
そして、3つ目だけど、さらに一部の者はハーディストに安易に近付くと筆頭貴族……つまりルーファス公爵家の怒りに触れることを心得ている。」
そうだろう?と陛下は父様へ目線を向けたが父様は微動だにしなかった。
ほの暗く翳った視線が貫く先でフィルメリア様が支離滅裂なことを叫んではジャラジャラと重い金属が引きずられる音が響く。
僕は情けなくぼんやりとそれを見て、それから陛下を見てもう一度父様に視線を移した。
「それでだ、漸く貴族社会の膿は出し切った。関わっていた貴族をすべて、怪しまれないようゆっくりと罰し、処刑し、錚々たる面倒事をこじつけた。そして都合の悪い連中をじわじわと廃した。
状況を都合良く整えた。
残るは用済みになったエサ、フィルメリアのみというわけ」
「で?陛下は私たちに仇討ちをさせて恩を売りたいとお考えですか」
驚くほどに平坦で冷めた声だった。
ゆっくりと目線を漸く陛下に向けて、父様はそう言い放った。
言葉とは裏腹な焼かれそうな業火の瞳に僕はまたしても開きかけた口を閉じた。
王家は、つまりそういうことなのだろうか。
王家に次ぐほどの勢いを持つ一公爵家への枷とするつもりなのだろうか。
もしなにかルーファス公爵家が邪魔になった時、王妃を殺した罪を表に出せば、いかにルーファス公爵家であろうと容易く潰せてしまう。
牽制と、保険。
だからわざわざ父公爵だけでなく、未熟な僕すらも引っ張り出したというわけか。
僕に真実を与え嗾けて両親の仇討ちをさせるつもりで。




