専制君主制と共和制【スミレの視点】
「エルバト共和国の外交使節団の代表はラバル・スウィット、昨年ジョージさんと接触した男性です。エルバト共和国の要求はドラゴンの魔石の買い取りだけです」
ドラゴンの魔石だけ? ベルク宰相の言葉に少し拍子抜けした。
「エクス帝国とエルバト共和国との間の国交の樹立や修練のダンジョンについての話はなかったのですか?」
ベルク宰相は私の疑問に表情を変えずに返答する。
「ありませんね。そしてあくまでもグラコート伯爵家との直接の取り引きを望んでいます」
「直接ですか?」
「そうです。現在、ドラゴンの魔石は冒険者ギルドを介在してエクス帝国が全て買い取っています。エクス帝国や冒険者ギルドからの買い取りではダメなのか打診しましたが、にべも無く拒否されました」
どういう事なのか? 何故エクス帝国や冒険者ギルドからの買い取りではダメなのか?
もやもやした疑問が解消されない。
「まぁドラゴンの魔石が目的ならばそうなりますね」
ダンが然もありなんという顔で口を開いた。
ダンにとっては当たり前なのか?
私は疑問をダンに投げかける。
「どういう事かしら? 何故エルバト共和国はグラコート伯爵家との直接取り引きに拘っているのかしら?」
「これは失礼致しました。スミレ様はエルバト共和国の政治体制はご存じでしょうか?」
実はエルバト共和国の情報はエクス帝国の国民にはあまり知られていない。それでも侯爵家として育った私はある程度の知識があった。
「共和制よね。確か主権を国民が持っているわ」
「そうです。エルバト共和国は以前は専制君主制でした。非道で横暴の王室に国民の我慢の限界がきて革命が起きました。そして今の政治体制の共和制になったのです。その為、エルバト共和国の国民は以前の専制君主制の悪い記憶が残っており、専制君主制を憎んでいます」
「憎むって……。ただの国の制度よね?」
「革命が起きた前の王室が本当に酷かったようです。飢饉が起きたのですが対応をほとんどしなかったそうです。餓死者が増えていき死体の処理が間に合わない。その為疫病が蔓延しました。この時の死者数は全国民の3割ほどと記録があります。これだけの死者が出れば、国民の誰もが家族や身近な人に亡くなった方が出てきます。エルバト共和国が共和制になってまだ30年ほどです。悪夢の記憶が国民に染み付いているのですよ」
この話は知っている。エクス帝国では高位貴族の子息と子女が12歳になると国が定めている講義を受ける義務がある。その時の講義で知った内容だ。
当時の私はエルバト共和国で三割の死者が出た飢饉と疫病の話に衝撃を受けた。
講師はこのような事が起こさない為にも施政者になる可能性が高い君達は勉強をするようにと話していた。
この話を聞いて私は民のために努力する事を決意する。
民を守りたい、皆んな幸せに暮してほしい。その為にその民を守る力が欲しい。
私の人生の目標の原点だ。
淡々と話を続けるダン。
「君主が無能だと地獄をみる。これがエルバト民の大多数の意見です。その為、我が国のような専制君主制の特権階級に対して忌避感が強いのです」
「本当なの? そんな話は聞いた事がないわ」
「エクス帝国ではエルバト共和国の情報は国民に知られないように管理しています。【人は皆平等である】。これはエルバト共和国建国時の宣言文です。こんな考えが蔓延したら専制君主制の崩壊ですからね」
確かにエクス帝国の社会では受け入れ難い思想だ……。
「ですのでエルバト共和国からエクス帝国に国交の樹立を望むわけがないんです。同じくエクス帝国も望みません。国交が樹立すれば人の交流が増えてエルバト共和国の考えがエクス帝国に入ってきますからね」
ダンの言う事が本当なら納得できる話だ。
しかしそれならおかしくない?
「エルバト共和国がどうしてグラコート伯爵家との直接取り引きを望んでいるのかしら? 伯爵家なんてエルバト国民が嫌う専制君主制の特権階級じゃない」
「グラコート伯爵家は例外ですよ。当主のジョージ様は平民出身ですから。それを自分の才覚のみでジョージ様は伯爵になられたのです。先程話したエルバト共和国建国時の宣言文の中にこんな一節があります。【エルバト共和国は才能を愛し、努力を奨励する。門地門閥を問わず実力だけの社会を構築する】。理解しましたか? 専制君主制の社会で全く何も後ろ盾の無い平民が伯爵になるなんて有り得ない事なんです。エルバト国民はあくまでも血筋だけしか取り柄の無い特権階級が嫌いなのです。才能や努力をこよなく愛しています。ジョージ様の偉業を広くエルバト共和国で知られたら間違いなくジョージ様は尊敬されるでしょうね」
私はダンの説明にエルバト共和国についてもっと理解しないと取り返しのつかない事になると感じた。





