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あの手紙を読んでから数日が経った。
わたしは相も変わらず執務室に篭って仕事に没頭していた。
空いた時間があるとどうしても、答えの出無いことをぐるぐると考え込んでしまうのだ。
あの言い回し、あの神経質そうな文字、手紙はフローラからのものだった。
日にちは数ヶ月前のもので、内容からどうやらわたしの手に渡らないようにされていたらしい。
彼女の字を見ただけで懐かしくてなんだか涙が出そうだった。
あの人を見下したような高慢な笑顔をまた見ることは出来るのだろうか。
フローラからの手紙と同封された飾り気のないメモ紙には父公爵の字で領内であれば外出を許すと書いてあった。
平素であれば飛んで喜んだかもしれないが、今に限ってはとてもそんな気分になれなかった。
つまりそれはエル様とお父様の手回しが完了しわたしの身の安全が保証されるに至ったということだろうか。
ということは逆に最近までそうでなく、彼らがなんらか働いていてくれてたということである。
わたしがのうのうと過ごしている間も。
エル様のことをどう考えていいのかわからない。
あの話を聞いたからと言って突然、エル様ありがとう!だいすき!一生ついて行きます!とも思えないし、かといって今までのように偶然隣にきたたまたま、元王子のちょっと知ってる人、みたいな感覚で接することは不可能だ。
だって、彼は今となっては王となられたヴィクトレイク陛下の実母からわたしの命を守り、国の継承権争いが起きぬよう押さえ込んでいた方である。
リヒテンは忘れていいと思うとかいっていたけれど、そんなことできるわけがないわ。
今のわたしの生活があるのも命があるのも彼のおかげなわけだし、もういったいどんな顔で彼と会えばいいのか、わたしはどうしたらいいのか完全に迷子である。
果たしてどうしたらこの恩を彼らに返すことが出来るだろう。
「はぁ…」
幸いにもここ数日エル様からの連絡はなかったし、ちょうど数ヶ月後に迫るイゾルテの長く厳しい冬に向けた準備で仕事は売るほどあった。
きっとハーディスト領もそんなかんじなのだろう。
ここより更に北にあるあの地はもっと忙しい筈である。
あの次の日、リヒテンに毒を盛られたことを問い詰められたが、わたしは淡々とそれに応えてリヒテンのお説教を実にぼんやりと聞いていた。
王室での茶会で毒を盛られたとなれば大事である。
出来るだけ外に漏れないようにされ、わたしは十数日自室に軟禁された。
3度とも感染が疑われる流行病だと言うことで。
犯人が特定されるまではとの事だったが、いつの間にかその話は有耶無耶になり闇に葬り去られたわけであるが犯人がフィルメリア様の手の者となれば父公爵も下手に手が出せなかったのだろう。
わたしの存在を邪魔に思うどこかのご令嬢の仕業だとばかり思っていたけれど、なるほど、納得である。
下手をすればどんなこじつけをされて何の火種になるか分からない。
父公爵や邸や城の本当に限られた人間は知っていることだが、そう言えばリヒテンには話していなかった。
彼は心配性すぎる節があるし、お父様が話さなかったということは、話す必要がなかったということである。
まさか、それをエル様がご存知とは思わなかったけれど。
リヒテンに軽く1時間ネチネチと言われたけれど内容が右から左に流れていくほどわたしは心ここにあらずだった(ごめんなさい、リヒテン)。
「はぁ……」
「ため息などついて、何かあったのか?」
「え?」
黙々と文字をおっていた目をハッと上げると、久しく見ていなかったアメジストが視界に飛び込んできた。
変わらず長い黒髪をきちんと結い椅子に座ったわたしを見下ろすアメジストは光をうけてキラキラと輝いている。
いつもよりも険しい表情は真剣な面持ちで彼の瞳はわたしを逃がそうとしなかった。
「え、エル様?」
どうして…と呟くわたしにエル様は一瞬目を見はった。
「何度もノックをしたのだが返事がなくてな。
ここへはクロードに案内してもらった。
先触れも出しているが……聞いていないのか?」
先触れ……聞いていない。
執務室にこもりきりだったとはいえ、仕事内容はきちんと漏らさぬようにしていた。
これは絶対である。
考えたくなくて、仕事に逃げているのだから。
あのクロードが伝達を忘れるとも思えない。
とすれば、言わずもがな。
……クロード、あなたわざと言わなかったわね。
邸のどこかにいるであろうクロードがはて?何のことですかな?ととぼける様が目に浮かんでもうひとつため息をこぼした。




