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とある世界の日本  作者: 高鉢 健太 
英国面を克服セヨ
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英国面を克服セヨ  下

 戦後、パイロット達を恐怖に陥れた元凶の調査にやって来たアメリカ軍は、九六式四十粍機銃に驚いた。


「こんな旧式兵器が、20世紀になって実用化されていたのか」


 アメリカへ持ち帰り試験を行うと、彼らも日本海軍が持っていたものと同じ固定観念を打ち砕かれた。


「過去の枯れた技術だから現代では使えない。そんな固定観念で古い技術を切り捨てる事は出来ない」


 その後、アメリカ軍は航空機関砲のさらなる高性能化を目指し、忘れ去られていたガトリング砲を再発明する事になる。

 こうして生まれたのがM61「バルカン」であった。


 これに対し、戦後日本では九六式四十粍機銃の再評価は行われなかった。


 発射速度は高いものの、ポンポン砲に由来する弾薬はもはや時代遅れとなり、改良する理由を失っていた。


 機銃本体も5本、ないし3本の銃身を備える構造から重く、より軽量で扱いやすいボフォース40ミリ機関砲が導入された。


 技官も欠点は理解していた。


 戦前、戦中はプロペラ機が用いられ、飛行速度も遅く、毘式四十粍弾薬の様な射程の短い弾薬でも有効だった。しかし、戦後はジェット機が主力となり、射程の短い毘式弾薬では相手を撃墜する時間的余裕が無くなっていた。


 もし、ボフォース40ミリ弾薬を使用した回転砲を作っても、大きく重く成りすぎとても採用は望めなかった。


 技官もその事は理解していた。


 しかし、諦めきれなかった。


「せっかく生み出した技術がむざむざ消えていくのは忍びない」


 対策はあった。


 九六式四十粍機銃を送り出した技官は、その欠点を早くから理解し、より軽量な機銃を模索していた。


 それは、リボルバー拳銃の様に弾倉のみを回転させ、銃身を固定された一本に減らしてしまうという解決策だった。


「銃身を一本に出来れば、さらなる軽量化も見えてくる」


 だが、戦前の日本には弾倉と銃身を分割した新しいリボルバーカノンを実現できるだけの精密加工技術がなかった。


 技官の構想は実現することなく終戦を迎えた。


 戦後、技官はドイツが同じ発想を実現していたことを知り、悔しがった。


「技術力さえあれば、日本でも実現出来ていた」


 技官は戦後、防衛庁顧問となり新たな機関砲開発を主導して行く。


 戦後の経済成長によって技術も向上し、1968年には新型リボルバーカノンの試作にこぎ着けた。


 その技術を応用し、作動不良を可能な限り減らした動力駆動機関砲(チェーンガン)の開発にも成功した。


 しかし、その頃にはミサイルの時代を迎え、僅か数キロ先に対して多数の弾を撃ち込まなければならない機関砲開発は後回しにされるようになっていた。


「既に優秀なボフォースやエリコンがある。わざわざ多額の費用を掛けて新しい機関砲を国産開発する必要がどこにあるのか」


 技官の試みは周囲に否定された。


 自衛隊はアメリカからの供与を受け、ボフォース40ミリ機関砲を多数運用していた。

 海ではボフォース40ミリ機関砲が多くの艦艇で運用され、陸ではボフォース40ミリ機関砲に加えてエリコン35ミリ機関砲まで導入されていた。


 虚しく退職するしかなかった。


 転機が訪れたのは退職から10年近く経ってからだった。


 後に87式自走高射機関砲となる車両の開発が始まった。


 この時、ドイツが運用していたゲパルトを参考に開発する意見が大勢を占めていた。


 実際に優秀で、参考車両として申し分なかった。


「わざわざ外国製機関砲を採用しなくとも、より強力な機関砲が日本で試作されていたではないか」


 ひとりがそう訴えた。


 技官と共にリボルバーカノン開発に携わった人物だった。


 技官たちが開発していたリボルバーカノンは、ボフォース40ミリ/L70用弾薬を用い、発射速度の限界は1000発を超えると見積もられていた。


 当時、自衛隊が搭載を考えていたエリコン35ミリ機関砲の発射速度は550発。圧倒的だった。


 弾薬共通化などの議論も行われたが、発射速度が圧倒的なのでゲパルトの様に二門備える必要がなく、一門に減らせばその分砲塔も小さく出来るではないか。


 そう説いて採用へと皆の意見を導いた。


 技官は完成した車両を見て、泣いた。


「戦後40年、ようやく九六式の後継を世に送り出せた」


 その2年後、89式戦闘装甲車には30ミリ動力駆動機関砲(チェーンガン)が採用された。


 技官の努力が実った瞬間だった。


 さらに、プルトニウム輸送の護衛のために建造された巡視船「しきしま」には、87式40ミリ回転弾倉機関砲(リボルバーカノン)2門、89式30ミリ動力駆動機関砲(チェーンガン)2門が搭載された。


 1999年に発生した能登半島沖不審船事件を契機に、海上保安庁は精密射撃が可能な両機関砲の本格的な導入を決定し、40ミリ機関砲を大型巡視船に、30ミリ機関砲を中型巡視船へと順次搭載されていくこととなった。


 海上自衛隊は超音速対艦ミサイルの脅威に対応し、ファランクスに替わる近接防御火器(C I W S)として、40ミリ回転弾倉機関砲(リボルバーカノン)を新開発のプログラミング砲弾と共に採用した。


 陸上自衛隊はウクライナ戦争の戦訓から、ドローン対策として87式自走高射機関砲に再注目した。

 新たにプログラミング砲弾を運用出来る様に改修を始め、海上自衛隊の近接防御火器(C I W S)の車載型開発を模索している。


 日本がQF2ポンド・ポンポン砲を導入して100年、技官の生み出した機関砲は今日も日本の守りに就いている。 

技官は泣いた←✖️


技官は黒い笑顔を浮かべた


「九六式の後継を世に送り出せた」←✖️


「フハハハ、ミレニアムを超える『究極のリボルバーカノン』を世に送り出せたぞ!」




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― 新着の感想 ―
英国面……それはロマンとネタの結晶! 数々の失敗でネタを提供するけど、中には技術者の工夫と努力により立派な実用品が誕生する。
銃身の冷却はどうすんだなんて言うのは野暮ですねw 面白かったです!
リボルバーカノン…… 37ミリリボルバーカノンだと世界(線)が変わる(変わってしまう)
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