裸の心
「なぁダン。タイル前公爵の新しい生きる目的って何かな?」
「ジョージ様への復讐ですね」
うん。そうだね。ハッキリ言われてスッキリしたよ。
「タイル前公爵のポーラへの情念は無くなるかもしれませんが、新たにジョージ様への復讐心、いや対抗心ですか、それを生んでしまったかもしれませんね。この展開は予想の範囲外です。誠にすいませんでした。しかしこれはジョージ様のせいですね。ポーラのジョージ様への感謝の気持ちが、いつの間にか愛情にまで昇華させているとは……。改めてジョージ様の魅力に気付かされましたよ」
あ、そういえばポーラは?
俺が目線を移動させるとポーラと目があった。慌てて顔を伏せるポーラ。顔は確認できないが耳が赤くなっている。
参ったなぁ……。なんて声をかければ良いんだ。
俺が悩んでいると、ポーラが勢いよく顔を上げた。その顔には強い意志を感じる。
「ジョージ様。誠に烏滸がましいお願いなんですが、私のために少しだけお時間をいただいてくれませんでしょうか」
あ、これは揶揄って良い雰囲気では無いな。いつも巫山戯てばかりいる俺だが真剣な相手には真剣に向き合う必要があるわ。
「もちろん構わないよ。ポーラのためならいくらでも時間を作らせてもらうよ」
俺の返事にまた頬を赤らめるポーラ。めちゃくちゃ可愛いんですけど……。これで39歳って反則だろ。
よく観察するとポーラって本当に美人で可愛いよな。グラコート伯爵邸で保護してから良く眠れるようになったみたいで、肌がツヤツヤしている。血色が改善したみたいで唇も魅惑的な感じだ。
あ、その唇が開いた。
「私は人生のドン底でジョージ様に出逢いました。あの時の私は途方に暮れていました。あの強大な権力を持つタイル公爵からどうやっても逃れられないと。私の細やかな幸せの場所すらも簡単に蹂躙する……」
その時の心情を思い出したのかポーラの頬に涙がつたう。
「オリビアを産んでから一生懸命に生きてきました。そして私のようなコブ持ちにも援助を申し出る男性が何人かおられました。だけどあの鬼畜に襲われた事が心の傷になっていて……。男性恐怖症なんです。しかしこんな私でも受け入れてくれる男性がいました。少しずつでも良いから傷を治していこうって。とても優しい人でした。まだ愛情にはなっていませんでしたが、なりそうな予感はしておりました。しかしその男性は唐突に私の前からいなくなりました。説明しなくてもわかりますよね。鬼畜の仕業でした。先程、金銭的な援助をしなかったのは、私を忘れたかったからと言ってましたが大嘘です。あの男は父親に隠れて私を愛人にしようと画策してました。私やオリビアに金銭的援助をしなければ困窮して愛人契約を結ぶと思ったみたいですね。結局、父親に見つかって断念したようですが。それでも私に恋人ができるのが許せなかったみたいです。大きな権力を持った偏執狂に目を付けられた我が身を嘆きました。しかし嘆いてばかりはいられません。幼いオリビアがいましたから。その時、私は女の幸せを捨てました。オリビアのためだけに自分の人生を費やそうと決意しました」
ポーラの事情は聞いていたが、本人の視点で語られるとさらにエグい話だよ……。
「ジョージ様と出会った時は本当にドン底でした。私の存在が私の宝物であるオリビアの枷になっている。どこまで行ってもあの男から逃れられない。私は生きてる意味が無い、いやオリビアにとっては私の存在が害になっている、そう思い詰めていました。そんな私をジョージ様は優しく保護してくれました。強大な権力を持つバラス公爵家と敵対するのも構わずに。こんな大きな心を持った人がいるのが信じられませんでした。ジョージ様に保護されてグラコート伯爵邸で過ごす日々は私に生きる力を与えてくれています。グラコート伯爵家の生活は陽だまりの中にいるように暖かいのです。ただどうしてもオリビアの事が心配で私の心に影を差していました。しかしそれすらもジョージ様は解決してくれました。ジョージ様に本当には感謝してもしきれません」
ポーラの件は乗りかかった船だったから、そんなに感謝されると居心地が悪いなぁ。
「今から話す内容は忘れてもらって結構です。ただジョージ様からお許しをいただきたくて話させてもらいます」
ポーラの目が潤んでいる。あ、強烈な色気を感じる……。
「私は貴方に恋をしています。ジョージ様の飄々とした雰囲気が大好きです。ジョージ様が笑うと私の心は喜びで締め付けられてしまいます。こんな気持ちは生まれて初めてなんです。別にジョージ様に何かを求めているわけでは無いんです。そんな烏滸がましい考えは持ち合わせておりません。ジョージ様と私では身分が違い過ぎますし、私はもう薹が立っている女です。ただ私はこのジョージ様への想いは大切にしたい。ジョージ様の事を考えると私の心が暖かくなり、幸せで満たされます」
こんなド直球で告白されたのは人生で初めてだ……。ポーラの嘘偽りの無い熱い気持ちがビンビンと伝わってくる。こんな想いをぶつけられて心が揺さぶられない奴なんていないだろう。俺の心も熱くなってきた。
「私の願いはこのジョージ様への想いを持ちながら、グラコート伯爵家で働く事です。私は大した事ができませんが、少しでもジョージ様のためになる事がしたいのです。今日、私のジョージ様への想いを話したのは、隠しておいても同じ屋敷で生活をしていれば周囲が察してしまいます。その際、スミレ様が嫌な思いをしたりするかもしれません。ジョージ様とスミレ様が仲が拗れるのは私は全く望んでおりません。それにジョージ様を困らせたくなかったから……」
ポーラの裸の心……。
なんて綺麗なんだ。
スミレとは違った美が存在している。ポーラは道端に咲く花のようだ。何度も踏みつけられボロボロになろうとも、それでも美しく咲き誇ろうとしている。
このポーラの想いに応えたい。しかしそれはスミレとの関係に影を落とす原因になりかねない。俺の事をこんなに想っている素敵な女性が近くにいれば、おかしな事になるかもしれない。
やはりポーラとは物理的な距離を取るべきではないのか?





