暗殺者の男
男は朝から不機嫌だった。
朝から雇い主に呼ばれたからだ。男はストレスを感じると過食になる。途中でミートパイを買って、ぼろぼろとこぼしながら頬張り、指定された場所へ向かった。
男の雇い主は王家の人間だ。黒い髪には赤や緑の光沢があり、紅い瞳はいつもぎらぎらとした野心を宿している。今日は男同様雇い主の彼も機嫌が悪いようだった。
男の仕事は高額だ。だから雇い主は本当は頼みたくないんだろう。男だって本当はこんな奴の仕事を受けたくはない。
雇い主は若く、生まれた時から特別な位置にいて何もかもを手に入れようとしている貪欲な奴だ。整った顔立ちは見るたびに不愉快だったし、彼の、いかにも特別な人間といった尊大な態度にも苛立ちを助長させられる。男はこいつに雇われてから体重がかなり増えた。
だから破格の金額を払ってくれる依頼人ではあったが、男はそいつのことが、嫌いだった。
ただまあ、そもそも男はこの世に好きな人間は誰もいない。
男は昔から顔が醜く、親にすら愛されなかった。この世に自分を愛する人間は誰もいない。そう思って生きている。
男が実際に醜かったかというと、決してそんなことはない。
ただ、男は鏡を見ることさえしないし、顔を常に隠している。自分の顔がどんなものだったか、もはや男自身にすらわかっていない。
その状態で常に醜さに強い劣等感を抱えて生きている。男は十歳で親に捨てられるまでの記憶はあやふやだが、きっとずっと醜くて嘲笑されてきたのだと思っている。自分は醜さを理由に親に捨てられたのだ。
男はずっとそう思い込んでいる。それが全てだった。
男にとって、この世には殺したい人間が溢れており、その力があるならば手当たり次第殺していただろう。男は世間への憎しみを糧として生きていた。
だから金をもらい人を殺すこの仕事は男に向いていた。
どこにも向けられない苛立ちと破壊衝動が多少なりとも発散できる。それで金ももらえるのだから僥倖でしかない。
標的はまだ若い女だ。特徴を聞くと男と似たような色合いの独特な黒髪を持ち、金色の瞳。おそらく兄妹か何かなのだろうが、それについて何を思うこともなかった。雇い主のことは虫がすかないが、さほどの興味もない。
「邪魔になる可能性があるから殺せ」というのが依頼理由であり、今までも似たような理由で何人か殺していた。そもそも雇い主の持つ理由になんて興味はない。
男は性格に問題はあるものの、手練れであったし、数えていないまでも数多くの人間を仕事で殺してきた。
男は依頼を受けてから標的の足跡を辿り、追っていた。
動きが変則的で見つけ出すのに多少手間取ったが、街から外れたところで金色の瞳の女を見つけることができた。
姿は確認できた。殺すのは殺しやすい場所に移動した時、それからだ。
しかし、そこには男にとって予想外の同行者がいた。
標的と行動を共にしている青年。その顔を見た瞬間に、男の胸が湧き立つ。
銀糸の髪に翡翠の瞳を持つ青年は若く、飛び抜けて美しい顔を持っていた。
見れば見るほど、男の口元が緩んでいく。
男は、顔のいい男がこの世で何よりも嫌いなのだ。
あの顔を思うさま殴りつけて、二目と見れない顔にできたら、さぞ気持ちがいいだろう。男は今までも顔のいい男を殴りつける時、性的興奮を感じていた。
殴りたい。顔面がグチャグチャになるまで殴り続けたい。顔中血で真っ赤に染めて、ぐったりしたところを嬲り犯し、最後に鼻を切り落として、自らの無様な姿に嘆く姿が見たい。
「う、ひゃあぁあ〜」
男はあまりの興奮に甲高い叫びをあげて失禁した。




