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王妃候補として必要とされているのはルーファス公爵家の令嬢であってわたしではない。
わたしの意思というものは必要ではなく、必要なのは公爵令嬢としてどうすべきか、殿下の婚約者としてどうすべきか、王妃候補としてどうすべきか。どう見られているか。
それが全てである。
そう気づいてからはとても楽だった。
人に期待をして期待をされて、落胆して、落胆されて、自分の意思があるからつらいのだと痛感したから、わたしはいつしか自我を手放した。
婚約者なのだと言われたら公爵令嬢として産まれたのだから、そういうものだとそれに相応しくあれるように必死だったし王妃候補だといわれたらそうあろうと思った。
その現実をただそのまま受け止めて諦めていたわたしを支えてくれていたのはきっとフローラ達3人とお父様とリヒテンだ。
それを省みる余裕も何も当時はなかったけれど、ここにきてやっと周りを見たり過去を振り返ったり、自分の気持ちに向き合ったりする時間と余裕ができた気がする。
その機会を与えてくれたのもやはり、フローラ達と家族で、そしてこのイゾルテの邸のみんなだ。
共に過ごすうち徐々に家族のように、友人のように接してくれる彼らにきっとわたしは救われている。
「婚約破棄された時も特に何も思わなかったわ。そう言われるならそういうものだと、それだけ。
だって、別に殿下のことをどうこう思ってはいなかったしね。愛する方と共にあろうとする殿下を眩しく思ったわ」
「お嬢様はずるいです!」
珍しく大人しく話を聞いていたかと思ったらマリーはうつむき気味だった顔を上げた。
複雑そうな表情を浮かべてわたしを真っ直ぐに見る栗色のひとみが僅かに非難の色を写していることに気づく。
トレイシーは1度なにか口を開きかけてでも、すぐに閉じた。
「お嬢様は国1番の貴族の家に産まれてお金もあるし、働く必要もなくて、お綺麗で国中の憧れていて、あんな素敵なアルテンリッヒ様が弟で、王子様と婚約者で、たくさんのものを持っていたのに、興味が無いからってすぐに諦めてしまって…贅沢です……」
尻すぼみに声が小さくなっていくマリーにわたしは苦笑を浮かべた。
自信がなくなってきたのか、自分が何を言っているのか分からなくなってきたのか、マリーは眉を下げて鼻をすすった。
確かにその通りである。
きっと、ほとんどの方はマリーのように思っているだろう。
たくさんのものを持っていて綺麗な世界で綺麗なものに囲まれていたくせにあっさりとそれを諦めて被害者のように振る舞う我儘な娘。
そう思われていて当然だと思うし、わたしも貴族の娘でなければそう思っていたと思う。
けれど、マリーがもし公爵令嬢として産まれていたとしたら彼女もきっと別のことを考えていただろう。
そんなものなのだと思う。
他人の事情や思いを分かりきるなんて不可能なのだ。
だからそれを埋めるために自分を知ってもらって相手のことを知ろうとして言葉で歩み寄る必要があるのだろう。
わたしはその努力を極端に怠っていたということだ。
だからそう思われて当然。
「そうね、マリー。
わたしは贅沢なの。だから、今はこの邸で居場所を作りたいと思ってるわ。
今度は諦めたくないの」
これがわたしの思いのすべてだった。
今度はきちんと伝えていこうと思う、伝えてほしいと思う。
諦めずに考えて悩んで、向き合っていきたい。
マリーは栗色の瞳を見開いてからうっすらと瞳に幕を作って飛びついてきた。
トレイシーはそれを制止しかけて、やっぱりやめたようだ。
「…仕方がないお嬢様ですね、諦めそうになる前にマリーにいってくださいね!」
絶対ですよ!
なんだか偉そうなマリーにぎゅっと抱きしめられて
またもや苦笑すると同じく苦笑を浮かべたトレイシーと目が合った。
彼女はこほんと咳払いをして眉根を僅かにあげた。
わたしはマリーのことを可愛い妹のように思っているし、もしかしたらマリーもそう思ってくれているのかもしれないし、トレイシーもある程度許容してくれているものだから、たまに忘れてしまいそうになるけれど。
そういえば互いに立場がこれでも、一応あるわけで。
ああ、マリー、ごめんなさい。
あなたまたトレイシーに怒られてしまうかもしれないわ………
それからしばらくして案の定マリーは話がありますとピシャリと言ったトレイシーに引きづられていってしまった。




