3
「わたしは大丈夫だから、お願いだからリヒテンはここにいて」
「嫌です。僕も行きます、ルーファス家の役割だと言うのでしたら尚更です」
なにか事情がありそうだということは大いにわかった。
分かったからこそ、姉さんをおめおめと送り出すわけにはいかない。
姉さんに睨まれたダメージからどうにか回復した僕は負けじとその青い瞳を見据えた。
僕のくすんだ藍色とは違う澄んだ空色の瞳は父様のそれと良く似ている。
顔付きは母であるセティシラ様に良く似ているらしいが、僕はセティシラ様のお顔を覚えてはいない。
というか、この家に来る以前の記憶はひどく曖昧だ。
この家に来た時点では僕の両親もセティシラ様もなくなってしまっていたし。
そして、公爵家にはセティシラ様の肖像画が1枚もないのだ。
幼い頃に姉さんが熱で倒れたことがあった。
その時にお母様お母様と、酷く魘されていたから肖像画でもないかと屋敷中を探して回ったが見つけることは叶わなかった。
役に立てずに半泣きの僕を見て熱が下がった後で姉さんはそれがないことを教えてくれた。
そして、優しく頭を撫でて一緒に手を繋いで眠ってくれたのを覚えている。
正直、今思い出すと羞恥心しかないけど。
きっと姉さんにとっての僕はそのころとまったく何も変わっていなくて、だから巻き込んでくれないんだ。
今もそうだし、いつも、いつも。
婚約者時代だって相談してくれていたらなにかできることもあったかもしれないし、姉さんの辛さを分けてくれたってよかった。
僕らにまで自分を押さえつけて良い貴族令嬢でいる必要はなかったのに。
きっと、姉さんはいまだに僕を頼りない小さな子供だと思っているから。
「とにかく、あなたを連れてはいけません。お父様だって許さないわ」
「いつになく頑固ですね。余程な訳がおありのようで」
「公爵家の跡継ぎであるあなたの手を煩わせる程のことではないということよ」
「おや、そうなのですね。僻地で軟禁まがいの扱いをされていた姉さんをわざわざ呼び戻して行くくらいですからね、それはそうなのでしょうね」
姉さん、失礼ですが嘘をつくのがあまり得意でないあなたが口で僕に勝つおつもりですか?
それは、無謀というものです。
ぐっと息を飲んできっと視線を鋭くした姉さんは耐えきれなくなったのか視線を逸らした。
僕もこういう態度をとられるのは初めてだけど、姉さんだって僕にこういう態度をとるのは初めてのはず。
慣れていないのだからそれも仕方ない。
そう思うとわざと頑張ってつんつんしてみせる姉さんが可愛く見える。
婚約を破棄してから姉さんは少しずつ変わっていっている。
昔の姉さんならまず、こんなことは言わないしこんなに粘ることもない。
自分の意見を無理に通そうとはしない方だ。
本人に自覚があるのかは分からないけど、表情が豊かで笑ったり怒ったり拗ねたりたまに僕をいなしたり。
それは人間味があるというか今まで押し殺されていた本当の姉さんの部分。
新たな姉さんに出会えるのはとても嬉しいことだ。
悪いところも良いところも全部知りたい。そして知ってほしい。
そう、なにもかも。すべて。
だから僕が知らないところで姉さんに関わるなにかが起きているのはとても不愉快だ。ハーディスト伯爵が絡んでいるとなれば尚更。
なぜ、あの男が知っていて僕が知らないんだ……。
僕はあの男が苦手であるし、正直あんな気持ちの悪い男をそばにいさせたくはない。
もちろん今日もだ。
「姉さんがなんと言おうと、僕は着いていきますからね。
もし、なにか危険なことがあるとして1番危ないのはきっと貴方ですよ。
僕は自衛くらいできますし、必要なら反撃することも厭いません。
僕でも姉さんよりは何倍もマシなはずです。
姉さんが恐れているものが一体なにか知りませんが、僕が姉さんを守ってみせます」
ハーディスト伯爵ではなく、この僕が。
姉さんの目はゆらゆらと揺れていた。迷い、というよりは戸惑いだ。
彼女はここまでいっても僕を行かせたくはないらしい。
どうやって僕を言いくるめるか一生懸命に思案しているようだった。
……本っ当に今日の姉さんは頑固ですね。
ですが、僕も引く気はさらさらないですよ。




