虫ケラ
2月24日【無の日】
チチチチチ……。
小鳥が鳴いているなぁ。
「おはようございます。ジョージ様」
カーテンを開ける音が聞こえた。それに伴い朝の日差しが瞼越しに感じる。
目を開けるとシーファとエヴィーが並んで立っていた。
「ひどいのだ……。こんな女を我にあてがって」
「何を言っているんですか。あんなに寂しがって抱きついてきたくせに」
「そんな事は無いのじゃ! お主がジョージ様の命令をこなせないと困ると泣いて頼んだからじゃないか!」
「まぁそういう事にしておきましょう。あまり騒ぐと今晩から一緒に寝てあげませんよ」
口を噤むエヴィー。
さすがシーファ。親衛隊副隊長だっただけはあって人心掌握術に長けているな。
もうこれからのエヴィーの相手はシーファに任せちゃおうか。
「おはよう。二人とも仲良くしてくれて嬉しいよ」
「仲良くなどしとらん! ご主人様が同衾してくれなんだからしょうがなく一緒に寝ただけじゃ!」
俺の言葉に反論するエヴィー。シーファが微笑みながらエヴィーの頭を撫でる。
「あらら、エヴィーちゃん。強がると損をしますよ。今晩も二人で作戦会議をする約束をしたじゃないですか」
「作戦会議?」
「ええ、私とエヴィーちゃんとでジョージ様に喜んでいただこうと思いまして。いろいろと頑張りますので期待してください」
「我も筆頭下婢としてご主人様に可愛がってもらうために頑張るのじゃ! いきなり倦怠期に突入している主従関係を蜜月関係に変えてみせる!」
なんかエヴィーが熱くなっているな。ほっとけば良いか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食の後にウィンミル邸の大広間に呼ばれた。
大広間に入ると上段の上座が三席空いている。あそこに座れって事だな。
俺は当然のように空いている席の真ん中に座った。そして両隣りにエヴィーとシーファが座る。
軽く騒つく大広間。
耳には「本当にエンヴァラ様を従えているのか」「ハイエルフが人間に屈したのか」「こんな屈辱はあるのか」など聞こえてきた。
人間より優秀であると自負するエルフ。ハイエルフのエヴィーが当たり前のように俺に傅いているのが心情的に受け入れられない者も一部にいるようだ。
大広間にいるエルフは30人ほど。ウィンミル家の者はマルス・ウィンミル親衛隊長、アバズレ姫ことアマル姫の二人しかいない。長老のガイダス・ウィンミルとエンヴァラ軍元帥のクロルウィンミルはいない。
末席にはカタスさん、ギュンターさん、ボードさんもいるな。
マルスが口火を切った。
「ジョージ様、エンヴァラ様。我らエルフの総意をお伝えさせていただきます。我らエルフはお二人に付き従い、エクス帝国帝都に移住致します」
移住? この里を捨てるのか?
「ご主人様と我に付いてくるというのか。別に好きにすれば良い。我には関係の無い話じゃ」
表情を全く動かさず冷淡に吐き捨てるエヴィー。
しかしそれを意に介さず言葉を返すマルス。
「わかりました。それでは有り難く好きにさせていただきます。まだ一部の者が決めかねている状態ですが、現在380名が移住を決意しました。移住の準備に少しばかり時間がかかると思います。まずは先遣隊として、私がジョージ様のご帰還に同行させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
マルスはなかなか良い根性をしているよ。あれだけ冷淡なエヴィーの態度に眉一つ動かさない。
「また我等エルフは今後エンヴァディアの民を名乗ります」
エンヴァディアの民? あまりエンヴァラの民と変わらん気がするけど……。
「くくく、ヌハハハハ! 面白いわ! 面白すぎる。ヌケヌケと良くぞ抜かした! 気に入ったぞ! 我はお主を気に入ったぞ!」
エンヴィーがめちゃくちゃ喜んでいる……。どうなっているの?
「お気に召していただけてありがたく存じます。それでは私は出立の準備を致しますので一度失礼致します」
マルスが立ち上がり大広間を出ていく。まだ笑い続けるエンヴィー。俺は隣りに座っているシーファに話しかける。
「なんでエヴィーはあんなに笑っている? エンヴァディアの民ってどういう事?」
「エンヴァディアとは、エルフに伝わる理想郷です。神が治める国、それがエンヴァディアになります。まぁ御伽噺ですけど」
「ほう、なるほど、今は御伽噺になっておったか。エンヴァディアは我が封印される前に耳にした最後の言葉じゃ」
「最後の言葉?」
俺の疑問に不敵に笑うエヴィー。
「我を罠にかけたオーガスタ・ウィンミルは我に何度も世界征服を進言しておったわ。しかし我は人間を従える意味が無いと思っておったから興味を示さなかった。エンヴァディアは我が世界征服をした場合の国の名前じゃ。オーガスタ・ウィンミルがいつも熱く語っておったわ」
なんかエンヴァディアって曰く付きじゃん……。
「せっかく悠久の檻から解放されたんじゃ。世界征服も一興かもしれんのぉ。そうじゃ、そしてジョージ様をこの世界を統べる王に君臨していただく。全ての生きる者がジョージ様を崇め奉る世界を構築してみせる! ジョージ様の筆頭下婢としてこの世界を献上すればジョージ様に優しくしてもらえそうじゃ」
エヴィーは自分の言葉に酔っているのかニヤニヤ笑っている。世界征服なんて大言壮語もエヴィーが言葉にすると冗談には聞こえない。それだけの力をエヴィーは持っている。俺を崇め奉る世界って……。そんな世界を献上されてもこちらが困るわ。
「エヴィー。俺は世界なんて献上されても迷惑だからな。馬鹿な考えは捨てろよ」
驚いた顔をするエヴィー。
「な、なんと……。世界を献上したとしてもジョージ様は喜んでくれないのか……。それならば何を献上すればジョージ様は喜んでくれるのじゃ……」
信じられないくらい落胆の表情を見せるエヴィー。
それにしても一興で世界征服って……、コイツヤバイ……。
エヴィーはほっとくと何をしでかすかわからない怖さがあるよ。俺も保護者として周囲から責められる可能性が高いわ。イカれている攻撃性を何とかしないと……。
「エヴィー。今後、俺の許可なく人を傷付けるのは原則禁止だ。自分や仲間に危害が加えられそうな時だけ許可する」
「何を言ってるのじゃ? 本気なのか?」
「当たり前だろ。無闇に敵を作るな」
「ジョージ様、それは笑い話なのか? 人間風情が我の敵になるわけがないわ。それに虫ケラがどうなろうと関係あるまい」
虫ケラって……。
「確かに人間はエルフと比べて寿命が短い。またエヴィーから見て脆弱過ぎる存在だろう。でもな、人間は限られた時の中で素晴らしい人生にする為に生命を懸命に燃やしているんだ。その行為はとても尊く輝いている。断じて人間は虫ケラではない」
俺の言葉に息を呑むエヴィー。そしてそのまま考え始めてしまった。
エヴィーを帝都に連れて行けば周りは人間だらけだ。なんとかして考え方を変えさせないと……。
「ゆっくり考えてくれ」
そう言って俺はエヴィーを残して大広間をあとにした。
どうも葉暮銀です。
なかなか本業が忙しく執筆意欲がおきませんでした。先日、集英社からお中元が届いたのですが、それが自分は作家でもあった事を思い出させていただきました。
無理な無い頻度で更新していく予定ですのでよろしくお願い致します。





