266話
流石に全身を守る鉄のプレートアーマーを身に付けて模擬戦を行うのはフェアではないということで、アールベールはコウと同じ布の服に着替えてもらった。
「我が主人の我儘に付き合ってもらって申し訳ない」
「あー...まぁもう慣れっこというかなんというか」
「お互い中々に苦労してそうだな。今回はよろしく頼む」
そしてコウはアールベールの大きくゴツゴツとした手と軽く握手を交わすと、お互いに少しだけ距離を取って、模擬用として手渡された木剣を片手に構える。
コウの構え方は素人同然であるが、目の前に立っているアールベールという大男はしっかりとした武人なのか嘲笑うわけでも舐めるわけでもなく、真剣そうな顔つきで、こちらを見据えてくる。
「コウさん!絶対に負けたら駄目ですからね!どんな手を使っても勝って下さい!」
「アールベール!手加減は許されんぞ!」
外野から様々な声が飛び交い、イザベルからは絶対に負けないようにと応援が飛んでくるも、今回ばかりは使い慣れていない武器のため、正直言ってあまり自信がない。
またこの模擬戦について魔法は禁止であり、純粋な剣技や体術の戦いということで、相手の体格や剣の技量などを加味すると、コウはどちらかといえばかなり不利寄りであろうか。
まぁ負けたとしても特に失うものは無く、そこまで必死になるようなものではない。
勿論、不利だからといっても潔く負けるつもりはないし、イザベルから勝つように応援されてしまったので、今回は勝つようにベストを尽くすつもりではある。
「ふむ...そちらから来ないのであればこちらからいかせてもらおうか!」
試合開始の合図はなく、お互いに間合いをはかっているとアールベールが先手を取るかのように動き出し、大地を蹴り上げてコウに向かってワイルドボアのように正々堂々と突進してくる。
目の前に迫ってくる大男を正面からまともに受け止めてしまえば、体格の差が大きいため、簡単に吹き飛ばされてしまうので、コウはひらりと躱すかのように横へサイドステップをして回避しようとする。
しかし相手は魔物ではなく、知能のある人間であり、貴族の護衛をやっている人物ということもあって簡単に攻撃を回避できるほど甘くない。
「逃さんぞ!」
コウが横に回避した場所でアールベールは地面に向かって片足を強く踏みしめると、その場で突進の勢いを殺し、コウの鳩尾に目掛けて片手に持っている木剣をレイピアのように突き刺す。
「ふっ!」
レイピアのような鋭い突き刺しをコウは上手くいなしながら、体勢を低くするとバネのように全身を一気に伸ばし、地面すれすれから掬い上げるように木剣を全力で振るう。
そしてアールベールが持つ木剣にコウが全力で振るった木剣を叩きつけると、そのまま身体を仰け反らせることができ、その隙を付くかのように首元に向かって木剣を振り抜こうとする。
「甘いっ!」
ただアールベールは体勢が崩すされている中、木剣を持っている手とは反対の手で、コウの脇腹に向かってビンタするかのように打ち込まれてしまう。
「ぐっ...!舐めるな!」
「むぅっ!」
ビンタを打ち込まれたコウは脇腹のジンジンとする痛みに堪えつつ、木剣を振り切るも、狙っていたアールベールの首元から外れてしまい、たまたま顎先を掠めることとなった。
顎先を掠めてしまったため、脳を少しだけ揺らされたアールベールは頭を左右に振るってすぐに回復すると上下左右、様々な方向から木剣をビュンビュンと振るう剣技が繰り出され、コウは後ろに下がりながら躱していく。
「追い詰めたぞ!」
コウは後ろに下がり続けていると背中に何かが触れ、一瞬だけ後ろを振り向くと大人1人分ぐらいの胴回りを持つ木が地面から空に向かって逞しく伸びているではないか。
そしてアールベールは両手で木剣のグリップをしっかりと握ると、トドメの一撃のように両足を大きく開き、ガニ股の体勢を取りながらコウに向かって上段から木剣を振り下ろす。
アールベールから繰り出された一撃をコウは何とか受け止めるも、流石に体格の差があるため、徐々にグイグイと上から押し潰されるかのように剣圧がコウの持つ木剣へとのしかかり、足が地面に沈んでいく。
「くっ...なんて馬鹿力だ!」
「そのような力では俺の剣を押し返すことは叶わんぞ!」
このままではジリ貧であり、頭の中で魔法が使えれば...と思うも今回は模擬戦ということで禁止されているので、この状況を覆すための方法を考えないといけない。
するとイザベルが最初に言っていたどんな手を使っても良いという言葉をふと思い出し、目の前でガニ股の状態で大きく股を広げながら立っているアールベールの姿を見てコウはニヤリと笑う。
「むっ...?何を笑ってい...るぅっ!?」
フルプレートアーマーを普段着ていれば晒すことのない人体の急所...つまりは金的をコウは狙い、片足で蹴り上げるとアールベールが振り下ろしていた木剣からの剣圧が徐々に無くなっていく。
「悪いな!これが冒険者の戦い方だ!」
そしてアールベールは持っていた木剣を手から離すと、とある部分を抑えながら蹲るように膝から崩れ落ちるので、コウは首元に木剣を突きつけると模擬戦の決着はついたのであった...。
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