近衛文麿の妄動
「おい、また関白からだ」
一人の軍人が同じく呼び出された別の軍服姿へと声をかける。
「今回は何だ?そう言えば、海軍は戦艦の建造中止を言われ、さらに戦闘機の開発にまで事細かく口出しを受けているそうだ」
ほとほと困り顔でそう答えるもう一人。
関白総理大臣近衛文麿に呼び出しを受けた陸軍将校が執務室へと入ると、執務机に向かわず、なぜか窓の外を眺める近衛の後ろ姿が目に入って、さらに顔をしかめる将校たち。
「呼び出したのは他でもない。先だって教えた二つはどうなっている?」
近衛は振り向くことなく、窓の外を見ながらそう聞いてくる。
「はい。二件とも、その理論に間違いはなく、実験にも成功しております。今後はその実用化に向けた更なる試験を行い、速ければ1年程度で実用に耐えうる砲弾が完成する物と思われます」
将校の1人がそう返答する。
「そうか、それは良かった。しかし、あの二つ、簡単な方法で防御が可能になる。下手をしたら金網や土嚢さえあれば防げるのでは、更なるブツが必要だとは思わないか?」
そう言ってようやく将校たちへと顔を向けた近衛は、そのまま机に上にあった一冊の本を手にする。
「この小説に新たな、いや、画期的な新型砲が載っている!」
そういって将校たちに見せたのは、数日前に発売された空想科学小説であった。
昨今、近衛を扱った作品にはこのような場面が出てくることが多いと思う。
今でこそ、それが当然として受け入れられているが、25年前まではタブーとさえ言われていた。
25年前、「ルーズベルトの戦争計画」が日本でも和訳が出版されると一大センセーショナルを巻き起こした。
従来であれば、統帥権干犯に始まる軍国時代を更に強化し、戦争計画を推し進めて計画的に戦争を始めたのが近衛文麿であるという関白史観なるものが唱えられ、そう信じられていた。
しかし、1996年に公開されたルーズベルト政権における政策、作戦立案に関する公文書によると、中国市場を狙うルーズベルトによって、部分的な参入しか認めていない日本による満州市場の開放は障害でしかなかった。
さらに、米国企業によって満州で日系資本、企業が中国向け商品を産する事はもはや看過できない問題と指摘されていた。
こうしたルーズベルト政権による日本観がはじめて日本へと伝えられると、それまで信じられていた米国の対日政策が一夜にして瓦解していった。
戦後日本において一般的に信じられていたのは、満州や朝鮮に進出する米企業に不信感を抱くようになった関白が圧力を強め、ルーズベルト政権が近衛の姿勢を憂慮し、改善要求を行う中で、決定的な認識の乖離から米国企業引き上げに至ったと言うものだった。
しかし、米国の公文書公開はその関白史観を根底から覆す。
それまで一部で近衛の英断と言われた戦艦建造中止がまさかの戦争要因であったことなど、それまでの価値観を覆すに余りあるものであった。
しかし、米国による公文書公開、それをつぶさに調べ出版された「ルーズベルトの戦争計画」によって、近衛文麿の評価が下がったかというと、実はそうでもなかった。いや、再評価されたと言ってもよいほどだった。
戦前、近衛は米国に対して敵対的な事ばかり行っていたという考え方が逆転したのも、「ルーズベルトの戦争計画」において、米国における近衛の行動が記されていたからだった。
近衛は米国での投機、投資による膨大な利益の多くを米国に還元していた。従来は近衛埋蔵金などと騒がれていた大恐慌前後における近衛の膨大な株取引益だが、多くは米国内で得た利益は米国内で循環され、企業再建に活用され、対日投資という形で日本へと還流されていた事が子細に述べられている。
日本では謎とされていた米国での対日戦懐疑論だが、このようにして米国企業を近衛が大恐慌前後の株式で得た利益を基に再生し、対日投資へと誘っていたという明確な行動が明らかになって、ようやく理解が進むことになった。
さて、冒頭に挙げた話は往々にして事実ではない。近衛が安孫長道作品を軍人や技術者に振りかざして開発を促したなどという話は寡聞にして聞かない。
それもそのはず、事実は逆だったのだから。
安孫というペンネームをもった作家は長らく不明とされていた。その謎が世に知られたのは、1996年6月、米国による公文書公開の前であった。
この時、すでに高齢を理由に引退を決めていた著名作家がその引退会見を開きたいと知り合いのジャーナリストに伝え、半ば身内の慰労会のような形で集まった記者や作家たち。
そこで語られた内容は衝撃的であり、すでに忘れられた歴史に光を当てる物であった。
そこで明かされたのは安孫長道というペンネームは特定個人を指すものではなく、伊達納人という人物の援助を受けていた作家グループが彼の原案を基に書き下ろした作品を発表する際に用いた名前だったという。
この事は戦前、戦中には公然の秘密であり、戦後、伊達納人の正体が近衛文麿であることからタブーとされていた。それから50年が経ち、もはや当時を知るものはほぼ鬼籍に入り、その事はほとんどの人が知らずに安孫作品を読み、影響を受けていた。
この告白は世間に大きな衝撃を与えた、一時的に多くの作品に対して厳しい目が向けられることとなった。
特撮の多くは安孫長道の名で戦前に出版された冒険活劇と空想科学が融合した「ダン吉竜宮漫遊記」や「帝都大妖怪決戦」などから発展した物であり、特撮を主としたプロダクションはまさに伊達納人の支援によって立ち上がっていた。
一世を風靡したロボットアニメも例にもれず、安孫長道作品である「着装鎧戦記」という、今でいうパワードスーツやロボットを主人公たちが着込んで戦う物語を祖としている。それを宇宙に持ち出したのが、ロボットアニメであり、米国のかの超大作である。
はてはファンタジーやゲームへの影響もすさまじく、「七つの海の菜々緒」や「妖怪世界の冒険」である。これらはもはや語るまでもなく、ファンタジー全般の祖として英国作家と並び評される作品である。
わずか半年とは言え、これら世界的な作品に対してバッシングを行ったり、排斥に走る日本の姿は世界から顰蹙を買う事になる。
そんな反近衛吹き荒れる日本へもたらされたのが、公文書公開であった。全てがその公開で変わったと言っても過言ではなく、1998年に出版された「ルーズベルトの戦争計画」がベストセラーとなったのは言うまでもない。
だが、それは近衛文麿という人物に対する謎を深めることでもあった。
冒頭の様なパロディが多くの作品に登場するのも、彼が実際に軍へ提案したソレを作品原案に盛り込み、実物が登場するより先に、作品内で活躍させていたからだ。
表現がボカされたり構造の説明が漠然としたものであったりという配慮はあるが、今から思えばそれらが検閲を通った理由は近衛が原案を考え、近衛が主管する安孫長道作品であったからという以外の説明がつかない。
作品の多くは戦艦はやられ役であり、空母と駆逐艦が活躍する。そして、冒頭で挙げたのは「皇国機甲軍」という空想科学小説である。架空の世界の皇国において、戦車、装甲車が活躍する話だが、その主砲は滑腔砲である。「ライフル砲より格段に初速が速く装甲破壊力が高い」と、主人公に言わせるそれが戦前に書かれたものであることには驚かされる。
当時、実際に陸軍によって諸外国に勝る戦車砲の研究として滑腔砲研究が行われ、戦後、62式戦車の主砲として90ミリ滑腔砲が採用された経緯はよく知られているが、近衛の指示であったことは1998年まで秘密であった。
多くの作品で被害を受ける軍人や技術者たち。実際、多くの場合は史実であるが、まさか、未来像を小説として世に出し、その活躍を描いていたことを知る軍人や技術者はどれ程居た事だろう。




