Vol.68 『切磋琢磨とは』
※ランキングとは"日間"のことであります。
今って――と書くと何か変な感じもするが、"相互"てどういう位置付けなのだろうと思う。位置付けって言葉も違うような気もするけれど、"相互クラスタ"で批判エッセイがランキングに上がってきていた頃よりも、言葉の位置付けは良くなったんだろうとふと思うときがある。
相互の言葉自体を目にしてモヤっとする気持ちと、刺激しあい創作活動を活性化させる仲間であるという気持ちと、私の場合は半々で頭の中に浮かぶ。
モヤっとする気持ちがあるのは、ポイント不正水増し云々で盛り上がっているのを目にしていたからだろう。素直に創作仲間と出てこない自分がときどき汚くも思ったり……。
刺激しあえる同志と思う気持ちが生まれたのは、多くはないが企画に参加したり、自分で企画したりがあったからだ。
やってみなければどういう気持ちになるかわからない。わからないけれども、ときどき目にする企画で「それで何を目指すのだろう」と疑問に思うことも正直ある。
まあ、活性化するだろう。
誰が企画するかでも違うのだろうが、評価をし合うことがメインに見えるのか、作品を作ることがメインに見えるのかで、その企画が先に書いたモヤっとするものか同志ものか区別されてしまう。勿論、私個人の頭の中でだ。
大抵、モヤっとに見えるものは「そういう集まりかもしれない」と思ってしまう。そして、もっと何か"そういう集まり"に見られなくて済む言い方があるのじゃないかと……なんだろうね、頭が固いのかな。
創作してからの評価。
評価をどれくらい取れば(取れるか)…な創作。
最終的に「評価で決めるランキングに載る」ということには違いないが、違いがあるように見えてしまうのだ。
もっと言えば、評価云々とランキングに上がってくる作品とそれに同調、共感して感想を書いているユーザーをミュートしても過疎ランキングには影響はありますが、人気ランキングには影響がないのです。
書籍化作者さんも時折エッセイランキングに登場しますが、ミュートしても大きな影響はない…。
だから何だ? て話だが、健全臭を醸し出すにはどういう言葉で綴るのがいいのだろうなって話。
全く意図していないことが、他人には怪しく見えてしまうことがあると思うと、やはり伝えるって難しいなと思うのであります。メリットとデメリットを書いてみる――ぐらいしか私には思い浮かばないですが。
以上です。
('・ω・')
「健全ってなんだろうと思ったり。
失礼だけれど"そういう集りの人?"と勝手に思う人たちをミュートすると……以前、ミュート機能ができたときにもやってみたらエッセイとその他と詩が虫食い状態になったのですが、今現在やってみるとその他にあまり影響がない。
その他の雰囲気?といいますか、変わったのかなと。エッセイをエッセイジャンルにあげる人が多くなったのでしょうか。
ジャンル詐欺で一時期盛り上がっていたので、その影響も出ているのかな〜と思ったり。
"そういう〜"という目で見てしまうのをなかなか払拭することができない。私の悩みです。あまりエッセイジャンルにいるのも問題だと、エッセイ書いといて思います」





