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噂によるとどうやら彼はクズらしい。(web版)  作者: 紺野
噂によるとどうやら彼と彼女は
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2






「さあ、お嬢様、出番ですよ〜」


やけに丁寧な仕草で扉を開けてわたしを外に誘ったトルネオはそういった。

冷たい寒気に一気に体温が奪われる。

わたしはコートの上から巻かれたストールを合わせることも忘れてトルネオの隠れた目元に向かって声を出した。



「……どういう意味? 」



「どういうって……主役が遅れちゃあいけないじゃないですかー」


「アルトステラ嬢、気にしなくていい」



「……エル様」




トルネオの差し出した手を遮るように立ちはだかるエル様に勝手に身体が固まった。


エル様は心做しか更に痩せられた気がする。

もともと細身だったのに。

黒い正装用のローブにかかる長い結えられた黒髪も、記憶の中にあるものより艶がないような。

それでもやはり、儚く危うげな雰囲気はあるものの彼はその美しさを損なってはいない。

アメジストの宝石のような瞳は相も変わらず、凛としてこちらを見ている。


緊張や戸惑い、恐怖に寒さも忘れてしばらく彼を見ていたところで心配そうに名前を呼ばれて我に戻る。



「ごめんなさい」


罪悪感なのか、嫌悪感なのかは分からないが彼の純粋な瞳を見るのが怖かった。

真っ直ぐにわたしに向けられる慈愛さえ含んでいそうな瞳から目を逸らして、漸くその手をとる。


緊張で一度ひゅっと喉が鳴ったことに彼が気が付かないといいのだけれど。





「……いや、今日だけ、我慢してほしい」



エル様はそう言うと困ったように笑った。

細められた瞳は優しさに溢れていていたたまれなくなる。



わたしはそれに精一杯笑顔を返した。



………そういえば、トルネオがいつの間にかいなくなっている。

トルネオの言葉がやけに引っかかって気になる。

いつもの彼の適当な軽口かもしれない。でも、エル様もなにか隠しているようだった。

トルネオは、もしかして何か知っているの?



「……彼のことは時が来れば話そう。しかし今ではない」



「………わかりました」



まるでわたしの考えていることが分かっているかのようだ。


エル様に手を引かれて立ち上がる。

うちの邸の使用人のことをエル様が知っているなんて、いったいどういうことなのだろう。



トルネオのことを考察する暇もなく、エル様の隣に並び立ったところで品があるとはいえない足音が近付いてきた。


初老の背の低い男性がわたしとエル様を認めて小さく悲鳴をあげた。



「え、エルレイン殿……ハーディスト様とアルトステラ・リンジー・ルーファス様ですね」



「そうだ。エヴァリス子爵から招待を受けた。招待状が必要か?」



「め、めっそうもなち、ないです!

こ、こちらへどうぞ……」



男性はいちいちエル様の言葉と眼光に飛び上がりながら、ずり下がるジャケットの襟を何度も正した。


着ている礼服は明らかにサイズがあっていないし、言動もおよそ王都の社交界に来る方とはレベルが違う。

そもそも名乗りもせずに早足で屋敷の奥へと進んでいく。

コートを脱ぐ隙さえもない。預かってくれる方もいなさそうであるし、仕方なくストールだけをはずして片手にかけた。



誕生会との名目で呼ばれたにしてはやけに静まり返った邸。

開始の時間までもう半刻もないはずなのにどう考えてもおかしい。


どうやら、罠で間違いないらしい、しかもとても、わかりやすい。


この男性は恐らく雇われたそこら辺の領民かなにかなのだろう。

報酬があるのか、弱みを握られているのか分からないが、こんなことに巻き込まれて気の毒だと思った。




「……アルトステラ嬢絶対に、離れないでくれ」



「ええ」


彼の掌に載せた指にわずかに力が籠る。




廊下の突き当たりの扉まで案内される間、結局誰にも会わなかった。





「じゃ、じゃあ!俺はここで……」




「待て」



男性が去ろうとすごい勢いでバックした。それを咎めるようにエル様が低い声を出す。

男性はヒィっと今までで1番大きな悲鳴をあげた。



「何か、知っているか?………例えばこの中に誰がいるのか、とか」



「し、しし知りません!俺はただ、貴方様がたをここに案内するよう言われただけでっ、それも間接的に村のやつに言われたんですっ、か、金が貰えるからって、その、まさか、え、エルレイン殿下が、本当に来るなんて、俺ァ」



「分かった、もういい」





行け。とエル様が感情のない瞳でそう言い放つと男性は脚をもつれさせながら来た道をドタバタ音を立てて走り去っていった。


エル様はため息をついて、それから微笑んだ。




「心配せずとも良い。貴方は俺が守るよ」




彼は懲りずにまたそう言った。

何度も何度も、わたしはそれを否定したのに。


いつの日にか見た愛しさの溢れる暖かい笑顔だった。


こんなに寒いのに顔に熱が集まるのが分かってそんな自分に嫌気がさす。

きっと、こんなに純粋な好意を向けられることに慣れていないからだ。


だから、そういうのはやめて下さいと言ったはずです、と叫びたかった。

こんな場面で何を言ってるんですか!とも。


けれどわたしは言葉を返すことが出来なくて、口をぱくぱくさせたまま目をそらした。



「………行きましょう」




ようやく言葉になったそれに隣の彼が笑う気配がしたけれど、隣の様子を伺うことはとても出来そうになかった。






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