Vol.107 『エッセイ』
エッセイ作品を書くのに楽なのは……と言ってしまうと怒られるかもしれないが、まあ自分自身のこと。特にゆるゆるで穏やかでのんびりした些細な日常のこと。そこで隠したりはたまた嘘ついたり美化したりするのは作者さんのさじ加減だ。身バレして知り合いや家族に見られたとしても、作者さんのことは作者さんしか知らない。
次に、同じことかもしれないが、なろうでの活動報告、創作論だと思う。
作る上で思ったこと考えたこと感じたことを書けばいい。ただし、下手すると――ミュートやブロックの対象になる。感想に反論される方がまだマシだというぐらいに。
続いて……
楽なもんはないのが、ときどき見かける政治的なこと、今は教育についてが少々流行り?というか気になって見てしまうのですが、私には書くのも読むのも難しいなと思う。
政治は、そもそもなろうのここで何か言葉を交わしたところでって思ってしまうから。そのやり取りで物語を書くことの糧になるぐらいしか私には思いつかないし、物語も書いていないとなるとなろうで何らかの情報を得るよりは、自分の目と耳で見て聞きに行く。
そして教育のこと。義務教育。なんのために勉強するのかとか。
……教育って何だよって、何だと思ってそれについてときどき作者さんは綴っているのか考えがよく見えないし、決まって"子供は宝"だって〆るのでわからない。
私は、子供のとき、お金の稼ぎ方を学びたかった。結局、金が必要だって思ってた小学生だった。母子家庭は憐れまれ、施しを受けないといけない家庭なんだって、毎年役所から届けられるクリスマスプレゼントのボールペン一本にすらありがたがらないといけないのかって、それすら買えないものが母子家庭だっていうことなのかと無理矢理思わされているようで嫌だった。
友達の父親の悪口を聞かされ、そして父親に買ってもらったんだという自慢話を聞かされ、無性に友達が憎らしい気持ちで「なんで子供は働いたらいけないんだ」「どうやったらお金って稼げるんだ」なんて、勉強することが何に繋がるんだと今思えば勉強することとお金を稼ぐことを繋げられなかったことが不思議に思う。
生きていくために勉強する――とは教えられたが何か頑ななよくわからんものに支配され、中学生のときに近所の小学生に算数を教えていたら「なんで計算できないといけないの?」と聞かれて「将来困るから」しか言えなかった。
だってそれが当たり前だ、しかわからなかったから。
なんのために漢字を覚えないといけないのか、なんのために計算できないといけないのか、なんのためにひたすら並縫いしなきゃいけないのか、なんのために校庭を走らされて跳び箱を飛ばされたのか、なんのために歌ったのか、ローマ字から入って英語やったのか、地図記号も都道府県も、そして絵を描いて彫刻刀で彫りまくって正月に"正月"の書き初めしなきゃならなかったのか、友達を作らなきゃいけないのか、先生を敬ったのか……道徳で誰かの立場に何度立たされたか。
お金の稼ぎ方の可能性を手っ取り早く教えてもらえたのが学校だった。
どうりで作文に「将来の夢」をやたらと書かされたわけだ。書かされても進路を選ぼうとすると「それで食っていけるのか」と強烈な足止めをされる…。そんなこと今からわかるかよと言い返せないほどに、振り切ることが難しいほどに、親にも子供の自分にも金が欲しいって思った。
振り切って稼いで大学には行きましたが、辛くて退学しました。稼ぐ方が楽しくて(笑) 後悔はしてはいない。
けれど、働きだしてから格安で資格の勉強させてもらえるんだったら、半年…一年、大学にいける時間があったら見える世界が変わったのかなって、子供の可能性だけでなく大人の可能性だってあるだろうと思ったりしたこともある。
大人になって味わうキャンパスライフ……通っていた大学の食堂のカツ丼が美味かったことと、漫画の『サラリーマン金太郎』で金太郎が気になって大学の図書館に入り、高価な本を手に持って感動している部分を思い出す。
あとね、職業訓練校に行ってみたいって子供のときに思ってた時期があったなあ。
まあ何の話だよって感じなんですが、エッセイ作品を書くって難しいなって話です。冒頭で楽なのは〜とか言いましたけど、どうしたって自分の目線でしか言えないなーと、どれだけ道徳で「その人の立場になって考える」を叩き込まれても、私の想像力はたいして豊かにはなっていない。
うん…ちょっと意味がわからなくなっててきた……そんなところでエッセイ書くって難しいと思った今日この頃です。
以上です。
୧( ಠ Д ಠ )୨
「エッセイってなんだろうと思った。
辞書引いてそこにこたえが出るけれども、エッセイを書く目的とは……?
救われたいとか、自慢とか、構ってとか、憂さ晴らしとか、共感を得たいとか、人格者でありたいとか、きっと様々ある中で私は自分の新しい考え方の発見や、モヤモヤしていたことに対する自分なりの答えを見つけるためなのかな、と。
そして、ほんのり刺激的な反抗心(笑)」





