料理人の再会。
「すみません!どなたかいませんか?」
どんどんと扉を叩く音と申し訳程度にあげられた男の声が微かに聞こえる。
お嬢様にもなにかが聞こえたらしい。
内容までは聞こえなかったのだろう、声?と訝しげに首をかしげている。
まったく、トルネオは何をしているんだか。
こういう案件はあいつの仕事だろうが、とため息をついて俺はしぶしぶ玄関ホールへと足を進めた。
クロードさんは…ここにいないということは仕事中だろうし、女連中に相手をさせるわけにも行かない。
ここを、ルーファス公爵家の邸と分かって門を叩いてるんだとしたら相当肝が座っている。
それか、ただの馬鹿だ。
わたくしはルーファス家の者ですからと、険しい顔をして着いてきたお嬢様をホールの奥に追いやり俺の背中で隠して、門に耳を当てた。
……激しい雨の音がする。
いつの間に降ったんだか、夕方までは降っていなかった筈だ。
だとしたら、突然の雨に降られた旅人かなにかだろうか。
「お嬢様、いいですね、そっから動かないでくださいよ」
「…ええ、わかったわ」
「……どうされましたか?」
少しの隙間を開けて問うと、相手はああ、と感嘆をあげた。
「夜分遅くにすみません。
道に迷ってしまいまして。王都に行きたいのですが」
「……王都?ここからじゃ馬で少なくとも3日、馬車で5日はかかります。
それに、この雨じゃあ当分無理でしょうな」
そう、ですか……と俯く男の顔は未だ見えない。
深く被ったフードの中からかろうじて見える髪の色は金だろうか?
闇の中で分かりずらい。
深くかぶった濃い色のフードにボロボロの外套。
顔さえ見せないとあれば、もう怪しさしかない。
目線だけでちらりとお嬢様を見ると心配そうにこちらをうかがう瞳とかち合った。
クロードさんを呼んできてほしいと微かに顎をあげると、ややありお嬢様は頷いて踵を返した。
伝わったことに驚きであるが、そういえば彼女だってルーファス公爵の娘であり王妃教育を国で1番受けていたわけだ。
今は、クロードさんに代わり領主業の一切を取り仕切っているし。
正直、一緒に暮らしていて才女とは言い難いが…。
そりゃ、どう動くかくらいわかるか。
「では、近くに宿はありませんか」
「下の街へ降りて1番南に民宿がひとつ。馬で降りればこの雨でも一刻程で着くかもしれないですね」
「馬は残念ながら使えません。疲弊していて走れる状態ではないのです」
馬鹿か、この男。
そもそもなんでこんな辺鄙なところに来たんだ。
迷ったといっていたな…いったいどこからやってきたんだか。
まあ、なんにしろ、こんなやつを邸に入れるわけにはいかない。
「申し訳ないのですが、この邸に泊めるわけにはいきません。
お引取りを。
それか、すぐに家令がまいりますのでそれまでお待ちください」
「……そうですか…それならば、仕方が無いですね…」
男は沈んだ声で俯きそして顔をゆっくりとあげた。
後ろからパタパタと急いた足音がする。
ようやくクロードさんがやってきたようだ。
俺はもともとこういう交渉みたいなやつは得意ではない。時間稼ぎももう限界だし、こういうのは適任に任せるべきだ。
そう思って取り次ぐことを伝えようと口を開いた瞬間、俺を遮るかのように男が口を開く。
「……そうか…久しぶりだと言うのに随分と素っ気なくなったもんだね。ペテルバンシー」
ずぶ濡れのフードを僅かに持ち上げて顔が顕になる。
顔にぴったりと張り付く濡れた金髪と、いたずらをした子供のように笑う薄い唇。
なにより、おかしそうに細められた瞳の透き通るような透明感のあるアメジストはもう何年も見ていないそれで。
そして、依然はとても近くにあったものだ。
「っ!貴方が!」
「しーー!待って、ペテルバンシー。
バラしてもいい、いいんだけど、それはしばらく待ってほしいんだ。」
「お客様、大変お待たせして申し訳ございません。ルーファス公爵様よりこの邸を預かっております。クロードと申します。恐れ入りますがわたくしめが伺いましょう」
すぐ後ろに人の気配がする。
クロードさんがそう硬い声を出して俺はぐっと唇を噛んだ。
この人がここにくるということは確実に厄介なことを持ち込んできたということだ。
というか、なんでこんな所にいるんだ、この人…
邸的にもお嬢様的にもよろしくはないが、この人をこのまま外にいさせるわけにはいかない。
肝が座っている奴かただの馬鹿か、といったが、これは……確実に後者だな。
「……クロードさんに隠し通すのは不可能です。彼には話しても?」
「ああ、クロードか…うん、いいよ。
とにかく、あの嘘のつけなさそうな君んとこのお姫様には気づかれたくないんだ」
「承知しました」
どうするべきかと考えて問うたことに彼はあっさりと答えた。
扉を薄く開いて彼をギリギリ中に入れるか入れないかの所まで誘導してから、俺自身混乱しながらもなるべく簡潔に伝わるよう、後ろのクロードさんに耳打ちした。




