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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
チハたん
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チハたん物語3

 戦後、九七式はただ棄てられる運命にあった。

 九八式や二式が一部土木機械に転用されたのとは違い、敗戦後の日本で多脚歩行機械を維持する資金力や組織力を有した組織や企業は存在しなかった。


 そんな中でも白石は多脚歩行機械の研究を諦めずに続けている。


 それは自衛隊発足と同時に始まった国産開発に見る事が出来る。


 まず初めに行われたのは九七式をベースにした装甲車両の開発だった。60式自走無反動砲の試作の中に白石鉄工所が製作した多脚試作車が存在している。今でもりっくんランドへ行けばその姿を見ることが可能だが、それはまさに九七式といって良い姿をしている。残念なのは無反動砲を搭載したために砲塔が存在しないことだろうか。


 その後の白石鉄工所は林業や農業向けに多脚歩行機械の開発を行っていたが、その高額さからまるで引き合いが無かった。唯一成功していた事業は鉱石管のノウハウを生かしたコンピュータ開発の分野だった。後に電子部門は分社化され、白石電機は世界的な企業となっているが、その礎は戦前の鉱石管の開発にあった。


 サラッと流されることが多い鉱石管だが、よくよく考えて見ると不思議ではないだろうか。


 戦後、米国でトランジスタが実用化されるまで多くの人が鉱石管には注目していなかった。

 しかし、その構造や用途は同じであり、性能では開発が速かった分、鉱石管に分があった。それが日本のコンピュータが世界を席巻出来た理由ではあるが、当の白石国倫はその潜在力を知りながら、多脚機械以外への利用を考えていなかった。

 にもかかわらず、トランジスタの利用が始まると大々的に宣伝をはじめ、米国との訴訟問題にまで発展したが、日本には鉱石管の特許が存在したために一切退くことなく争い続けて勝利してしまう。

 その結果は安価に入手できる鉱石管による日本での電子機器の急速な発展につながる訳だが、やろうと思えば戦前にすらできたはずだった。


 そして、彼の関わったものでもう一つ不思議なものがある。


 白石鉄工所は多脚歩行機械の開発以外はまるで防衛産業に関りを持たなかったのだが、白石自身はそうではなかった。他の旧軍技術者同様に自衛隊との関係があった。


 そして、彼が大きく自衛隊の計画を変えたのが75式戦車といえるだろう。

 当初、75式戦車は1,2年早く制式化されていてもおかしくなかった。さらに言えば初めて国民が目にした試作車の流麗なシルエットとは似ても似つかない姿に変わり果ててすらいた。

 現在の目から見れば75式戦車こそが戦車として当然と思えるのだが、当時の目から見ればソ連戦車やフランスのAMX30もかくやという低く被弾経始に優れた砲塔こそが戦車の姿と映ったことは間違いない。


 白石がその採用に待ったをかけた。


 現在公開されている資料によれば、当時は実態がよく分かっていなかったソ連の滑腔砲弾や成形炸薬弾、或いは彼が旧軍時代に提案した粘着榴弾などについて語ったことによって、被弾経始では新時代の砲弾は防げず、まずは中空装甲で凌いで開発が成ればセラミック装甲を採用するという流れへと変わった。


 その結果、外見だけなら現在の10式戦車と何ら変わらないあのシルエットが生まれることとなった。


 何せ彼は開発計画そのものを一新させるような情報と設計図をもって乗り込んだというのだから驚かされる。

 当然、それには負の部分も存在している。現在、りっくんランドに行けば、75式や10式よりも大柄な戦車を目にする事が出来るが、あのレオパルト2に似た試作車の採用が成らなかったのは、白石が提案した75式戦車が存在したからだ。

 試作戦車の特徴はその120mm砲と複合装甲、電子機器なのだが、75式戦車は120mm砲以外をすべて実現してしまっている。試作車が48tに達するのに対し、75式戦車改は41tでしかない。初めから複合装甲や電子機器の採用を想定して設計されたがために余計な重量増なく改修が行えたことで、北海道でしか運用できないと判断された試作車ではなく、75式戦車の改修が選ばれることになった結果だった。


 もし、当初計画通りに75式戦車が開発されていれば試作車が1988年前後に採用されたと言われている。


 白石の不自然な行動を探れば戦前にも疑問のある行動が出てくるほどで、一部では彼が転生者ではなかったかなどという話が囁かれているほどだ。

 そして、彼を有名にしたのがあまりにも似つかわしくないファンタジー作品を執筆した事だろう。そこでは九七式中戦車が通称のチハの名称で主人公たちの乗車として登場している。

 

 長期間映像化されることが無かった作品であり、発表当初の人気も今一つだった。中には戦争賛美や旧軍を美化しているという左派による批判すら受けていたほどだったが、白石が死去した2005年にアニメ化企画がたちあがり、5年後の2010年に放映され、一躍人気を博すことになった。

 ちょうど軍事アレルギーが薄れた時期でもあり、複数の美少女アニメが放映された時期と重なったことが人気の原因だともいわれている。


 その多くは主人公をはじめとしたキャラクター人気ではあったが、チハをモチーフにしたぬいぐるみが作中で登場して以後は「チハたん」という名称で九七式にもスポットが当てられることになった。

 それに合わせるかのように白石グループは自衛隊の水陸両用車計画への多脚歩行機械での参画を表明して更なる話題となり、チハたんはブームにまでなって行く。


 九七式が開発された時点では、日本の技術力では15t程度の機体しか実現不可能だった。現在の白石グループの技術であれば40tの機体を装甲車両と変わらない速度で走らすことも容易になった。白石農機が販売する4脚型農薬散布機が特殊車両の最大速度である30kmで危なげなく走る姿は田園風景の一つとなっている。

 もしかすると六脚型小型運搬車の方がなじみ深いかもしれない。本来は林業用あるいは山岳救助のために造られたものだが、アウトドア施設での貸し出しが行われ、手軽に山野を走り回れる乗り物となっている。


 これらは最新技術によって機体側がレーダーや画像で最適の動きを選択してくれるため、人間が行うのは方向の指示程度であり、車やバイクと大差ない感覚で運転が出来る事が大きな特徴となっている。


 未だ開発中であり、その子細な内容はほとんど知る由もないが、自衛隊が多脚装甲車を採用したならば、九七式中戦車の再評価のもつながるのではないだろうか。


 

書いていてあまりにも味気ないので、もしかしたら、テイク2やるかも?

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