176話 おかしな書き方?
「そういえば、グルバルの事を調査しに行った上位冒険者が全滅したんだって?」
えっ?
確かに、帰りが遅いと噂は流れていたけど。
全滅したの?
「馬鹿なことを言わないでください。大丈夫ですよ、連絡はあったみたいです。まぁ、あまり思わしくない状況だったそうですが」
それって大丈夫って事ではないような……。
「思わしくないって事はやばいって事だろうが。その後、連絡がつかないなら覚悟は必要だ」
「まぁ、そうなんですが」
「しかし、何とかしねぇとな。今のところ町へ近づくだけの様だが、いずれ町へ入って来ようとする可能性が高いからな」
「あ~、そうですね。えっと、まだ当分大丈夫だと思いますが」
ん?
ドルイドさんのちょっとおかしな返答に、師匠さんが怪訝な表情を見せる。
私も一瞬首を傾げそうになるが、シエルの事を思い出す。
おそらくシエルがいる間は、大丈夫だと思っているんだろうな。
でも数で攻めてこられたら、いくら強いシエルでもやられる可能性がある。
なので、あまり無理をしないでもらいたい。
「何か無いんでしょうかね? グルバルを元に戻す方法って」
「難しいな~」
師匠さんの言葉に、ドルイドさんがため息をつく。
「そうですか」
そういえば、昔もいきなり凶暴化した魔物がいたって言っていたけど、その時はどうしたんだろう?
「あの、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「どうした? 気になることでも?」
「はい、昔も似たような事があったと師匠さんは言いましたが、その時はどうやって解決したんですか?」
「あっ、確かに気になるな。師匠?」
師匠さんを見ると、すごい眉間に皺が。
目つきが鋭くなって怖い。
聞いてはいけない質問だったのかな?
「あ~、それがな。さっき話した『寿命で死んだ魔物』を『燃やした』と書いてあったんだ」
燃やした?
なんだか、おかしいな。
さっき師匠さんが話した内容は『寿命で死んだ魔物を食ったために凶暴化した』だ。
食べたはずなのに、どうして燃やせる死体があったんだろう?
寿命で死んだ魔物がいっぱいいたって事?
「えっと、それはまともな情報なんですか?」
あっ、偽の情報って事もあるのか。
「村が残した文献で、しっかりと署名されている物だったから本物の情報だ」
署名された文献か。
それは検閲を受けて本当の情報で間違いなしという事を証明された物の事だ。
つまり、本当に寿命で死んだ魔物で凶暴化した魔物がいたという事になる。
そういえば、どうしてわざわざこんな書き方をしたんだろう?
「どうしたんだ、アイビー?」
首を傾げたのを見たらしいドルイドさんが訊いてくる。
「えっと、どうしてわざわざ『寿命で死んだ』と書いたんでしょうね?」
「ん? そりゃ、事実がそうだからだろう?」
「そうなんですが、書く必要がないような気がして。それよりも死んだ魔物の名前とか書きませんか?」
寿命で死んだ魔物より、この魔物が何かの方が気になる。
その魔物が何か分かれば注意が出来るのだから。
「確かにそうだな」
「あぁ、確かにその通りだな」
「師匠、魔物の種類は何か書かれていなかったんですか?」
「無かった。文献には『寿命で死んだ魔物を食べた魔物たち、凶暴になり村を襲う』と『寿命で死んだ魔物、燃やす事で凶暴になった魔物が鎮静化。これにより解決』と書かれてあっただけだ」
あれ?
「凶暴化した方の魔物の名前もなかったんですか?」
「あぁ、書かれていなかった。そういや随分と手を抜いた文献だな。よくこんな記録を残したものだ」
「そうですね。もしも魔物の名前が分からなかった場合は、特徴を細かく書いておくはずなのですが」
文献を読んだことがないので何とも言えないけど、やはり少しおかしい書き方なのか。
でも、検閲を通っているという事はその当時を知っている誰かがこれで間違いないと署名したんだよね。
つまり。
「魔物の種類より寿命という事の方が重要って事でしょうか?」
「「えっ?」」
ん?
どうしてそこで2人揃って首を傾げるのだろう。
「えっと、署名されている文献という事は、そこには重要なことが書かれているはずなんですよね」
「あぁ、文献には過去の経験で未来に役立つと思われることが多く書かれている。魔物の特徴や討伐の仕方。上位魔物については、手を出すとこうなるという経験談もそこには含まれる」
「命を繋ぐ大切な情報源だ」
そこまで重要な物だったのか、それは知らなかったな。
「それならなおさら、寿命という事が重要なのだと思います。もしかしたら魔物の名前を出さなかったのは分からなかったからではなく、他の魔物でも同じことが起こる可能性があったからかもしれません」
「他の魔物?」
「はい、えっと昔寿命で死んだのがグルバルだと書くと、気を付けるのはグルバルだけになります。でも寿命で死んだグルバル以外の魔物でも同じ現象を起こすとしたら、グルバルだけを気を付けているのは危険です」
「なるほど、魔物の名前を書かない事で全部の魔物を対象にしているという事か」
「あ~、なるほどな。ドルイド、随分こいつは頭がいいぞ」
「師匠、こいつなんて言い方はアイビーに失礼です」
「相変わらずだな~」
師匠さんは言葉はちょっと雑だけど、特に気にはならないな。
なんとなく雰囲気と合っているからだろうな。
「で、どうすんだ?」
「えっ? 何がですか?」
ドルイドさんと首を傾げる。
師匠さん、言葉が少なすぎる。
「何って、せっかくアイビーが情報を提供してくれたんだ。ゴトスに言わないのか?」
「あぁ、そうですね。ギルマスに言っておきます」
「私の思い過ごしかも知れないですが、大丈夫ですか?」
ギルマスさんだったら、ちゃんと判断してくれるだろうけど。
忙しい時に、無意味な情報を渡すのは申し訳ない。
「問題ねぇよ。全ての情報を集めて見極めるのが奴の仕事だ。それにアイビーの情報は必要だと思うぞ」
「そうだよ、アイビー。しかしこの情報、本当は師匠が気付かないと駄目だったような気がしますがね」
「何言ってやがる、俺は情報を持って来てやっただろうが。それで十分だ」
えっと、何が十分なんだろう?
「師匠、言い訳が見苦しいです」
「なんだと、何処が見苦しいって?」
言い訳については何も言わないって事は、認めているのかな?
笑いそうになるのを何とか抑える。
巻き込まれると厄介なことになりそうだ。
気持ちを落ち着かせるために、少し視線を2人から逸らす。
「あれ? ギルマスさん?」
逸らした視線の先に、随分と慌てているギルマスさんの姿があった。
あっ、広場に入って来た。
ドルイドさんを探しているのかな?
「今のすべてですよ」
「ほ~。随分と言うようになったな。昔はピーピー泣きながら森の中を走りまわっていたのによ」
「ピーピーなんて泣いていませんよ。まったく」
「あの、ギルマスさんが来てますが。ドルイドさんに用事では?」
私の言葉に2人の視線が、こちらに向かってくるギルマスさんに向かう。
「げっ、やっぱり!」
ギルマスさんの、ものすごく嫌そうな声に表情。
あっ、これ少し前のドルイドさんと同じ反応だ。
「よう、元気だったか?」
師匠さんの、獲物を狙う目というか何と言うか。
確かにこの目で見られたら、私は速攻で逃げるな。
「なんでここに。師匠を見たとか馬鹿なことを言う奴がいたから、ドルイドに真相を確かめようと思って来たんだが……」
ギルマスさんの視線がドルイドさんに向くがそっと逸らされている。
ドルイドさんは既に経験したから、助ける気はないんだろうな。
ん?
えっと、ギルマスさん私に向かってすがるような目を向けても無理ですって。
「ギルマスさん、頑張れ!」
「アイビーに見捨てられた」
いや、だって。
師匠さんの遊び相手に私は不向きだと思いますから。
「ひどい奴だな、久々にあった師匠に対してその態度。そう思わないかゴトス?」
ギルマスさん、頑張れ!




