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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
らのべっぽいみたいな回想録
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らのべっぽいみたいな回想録 20

 1945年6月18日、満州から五式重爆撃機「昇竜」40機が飛び立った。日本空軍の大型爆撃機のコレが全力出撃というのだから、米機には到底及ばない。


 この爆撃機はB29には及ばないが、B17同様、4tの爆弾を積んで4000kmを飛べる機体だった。何より、ネ210を8基装備して時速700kmで飛べるというのは画期的だった。


 そのため、ソ連軍の迎撃をほぼ受け付けることなくイルクーツクを爆撃し、文字通りに廃墟と化して帰還している。


 翌日には32機でチタを爆撃してこれも廃墟にしてしまう。搭載した爆弾は後の核兵器を別にすれば未だに史上最強の威力と言って差し支えない燃料気化爆弾が使用され、爆撃後には無残に黒焦げた死体と廃墟が残されるだけだったが、毒ガスによって70万人を超える人々を死に追いやった報いにしては少ない犠牲と言って差し支えなかった。


 時をほぼ同じくしてペトロパブロフ・カムチャツキーから大量のB29がシベリアへと飛んだ。一切の日本軍による妨害を受けることなくシベリアの森を焼き払い、彼らが任務を全うした頃には7月を迎えていた。


 このあいだ、日本軍によるオホーツク海沿岸への砲撃や上陸、米軍によるカムチャッカ半島での砲撃や上陸などの戦闘は行われたが、日米間で直接交戦は行われず、不思議な平静が訪れていた。


 8月には未だ正式な停戦もなされていない中でソ満国境では米軍機がソ連軍を攻撃し、シベリアにおいて日本軍機が米兵救出に動く米陸軍を支援する動きがみられるようになる。イルクーツクやチタといった物資集積地を文字通りに消し飛ばされたソ連軍の動きは鈍く、8月にはバイカル湖沿岸まで航空機の活動が行える状態になる。シベリア奥地でも日米は協力して米兵救出にあたっている状態だった。


 この、交戦なき戦争状態に至った原因は英国の主張にあった。


 ドイツとの戦争を止める気が無い英国は、この時点でも停戦を固辞しており、米国は単独停戦という手段に出る事が出来なかった。しかし、シベリアの状況は既に日米が戦争していける状況ではなく、ソ連による悪用を共に阻止するという共通の認識が出来上がっていた。突然の大統領交代でそれまでの容共政策が転換されたことも大きかっただろう。

 9月2日、英国は庶民院を解散して総選挙に打って出た。首相は強気の態度をとったが、選挙で大敗した首相は退陣を余儀なくされ、10月21日、英国は対独停戦交渉をはじめ、これに伴って日米の停戦も正式に成立した。

 日米停戦に伴ってヴェノム文書の一部が一般に公開され、赤狩りと前大統領の罪が断罪される。それが英国にも波及した事で英政界も大混乱に陥った。


 この時点で日独は未だソ連との停戦は行っておらず、交戦は続いている。

 米国では拉致した米兵による毒ガス攻撃強要というソ連の行動を知った国民が激怒し、米兵救出の名のもとに対ソ戦が行われ、英国でもヴェノム文書による混乱から対独支援と北極圏での作戦が実行に移されることになった。


 インド洋は日英の停戦によって英国が取り戻しはしたが、ソ連との対立に加えて支配が弱まったインドでの騒乱に直面して身動きが取れなくなってしまう。

 東南アジアも日本の撤退で元の支配国が戻ってきたが、独立運動に巻き込まれるだけになり、結局、日本が関与していく状態になって行く。

 フィリピンは米比軍司令官が早期に降伏した事で米統治機構がそのまま残り、大きな混乱なく独立するのだが、南部宗教勢力との抗争は避けようがなかった。


 支那における韓国解放軍はこのころ完全に補給が途絶して野盗と化しており、影響力を持って居なかったが、他の軍閥も状態は似たようなものであり、勢力の乱立した戦国状態にあった。

 日本は対ソ戦もあって長城以南への介入は行わず、フィリピンを取り戻した米国のみが支那へと介入していくことになる。


 ソ連は1946年3月に書記長が暗殺される政変によって停戦へと事態が動き、日本もようやく戦争を終える事が出来た。

 対米講和においては前大統領の容共政策や対独参戦への挑発があったことが次々明るみに出て、対日開戦も米側による先制攻撃であったことが発覚するに至り、日本には一切の賠償が課せられることは無かった。英国に至っては米国の対独参戦のために対日宣戦布告という暴挙であったことから講和において一切の要求を行う事が出来なかった。

 ただ、講和の条件として米英による支那権益確保に介入することを禁じられ、ただその行為を見守るだけではあったが、おかげで日本が米英軍の物資補給地となる事で間接的な利益を得る事が出来た。


 日本はこの講和交渉において満州を除く支那権益をすべて放棄させられている。対ソ講和において、毒ガス攻撃の賠償として北樺太割譲とシベリアの資源権益を得る。


 こうしてようやく戦争が終わったのだが、日本国内、特に毒ガスに晒された地域の混乱は戦後も長らく続く事になった。


 支那は長らく戦乱に明け暮れ、早々に撤退した英国とは違い、米国は支那の戦乱にのみ込まれて20年に渡る泥沼を経験する。インドシナではフランスやオランダが同様に独立戦争の当事者として戦い、1970年にようやくアジアにおける全ての戦火が収まったが、その間、日本は特に米国の兵站として潤う事になった。華北は米国が血みどろの戦いで中華民国を擁護したが、経済的には完全に日満の勢力圏であり、華中では米英の権益が乱立して戦火が止んでなお対立が続き、華南はいつの間にか入り込んだフランス勢力が幅を利かせていた。

 東南アジアでは戦火を逃れた華人が経済を握り、インドは結局宗教戦争で分裂、インドやインドシナに権益を残そうとした英国は各地で複数の舌を使い分けることで何とか権益の確保には成功した。


 北方では結局、カムチャッカから米軍は撤退せず、書記長暗殺後のソ連内戦に乗じてカムチャッカを事実上支配下に置いてしまい、日本も協力する形でシベリアには極東政権が樹立されて、今でも極東ロシア共和国として存続している。



 物語は言う、手記を残した警備兵は未来人の施設運営に深く関わり、終生その秘密を胸にしまっていたのだそうだ。

 そんな彼は未来人と仲良く話すようになった際に、その歴史の変容を見た未来人に言われた「らのべっぽい世界だね」という一言から、タイトルを決めたという。


 それは世にライトノベルという文学ジャンルが出来る以前、1970年代の事だったらしい。


 1920年代からの日本の急激な発展を思うと、この小説がただの架空戦記と断じるにはあまりに具体的な指摘をしている点が見受けられる。

 しかし、そうはいってもその具体的な指摘はいくつもの根拠によって崩されてきたのも事実であり、なかなかよく出来た創作というのが、現在我々の下せる判断ではないだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 20話の連載、完結おめでとうございます。 ここ最近の楽しみにして読んでました。 [一言] 筆ひげとソ連はちょび髭とナチスの代わりに後世でのフリー素材と化したか。
[一言] 70年代ならジュヴナイルだったな ルーの字 史実の歴代トップの名大統領から国産仮想御用達のステイツの名誉を汚した売国奴と もしこの世界でも同じような存在として現れたのなら栗きんとんと並びそ…
[一言] 完結なのかな? やはり最後はソ連が袋叩きですよね。 そしていかな米国でも中国に入り込めば泥沼は免れないと。 結局、大勢亡くなったけど戦後秩序で日本は国が壊される事もなく漁夫の利を得たのかな…
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